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香川まさひと
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第53光 まさみ先生

香川まさひと

  張り詰めた緊張のなか
上杉とサキがにらみ合っている。
上杉「答えろ」
サキ「……」
  そこは上杉の家、居間。
上杉「早く答えろ、お前は本当に山崎が好きなんか」
サキ「くだらん質問じゃけえ、答えん」
上杉「(鼻をふんと鳴らし)お前は山崎を好きなんじゃのーて、山崎を好きな自分が好きなんだ」
サキ「はあ?」
上杉「お前は誰でもええんじゃ、世話が焼ければ、そういう自己愛なんじゃ」
サキ「万が一もしそうだとしたら、それは兄貴のせいじゃ」
  サキ、続ける。
サキ「うちは兄貴中心に動いてきたけんね。兄貴の面倒をみる自分を好きにならんとやっていけん家だったけんね」
上杉「誰が僕の面倒見てくれと言った!」
サキ「そう思っとるんじゃ!?じゃけえ感謝の言葉も言わんかったんじゃね」
  サキ、続ける。
サキ「だいたい兄貴に何がわかるんね。まともな恋愛したことないじゃろ」
上杉「!」
  サキ、しまったと思う。
上杉「それが本音か」
サキ「……ごめん。今のは謝る、じゃけど自分が恭治に負けたからって八つ当たりせんでほしい」
  上杉、怒りでサキを見る。

  山崎のアパートを出た外階段で話すひかりと正太郎。
正太郎「あれってまさみ先生ですか」
ひかり「えー、知っとるん?」
正太郎「知ってるもなにも、僕に生き方と逆上がりを教えてくれた人ですから」
ひかり「そうじゃったんじゃ…」
正太郎「良かったら今度一緒に先生のところに行きませんか」
ひかり「行く行く!今はどこに住んどるん?」
正太郎「え?ひかりさん、まさみ先生は亡くなってますよ」
ひかり「(衝撃を受け)!」

  霊園(※数日後)
  喪服ではないが、地味な格好のひかりと正太郎が歩いていく。
  ひかりの手には花束。
正ちゃん「向こうに桶と水があります」

ひかりと正ちゃんが来た。
誰かが桶に水を入れている。
ひかり「(ぼそりと)嘘じゃろ」
水を入れ終えて、立ち上がった。それは順平。
順平「え?」
正太郎「お墓参りですか?」
順平「うん、小学校の恩師の」
ひかり「それってもしかして」
順平「え、え、なになに?怖い怖い」
  
  同・まさみの墓の前
  手を合わせる順平とひかりと正太郎。
  その姿にひかりのNAがだぶる。
ひかりのNA「まさみ先生の声が聞こえた」

原爆ドーム。
NA「広島は特別な町よ、原爆が落ちたんじゃけえ、でももっと特別なのは、それにもかかわらず、みんなで手を取り合って復興したってことよ」

  復興した町。
NA「広島に住むには覚悟がいる、幸せになる覚悟よ、それは誰かのために生きることなんよ、幸せは一人でなるものじゃないけえ」
  
  同・東屋
  ひかりと正太郎と順平が座る。
順平「ひかりさん、ずいぶん長い間、お祈りしてたなあ」
ひかり「ほーじゃね、いろいろ報告したいこともあったけえ」
正太郎「ブラインドマラソンのこととか」
ひかり「そうそう」
正太郎「先生、なんて言ってました?」
ひかり「面白そうじゃね!練習いつ?私も体操着着て行くから」

  ひかりの思いのなかのまさみ。体操着を着て走る格好のまさみ。

順平「言いそう!」
ひかり「正ちゃんも話したんじゃろ?」
正太郎「ええ、まだお母さんは見つからないですって」
  ひかり、一瞬顔曇るが。
ひかり「……先生なんて言っとった?」
正太郎「何も言いませんでした、ただ悲しい顔をしただけでした」

  正太郎の思いのなかのまさみ。悲しい顔になったまさみ。  

正太郎「でもなんか鉄棒したくなったなあ」
ひかり「ああ、さかあがりを教えてもらったって言っちょったね」
正太郎「嫌なことがあったら、何回も逆上がりしてごらんって先生に言われたんですよ」
ひかり「それは言われんかったなあ」
順平「俺も言われなかった、でもわかる気もする、足を蹴って、体全体で嫌なことを振り払う感じ?」
正太郎「そうなんですよ、ていうか悩みたくても頭もボーとしてくるし」
ひかり「(笑う)ははは、そっち効果があったんか」  
  正太郎、改めて言う。
正太郎「僕の名前、正しい太郎って書いて正太郎なんですけど」
ひかり「知っとるよ」
正太郎「母親がつけたみたいなんですよ」
ひかり・順平「(意外で)……」
正太郎「僕、宮島で見つかったんですけど、そのかごの中にメモがあったんです」

  宮島のある神社(※若狭さんが探してきてくれたところ)
かごのなかの赤ん坊を発見する島のおばあさん。

  霊園・東屋
正太郎、財布を取り出してそのメモを渡す。
ひかり、受け取る。
順平ものぞくように見る。
きれいな女文字で書かれたそれ。
「正太郎、8月1日生まれ」
正太郎「おかしくないですか?正しい太郎って、子供を捨てる親が正しいって字を使うなんて」
ひかり「……」
正太郎「もちろんほかの理由も考えましたよ、父親の名前に正が入ってるとかね、でもそれだって変でしょう、名前だけは私が決めた、あとは捨てますってことだから」
ひかり「お母さん、なにか特別な事情があったのかもしれんよ」
正太郎「(意地悪く)へえ、ひかりさんは何か特別な事情があると子供を捨てるんだ、そうなんだ」
ひかり「……ごめん」
正太郎「メモをつける暇があるなら、ミルクをあげろって言うんだ」
ひかり「……でもだったらどうして大事に財布にしまっとるん?」
正太郎「証拠です、母親発見時に筆跡を確認できますから」
ひかり「本当にそう?それだけの理由じゃろうか?」
  ひかり、そのメモを見て
ひかり「この字、丁寧にゆっくり噛みしめるように書いてある、それってやっぱり気持ちがこもっとると思う。じゃけえ、正ちゃんも大事にしとるんじゃないん?」
正太郎「(優しく笑い)まさみ先生も同じこと言いましたよ」
順平「(笑い)言いそう」
正太郎「そしてこのあとこう言いました」

正太郎のイメージ。
まさみ「これはお母さんから正ちゃんへの手紙じゃ」

ひかり「……うん」
正太郎「先生の言うことも一理あるので、まあ一応取ってあるんですけど」
ひかり「……今ちょっと思ったんじゃけど、原爆ドームも亡くなった方からの手紙かもしれんね」
正太郎「?」
ひかり「うちらは死んだけどお前らは幸せになれって、その返信が、広島が復興することだったのかもしれん」
順平「今の言葉もまたまさみ先生への返信だ」
正太郎「手紙出して、返信して、今度は別の人が受け取って、そうやってずっとずっと続いていくのかもしれないですね」

  同・道
  出口へとむかうひかりと順平と正太郎。
順平「そうだ、山崎さん、東京行かないって言ったんだろ?バカだよな、かっこつけすぎ」
ひかり「でも正ちゃんのお母さんのこともあったし」
順平「東京行ってテレビ局に頼めばええのに、そっちのほうが効果的だって」
ひかり「テレビじゃったら来週来るよ」
正太郎「練習風景も撮るそうですよ」
順平「えー!もしかして俺のテレビデビュー?だったら美容院行かないと!」
  みんな、笑った。
そのときひかりの表情動く。
ひかり「さっき正ちゃんが言ったじゃろ、手紙はどんどん続いていくって、その手紙の受け取り人って、上杉さんも含まれとる?」
正太郎「どういう意味ですか」
ひかり「山崎さんが広島で練習するんだから、上杉さんも一緒にどうかなって」
順平「出たよ!あれほど嫌っとったのに!!」
ひかり「でも上杉さんがおったけえ、ここまでがんばれたわけで、あ、てことは上杉さんが手紙の差出人?」
正太郎「手紙が続くって言ったのは確かに僕ですけど」
順平「ましてまさみ先生の墓参りの帰り道にそれ言ってくるとなあ」
ひかり「正ちゃんと知りあったときも私は鈍感じゃったからね、だからってわけじゃないけど」
正太郎「でも上杉さんがいいって言いますかね」
順平「その前にまずは山崎さんに聞くべきじゃね?」

  上杉の接骨院・中
  施療を終えて、患者(初老のおばさん)がベッドから立ち上がる。
上杉「お疲れさまでした」
おばさん「(広島弁)あんた、このごろ優しくなったね」
上杉「え?」
おばさん「ありがと、楽になった」
上杉「……」

  上杉の家・居間
  お茶を飲む上杉とサキ。
スマホをいじるサキに上杉が言う。
上杉「この前の話じゃけど」
サキ「もうやめようよ」
上杉「今日、お客さんに優しくなったって言われた」
サキ「え?」
上杉「実は自分でも思う、ほんの少しじゃけど僕は変わってきたもしれんって」
上杉、続ける。
上杉「山崎に会って」
サキ、響いた。
サキ「いつもの兄貴らしくないね」
上杉「たしかにそうかもしれん」
サキ「そうじゃなくて、今までの兄貴だったら僕ははっきり変ったって言う。ほんの少しじゃけどって言葉はつけんじゃろ」
上杉「……」
  そのときピンポン!と玄関チャイムが鳴る。

  来たサキ、ドアを開ける。
  そこにはひかりが立っている。
ひかり「こんにちは」
サキ「防府のお土産ありがとう」
ひかり「うん。ちょっと話があるんじゃけど、お兄さんおる?お兄さんに聞かれたくない話なんじゃけど」
サキ「なに?」
ひかり「良ければ上杉さんも一緒に練習しないかって誘いに来たんじゃけど」
サキ「え?」
ひかり「サキさんはどう思う?」
サキ「私はええけど、ひかりさんはそれでええん?」
ひかり「ええっていうか、一緒に走りたい、そして上杉さんにも東京パラ目指してほしい」
サキ「それって同情?」
ひかり「まさか、上杉さんがおったからがんばってこれたんだなって。わかったんよ、ライバルって大事だなって」
そのとき上杉来た。
上杉「ごめん、聞こえてた」
  ひかり、改まって言った。
ひかり「上杉さんは伴走者と一緒に走ってきたんですよね、でもある意味、山崎さんとも一緒に走ってきたとも言えんじゃろうか?」
上杉「(響いた)!」
サキ「恭治には聞いたん?」
ひかり「(顔曇り)それが、聞いたんだけど、山崎さんは……」
上杉「(答え予想して寂しい)……」

(次の話 第54光へ)
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