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香川まさひと
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34話 そこから見えるもの

香川まさひと 

  公園のベンチにて
順平「山崎さんにとって今日がオリンピックへの挑戦スタートの日、ましろ日だったってこと!」
  一瞬、驚く山崎だが、
山崎「(表情なく)大げさなんだよ」

  自転車にまたがった太田が山崎と順平に言う。
太田「ふだんここで練習してるの?また遊びに来るよ」
順平「差し入れよろしくお願いします!」
太田、去って行く。

  ラーメン屋・表

  同・中
  カウンター席、山崎が座っている。
山崎「(心の中)東京オリンピック?あり得ない、無理だ」
  ほかに客はいない。
山崎「(心の中)なぜそう思う?なぜやる前からあきらめる?」
  店のおばちゃんが退屈そうに立っている。
山崎「(心の中)順平がああ言ってくれたとき、本当はものすごくうれしかったくせに」
  山崎、続けて思う。
山崎「(心の中)それなのにカッコつけてあんな言い方をする」
おばちゃん、チャーシューメンを持って来た。
おばちゃん「お待ちどおさま」
置いて、
おばちゃん「まん中にネギとナルト一枚、手前にノリ、チャーシューは奥のほうに5枚ね」
山崎「5枚?いつもは4枚じゃ?」
おばちゃん「(笑って)あんた今日ええことあったじゃろ、顔がにやけて入ってきたもの、だからお祝いのサービス」
山崎「にやけてた?」
おばちゃん「うん、今も笑いたいのに無理して渋い顔しとる感じ」
  山崎、自分に言うように宣言する。
山崎「おばちゃん、俺はカッコつけるのやめた!カッコつけるんじゃなくて、カッコいいことそのものをする!」
  おばちゃん、向こうに行こうとしてた。
おばちゃん「(振り返り)あ、ごめん、なんだって?」
山崎「カッコいいことってなんだと思う?(と胸を張り)」
おばちゃん「(興味なく)その話長くなるんかね?」。
山崎「(勢いでそのまま続ける)それは走ること!」
おばちゃん「はいはい、麺がのびるけえ、まずは食べんさい」
  おばちゃん、気づき
おばちゃん「走る?」

  蚊のいる公園
  準備体操をする山崎と但馬。
  ちょっと離れた場所にいた順平、但馬を呼んだ。
順平「但馬さん、ちょっと」

  順平が小声で但馬に話す。
但馬「ひかりさんとサキさんのことですか?二人が揉めたとか?」
順平「え?揉めたん?」
但馬「(慌てて)違うならいいです」
順平「(ニヤニヤと)揉めてほしいんでしょう?修羅場が見たいでしょう?」
但馬「(困り)だから違いますって」
順平「今から山崎さんと10キロ走ってその感想を聞かせてほしいんです」
但馬「やっぱりタイム伸びてます?」
順平「気付いてた?」
但馬「山崎さんの一人練習、かなり速いなって思ったんですよ」
順平「スポーツはなだらかにうまくなるわけじゃないし、記録も突然伸びたりするし」

  但馬と山崎が並ぶ。
順平「俺がタイム測ります、20周10キロ、よーい!スタート」
  順平、時計を合わせた。
  走りだす二人。
  山崎と但馬、
  息を切らさず
  正確なフォームを刻んで
  走って行く。
  見ている順平。
  その背後に、練習に来たひかり(信金の帰り)
  そして続けてサキ(百貨店の帰り)
  山崎と但馬の走りをじっと見つめる。
  走る山崎と但馬。
  走る。
  走る。
  見つめる順平、ひかり、サキ
順平「ラスト!」
山崎と但馬、必死で走った。
順平、ストップウオッチ押した。
  39分05秒。
順平「(喜ばず)……やっぱり本物だ」
  ぶっ倒れている但馬。
山崎「但馬さん?大丈夫か?」
但馬「(返事もへろへろで)大……丈……夫……です」
  思わず拍手するひかりとサキ。
ひかり「すごい!」
サキ「驚いた!」
ひかり「フルマラソンにするとどのくらいなん?」
順平「(冷静に)3時間軽く切る」
サキ「ひぇー!」
ひかり「ひゃー!」
  ひかりとサキ、手を取って喜ぶ。
だがその順平の顔、暗い。
順平「(つぶやき)浮かれて、大事なこと忘れとる」

  ラーメン屋・表

  同・中
  カウンター、この前と同じ席に座っている山崎。
  その顔、暗い。
山崎「(心の中)浮かれて、大事なことを忘れていた」
  山崎、思う。
山崎「(心の中)ブラインドマラソンは俺だけが走るんじゃない、伴走者と二人なんだ」
  山崎、思う。
山崎「(心の中)みんな、俺のスピードについて来れるのか?」「10キロでさえあんな状態だったのに」

  ぶっ倒れている但馬。

  そのときおばちゃんが炒飯と餃子を持ってきた。
おばちゃん「お待ちどうさま、目の前に炒飯。餃子はその右手、数は6個」
山崎「6個?いつもは5個じゃ?」
おばちゃん「この前と変わって、暗い顔しとるけえ、激励のサービス」
山崎「……」
おばちゃん「女か?女じゃろう?そーゆーんはさっさとあきらめんさい」
山崎「(ぼそりと)……あきらめられない」
  山崎、勢いよくむしゃむしゃと炒飯を食べる。
おばちゃん「餃子、醤油かけてやろうか、ラー油はどうする?」

  山崎のアパート・表
  風に当たりたくて、部屋のドア前で佇んでいる山崎。
山崎「(心の中)今の自分のスピードに合わせてもらうには、よほどの練習が必要だ」

  学校に行く順平。
山崎のNA「だけどみんなには学校、仕事がある、それを強いていいのか?」

買い取った古い籐椅子を運ぶ但馬。
山崎のNA「いや、今のスピードじゃまだまだ遅い、もっと早く走りたいし、走れる気がするし、走らなきゃダメだ」

  化粧品を売り込むサキ。
山崎のNA「俺はどうしたらいい?」

スクーターで営業先へ向かうひかり。
山崎のNA「どうしたらいいんだ?」

山崎「……」

  原爆ドーム
  夏の夕焼けだ……。

  山崎のアパート・表(夕方)
  順平(ランニング姿)が二階への階段を上る。
  ドア前。
順平「ちわっす!」

  同・山崎の部屋(夕方)
  順平が座る。
  対峙して山崎が座る。
山崎「急に呼びだして悪かった、実はマラソンのことなんですけど」
順平「(わかってる)……はい」
山崎「その前にさ、近さと遠さの話をしようかな?」
順平「?」
山崎「目を失うと、遠くのことはどうでもよくなった、たとえば遠く離れた山、当然見えないし、音がすれば別だが音はまずしない」
  山崎、続ける。
山崎「これは時間もそうなんだ、目を失って遠い未来のことは考えられなかった」
順平「……わかります」
山崎「うん。でも本当いえば、目が見えていたころだって、遠い先が見えてたわけじゃない、そんな自分じゃなかった」
  山崎、続ける。
山崎「でもマラソンと出会って、俺は42キロ先が見える(※見えるに傍点)ようになった」
順平「(響いた)……」
山崎「それだけじゃない、順平の言葉で、2020年の東京パラリンピックさえ見えるようになったんだ」
  山崎、言った。
山崎「みんなが勉強や仕事に忙しいのはわかってる、だけど俺はみんなと見たいんだ!その遠い先を!」
  山崎、両手をついて、額をこすりつけるように頼んだ。
山崎「頼む!俺と一緒に行ってくれ!そこからなにが見えるのか、確かめに!」
  順平、ふっと笑った。
順平「山崎さん、だったら今からあるものを見にいきましょう、距離的にも時間的にも遠くないっすから」
山崎「うん?」

  お城の近く
  順平の同行援護で白杖の山崎がやってきた。
立ち止まる。
順平「正直言って、今からどこまで山崎さんについていけるかわからん。女性陣だけじゃなくて、俺も但馬さんも」
  順平、続ける。
順平「でも山崎さんも言ったように、俺たちだって見たいもん。山崎さんだけその景色見るのってズルくね?」
  順平、続ける。
順平「だからね、もう必死で練習することに決めたの」
  向こうから来る。
  順平、叫んだ。
順平「(宣言するように)しっかと見やがれ!!チーム山崎の精鋭たちだ!!」
  山崎の目の前を
汗びっしょりのひかり、但馬、サキが
駆け抜けて行った……。
感動して声も出ない山崎。
山崎「(それでも絞り出し)……みんなに会えて良かった、最高のええ偶然だ」
順平「感動してる時間はないよ、ほら、着替えて、走るよ」

  時間経過。
  誰もいないその道。
  そこへひかり、但馬、サキ、
  そしてロープを握った山崎と順平が駆け抜けて行った……。
(次の話へ)
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