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香川まさひと
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第40話 グーという音

香川まさひと

  走る山崎と順平。
順平「タイムどんどん上がってきた!」

  中間地点
中居と握手する但馬。
中居「あなたの伴走は山崎さんかな」
  但馬、思わずこくりとうなづいた。
中居「私は上杉哲郎の伴走です」
但馬「(驚き)!」
  と中居、レモンを但馬の鼻の前に。
但馬「?」
中居「差し上げよう、柑橘系の香りは大きなリラックス効果がある、スンスン嗅ぐとグングン良い」
  そう言うと、中居、屈伸運動を始めた……。
  そこへ三上が戻ってきた。
三上「(中居を見て)あ、伴走の人?」
但馬「上杉哲郎さんの……」
中居「(三上を見て)髪の毛うるさい、すっきり切ればいい」
三上「大きなお世話だ」
  三上、レモンに気づき
三上「どうしたの?」
但馬「今、もらって」
三上「(中居に)あんた、畑から取ったのか!」
中居「落下していた、つまりはプレゼントだ」
三上「(但馬に)捨てちゃいなよ」
但馬「(レモンを見つめ)……」
  但馬、そのレモン、近くに放った。

  並んで走るサキとひかり
サキ「ここ、バイクで来たことあるんよ、でも全然違う感じがする」
ひかり「どういうふうに?」
サキ「周りの音がええ感じで聞こえるってことかな、バイクはエンジンがうるさいけえ」
ひかり「ああ」
サキ「山崎さんは、今、私らよりたくさんいろいろ聞こえとるんじゃろうね」
ひかり「逆に順平くんの指示を聞き逃さんように、あえて聞いとらんかもね」
近くにいたランナー(中年、男)が声をかけた。
ランナー「あんたら、しゃべってるとバテるよ」
ひかり「ええんですよ、話すんも私たちにとっては大事な練習なんで」
ランナー「?」
サキ・ひかり「お先に」
  ひかりとサキ、追い抜かし、
中年ランナーの前を走って行く。

  トンネル
……に入る、走る山崎と順平。
  走る。
走る。
抜けた。
順平、時計を見る。
順平「(心の中)どんどん上がっとったタイムじゃけど、ちょっと落ちついたな」
  走る山崎と順平。
順平「(心の中)ていうか、落ち着いてみたら平凡なタイムか」
  順平、言う。
順平「後方からランナー」
山崎「おう」
  ランナー、追い抜いていく。
順平「(心の中)ペースメーカーにするつもりだった佐藤さんは全然見えんし、上杉も見えん」
  走る順平と山崎。
順平「(心の中)まあ仕方ないか、山崎さん、徹夜だし、初めてだし、大会直前にフルマラソン走っちゃったんだから」
走る順平と山崎。
順平「(心の中)目標は打倒上杉じゃなく、完走に切り替えよう」
  そのときグーと音が聞こえた。
順平「ん?」
  またグーと音が鳴った。
山崎「聞こえたか?順平、俺の腹の音だ」
順平「えー?」
山崎「腹減った、なんか食べ物ある?」
順平「(心の中)ひょっとすると不調なのは腹が減っとるせい?」
  順平の顔、輝き
順平「あるよ!」
  順平、鞄からカロリーメイト取り出す。
  むいて、
順平「ほい」
  山崎に渡す。
  山崎、むしゃむしゃ食べる。
山崎「もっとないの?」
順平「あるある!」
  むいて、
  また渡した。
  むしゃむしゃ食う山崎。
山崎「うまいな、これ、値段高かった?」
順平「普通のやつだよ」
山崎「順平も食えば?」
順平「俺はいらない」
山崎「じゃあ全部ちょうだい」
順平「(心の中)そんなに食べて大丈夫か?」
山崎「ダメ?」
順平「(決意した)食え、食え、全部食っちまえ!」

  中継地点
  バイクにまたがる三上。
三上「じゃあ、ゴールで待っとるね」
但馬「(不安で)……はい」
三上「どんなに山崎さんが苦しくても、但馬さんが引っ張ってくるんよ!」
但馬「……はい」
  三上、言った。
三上「但馬さん、あんたが山崎さんを輝かせるんだ!」
  但馬、響いた。
但馬「(響いた)!」
  三上のバイク、行く。
  見ていた中居。
中居「彼はルールを知ってるの?伴走者が引っ張ったら違反で失格だよ」
但馬「(頭に来て)三上さんはそう意味で言ったんじゃない!!」
  中居、うれしそうに笑う。
中居「ようやく闘志をむき出しにしてくれたなあ」
但馬「(ぽかんと)え?」
中居「伴走者のあなたがビビってどうする?山崎さんは本物の逸材だよ」
但馬「!」
中居、指さした。
但馬「?」
中居「瀬戸内レモンを拾いなさい、拾ってスンスン嗅ぎなさい、あなたのためじゃない、山崎さんのためだ」
  但馬、拾った。
中居「闘志を燃やしつつリラックス。すごい走りを私に見せてみろ」
中居、にやりと笑う。
中居「もちろん上杉哲郎と世界の中居、簡単には負けないけどな」
但馬、レモンを鼻にもっていく。
中居「スンスン・スンスン」
但馬、言われるままに「スンスン」嗅いだ。

  大会本部近く・食事ができる広場・ある屋台
  ラーメンを食っていた大鷹の社長、太田。
太田「(深刻な顔で)……」
  店の人が聞く。
店の人「ラーメンまずいですか?」
太田「(笑って)いや、違うの、考え事してただけ」
  太田、考えている。
太田「あれ、やっぱり山崎の目をつぶしたトラック運転手だよな」

  さっきの回想。太田、但馬と目と目があった。
太田「(いぶかしい)このこと山崎は知ってるのかなあ」

  走る山崎と順平
  食べ終えて走っている山崎と順平。
順平「(心の中)食べたからってすぐにペースが変わるわけじゃない。変わらないかもしれないし、変わるとしてもある程度時間が経ってからだろう」
そのときランナーが山崎たちを抜かしていった。
山崎「今抜かされた?」
順平「あ、言わんでごめん、道幅に余裕があったけえ、危険なしって判断した」
山崎「違う、そうじゃなくて、ちょっとスピード上げたい」
順平「え?」
山崎「なんか急に調子良くなってる」
順平「(心の中)嘘だろ?」
  だがすぐに
順平「(心の中)あ、あれか?前になんかで読んだ脳の報酬系ってやつか?」
  順平、さらに
順平「(心の中)ただの水よりも、糖質を含んだ水でうがいするほうが、脳が騙されて、前向きな行動を取るってやつ」
走る山崎をちらりと見て、
順平「(心の中)舌が糖を感知するのに時間がかからん、つまり脳は疲労が緩和されたと判断し、行け行けのサインを出したってこと?」
山崎「順平、スピード上げたいんだけど」
順平「了解!」
  順平と山崎、ペース上がる。
  走る順平と山崎。
  前にランナー。
順平「前にランナー、右から抜かすよ」
山崎「おう!」
  二人、抜かした。
  走る山崎と順平。
  またもランナー。
順平「右から抜かす」
山崎「おう!」
  走る山崎と順平。
順平「山崎さん!すげえ!抜かすたびに速くなってないか」
山崎「自分じゃよくわからん」
  前に3人ほど、団子になってるランナーたち。
順平「山崎さん、そろそろ橋」
山崎「うん」
順平「海の風を受けてびゅんすか走りたいんで、その前に、団子になってる3人、一気に抜かすよ」
山崎「おう!」
  順平と山崎、速度を上げる。
  抜かす。
  一人目。
  抜かした。
二人目。
  抜かした。
  若い男(『ケンちゃん♡がんばれ』のたすきをかけている)、三人目。
  並んだ。
  だがなぜか抜かせない。
  必死でしがみついてくる。
順平「(心の中)なんでこんな場所で張り合うんだよ、ゴール前でもないのに」
  だがすぐにわかった。
順平「(心の中)あ、彼女がいるんだ」
  そう、三人目の男を沿道で応援していた彼女がいた。
彼女「ケンちゃん、がんばって!」
  だが山崎と順平、構わず抜いた。
  走る山崎と順平。
順平「橋、来たー!」
  橋、大きく見開きでその山崎と順平の姿。
  橋の先、上杉たち。そしてペースメーカーの佐藤がいる。
  (※橋の上、上杉、佐藤、そして四人ほど開いて、山崎たち)
順平「上杉見えた!」
山崎、にやりと笑った。                
(次の話 第41光へ)
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