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香川まさひと
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44話 走る力

香川まさひと

  中間地点
  沈痛な面持ちの順平。
  ようやく太田に聞いた。
順平「もう一度言ってくれますか?」
太田「だから但馬が山崎の目を潰したんだよ、知らなかったの?」
順平「……もしかして但馬さんをそれで責めました?」
  太田、表情動き
太田「ごめん。レース終わってから聞けばよかったね、でも山崎は知らないわけでしょ」
順平「伴走って気持ちが伝わるんですよ」
太田「(まずかった)……」

  走る山崎と但馬
山崎「(心の中)マラソンは自分との戦いだと言う」
  走る山崎と但馬。
山崎「だけど伴走マラソンは違う。だって二人で戦うんだから」
  走る山崎と但馬。
山崎「だが今だけは違う。俺は自分と闘っている。なぜなら隣にいるのは俺の目を潰した男だから」
  走る山崎と但馬。
山崎「(心の中)また堂々巡りをしてる、やめよう、そういうことはレースが終わったあとで考えればいい、今はただただ純粋に走れ」
  そのとき「どけどけ」と声がする。
  それは「ケンちゃんがんばって」とタスキをした例の男(ケン)だった。
ケン「邪魔なんだよ、左に寄れよ」
但馬「すいません、左に寄ります」
山崎「乱暴だな、茶髪のあんちゃんか」
但馬「ケンちゃんがんばれって、タスキつけてる人ですけど」  
お、という顔になる山崎。
山崎「橋の手前で抜いたんだけどな」

回想(40話)。
恋人が「ケンちゃんがんばって」と応援した。

山崎「(心の中)あそこであきらめないで、追いついてきたのか、愛の力ってやつか」
追い抜こうと、隣についてるケン。
山崎「(心の中)俺は今、何の力で走ってる?」
走る山崎と但馬。
山崎「(心の中)ふふふ、また考えてる、そういうのはやめろって思ったばかりじゃないか」
山崎、気づいた。
山崎「(心の中)俺は今笑ったぞ?自分を笑えたぞ」
山崎、走ってる自分と但馬、ケンの俯瞰の姿が見えた。
山崎「(心の中)目を潰した人間と俺は今ロープを握って走ってる、誰かに追われてるわけでもなく、金がもらえるわけでもないのに、なぜか走ってる」
とたん山崎、豪快に笑った。
但馬「(驚き)え?」
隣で必死に走ってたケンも驚いた。
山崎「ケンちゃんそこにいるかい?」
ケン「?」
  山崎、きっぱり言った。
山崎「マラソンに事情は関係ない。一秒でも早い奴の勝ちだ」
ケン「!」
山崎、但馬に言う。
山崎「スピード上げたいんだけど」
但馬「了解です!」
スピード上げる。
ケン、抜かされまいと必死で走る。
走る但馬と山崎、走るケン。
その必死な姿。
山崎「ケンちゃんまだいる?走るのって面白いな」
ケン「(必死で返事もできない)」
山崎「このスピード維持したまま三人でゴールしようぜ」
但馬「(心の中)いいかもしれない、この速度なら上杉に追いつける」
  走る但馬と山崎、そしてケン。
山崎「但馬さん、このまま行くとどのくらい?」
但馬「(時計見て)3時間15分くらいですか」
ケン「(驚き)え!マジっすか!」
山崎「ケンちゃんは記録更新かな」
  走る山崎と但馬。そしてケン。
但馬「(心の中)山崎さんは俺のことを許してくれたのか?」
  走る山崎と但馬。
但馬「(心の中)いや、そうじゃない、山崎さんが言ったように、走ることそのものが面白いんだ」
  走る山崎と但馬。
但馬「(心の中)でも良かった、打倒上杉でやってきて途中棄権は最悪だ」
走る但馬と山崎。
但馬「(心の中)だからなんとしても山崎さんに勝たせたい」
  走る但馬と山崎。
但馬「(心の中)違う。勝たせたいんじゃなくて、自分自身、勝ちたいんだ、上杉に」
  走る但馬と山崎。
  但馬、思う。
但馬「(心の中)だって自分が走るのはこれが最初で最後なのだから」
  その寂しそうな横顔。

  走るひかりとサキ
  サキがほんの気持ち遅れてる。
ひかり「大丈夫?」
サキ「ダメかも、先に行って」
ひかり「(広島弁)サキさんってなんで山崎さんを好きなん?」
サキ「(広島弁)え?どうしたん急に」
ひかり「はっきり言ってよーわからんけえ」
  サキ、ムッとした。
ひかり、「なら、お先に」とぐいと走り出す。
サキ「ひかりさんにわかるように人を好きになっとるわけじゃない」
サキ、ぐいと走って、ひかりに並んだ。
サキ「でもひかりさんが恭治を好きなんはぶちわかりやすいわ」
  ムッとするひかり。
  ふたり、並んだまま必死で走る。
  
  橋を渡りきる但馬と山崎
  一緒に並ぶケン。
  下り坂。

  今度は登り坂。
  走る山崎と但馬。

  また別の橋を渡る山崎と但馬
そしてケン、
だがケンの息荒い。
下り坂。
とうとう遅れだした。
山崎「(但馬に)ケンちゃんは」
但馬「ちょっと遅れ始めました」
山崎「今なんキロ?」
但馬「35キロです」
山崎「ああ」
  山崎、ケンのほうに叫ぶ。
山崎「あと7キロ!」
ケン「ダメです、行ってください、最後の上り坂、負けないで」
  ケン、ふらふらと歩きだす。
山崎「悪いことしたかな?彼のペース乱しちゃったかな」
但馬「山崎さんは大丈夫ですか?魔の35キロ」
山崎「今のところ大丈夫」
  その山崎の前にランナー。
但馬「前方にランナー、右から抜きます」
山崎「おう」
  但馬と山崎、ランナーを抜いていく。
但馬「見えた」
山崎「上杉?」
  但馬、大声で叫んだ。
但馬「上杉!!!今行くぞ!!うおりゃー!!」

  走っていた上杉と中居。
上杉「誰か呼んだ?」
中居、振り返った。
遠くに山崎と但馬が見えた。
中居「(喜び)どひゃっほう!山崎、来た!!!瀬戸内レモンのスンスン効果か!」
上杉「山崎ですか?」
中居「やっぱり来たね!あの調子だともうすぐ追いつく!」
だがすぐに
中居「おっと、焦らなくていい、勝負はゴール手前の坂道だ」
上杉「……中居さん、あなたは本当は山崎と走りたかったんじゃないんですか?」
中居、何の躊躇もなく
中居「そうだよ」
上杉「!」
中居「悔しいか?だったら山崎に勝て!」
  中居、時計を見る。
中居「そうすれば東京パラリンピックの代表候補になれるかもしれないぜ」
中居続ける。
中居「はっきり言ってブラインドマラソンの人口はそこまで多くない、代表になれば金メダルだって夢じゃない」
上杉「!」
  中居、後ろを見た。
中居「(うれしそうに)わ!もう仕掛けてきやがった!」

  走る山崎と但馬。
山崎「絶対抜く!」
但馬「はい、絶対抜きます」
  ぐんぐん走る但馬と山崎。
  一人抜いた。
  さらに一人抜いた。

  ゴール前
  タイムを教える電光掲示板。2時間20分を指している。
  場内スピーカーから「そろそろ選手が戻ってくるようです」とアナウンスの声が聞こえた。
  地元の小学生中学生たちが太鼓を叩く準備を始める。

  中居と上杉
そのすぐ背後に山崎と但馬。
並んだ。
中居「(冷静に指示して)ここから登り坂」
但馬も支持を出す。
但馬「ここから登り坂です」
中居と上杉。
但馬と山崎。
並んでぐんぐん登っていく。
息が切れる但馬と山崎。
息が切れる上杉。
それでも走る。
両組とも走る。
中居はまだ余裕があるが
ほかの三人は必至だ。
その必死な但馬の顔。
必死な上杉の顔。
必死な山崎の顔。

  ゴール前
  ゴールテープを持つ係員たち。
  子供たちが太鼓を鳴らす。
スピーカー「一位のランナーが見えました!」
  見ている観客たち。
  入ってきた選手。
  大学陸上部。
ゴールを切った。
スピーカー「2時間29分、招待選手の山本さんのようです」
拍手をする観客たち。
そのあと続けざまに3、4人がゴールを切る。

2時間40分。
一人がゴールする。
2時間50分。
今度は数人。
スピーカー「さあ、あと何人が3時間を切れるでしょうか」
  太鼓が鳴り響く。
  ペースメイカーにしようと言っていた佐藤が走ってきた。
スピーカー「がんばって!」
その佐藤が後ろを気にした。
スピーカー「さらに4人の選手が並んで入ってきました、デッドヒートです」
それは山崎、但馬、そして上杉、中居。
スピーカー「あ、違う!4人とお伝えしましたが正確には二組です!どちらも視覚障碍者の方とその伴走の方です!」
横一列に並んで走る、上杉たち、そして山崎のその姿。
抜かしたいのだが互いに抜かせない。
必死で走る山崎たち……。
ゴールは目の前だ。
(次の話 第45光へ)
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