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香川まさひと
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18話 初めてのレース

香川まさひと

  『ひろしまリバーサイド10キロレース』の横断幕がかかる川沿いの道。
  スタートを待つたくさんのランナーたち。
  中ほどに、すでにロープを握ったひかりと山崎がいる。
  スターター「スタートまで、あと一分です」
山崎「ひかり、緊張してきたか?」
ひかり「(ニコニコと)それが全然ないんですよ、山崎さんは?」
山崎「(心から笑い)うれしさしかないよ!失明した男がびゅんすか走れるんだぜ!」
  ひかりたちの隣にいたベテラン中年ランナー川野が話しかける。
川野「お!今日はブラインドランナーと伴走の方も出場するんだ?」
ひかり「よろしくお願いします、今日が初めてのレースなんで」
川野「(ニヤリと笑って)レースってその人の本性が出るんだよね」
山崎「?」
川野「車の運転と同じ。優しそうな人が気が荒かったり、豪快なタイプが実に繊細だったり」
川野、気づき
川野「君たちは二人いるわけだ、てことは本性が二つ現れるのか?」
ひかり「(ちょっと顔が曇り)いえ、伴走は、それではダメで……」
だが、ひかりが言い終わらぬうちに、
  スターターが言った。
スタート「スタート10秒前です」
  引き締まる顔になる山崎。
スタート「……5秒前、4、3……」
  引き締まる顔になるひかりに「2、1」と重なり
パンっ!とスターター、ピストルを撃ち鳴らした。
走りだす選手たち。
ひかりたちも走りだす。
  川の土手の部分、凛がいた(ほかに応援はいない)。
凛「(強く手を振り)山崎さん!ひかりさん!頑張って!」
  もう行ってしまった山崎とひかり。
  手にスケッチブックと双眼鏡の凛(私服)、座った。
凛「えーと、ひかりさんたちは練習では10キロを1時間10分で走ってたから…目標は1週23分くらいか。」
スケッチブックを開く。そこには今回のコースがイラスト入りで描かれていた。
(「1周3,33キロ×3周。川を挟んで手前がスタートゴール。下流の橋を渡り、向こう岸を走り、上流の橋を渡り、スタート地点に戻る」というもの)
走る山崎とひかり。
ひかり「まっすぐです、足元が悪いときだけ言います」
山崎「え?」
ひかり「(大きな声で)まっすぐです!足元が悪いときだけ言います!」
山崎「おう」
  ひかり、思う。
ひかり「(心の中)声がかすれてしまった。自分では平気だと思っとったけど、明らかに緊張しとる」
走る山崎とひかり。
ひかり「(心の中)いや、初レースのせいじゃないかもしれん。なによりもさっきの言葉のせいかも」
  走る山崎とひかり。
ひかり「(心の中)本性が出るよと言われ、ビビってしまったのだ…だって自分の本性など絶対出してはダメだから。あくまで主役は山崎さんじゃ」
走る山崎とひかり。
山崎「(心の中)練習よりペースが遅くないか」
  走る山崎とひかり。
山崎「(心の中)今日の目標は、初レースでの練習と変わらないタイムを出すこと」
  走る山崎とひかり。
山崎「(心の中)前が詰まってるのか」
走る山崎とひかり。
山崎「(心の中)前後にたくさんのランナーがいるのはわかる。だがどれだけの人数がいて、どれだけ接近してるかはよくわからない」
  走る山崎とひかり。
山崎「(心の中)前が詰まってるのかって、ひかりに聞いて見るか?」
走る山崎とひかり。
山崎「(心の中)でも聞くとひかりはもっと緊張するかもしれない…さっきはああ言ってたが、ひかりは明らかに緊張してる」
走る山崎とひかり。
山崎「(心の中)ここは何も言わずひかりに任せよう」
  走る山崎とひかり。
  前にスペースがある。
ひかり「(心の中)前が空いている、ペースをあげたほうがええか」
  ひかり、言うことにした。
ひかり「(心の中)山崎さん、前が」
  そのとき山崎、バランスを崩した。
マンホールのはじに引っかけたのだ。
ひかり「大丈夫ですか!!」
山崎「大丈夫」
ひかり「ごめんなさい、マンホールのこと言わなくて」
山崎「(怒ってはいない)それより前がどうしたって?」
  ひかりの前にスペースはない。
ひかり「(心の中)スペースはなくなってしまった」
ひかり、山崎に言った。
ひかり「(自分のミスが悔しいが)なんでもないです」

  土手の凛。
  目の前を、一周目を終えた先頭ランナー(高校生・陸上部)が走ってきた。
 凛「ひええ!!速えええ!!先頭、もう戻ってきたよ!!」
電光時計は「0時間10分12秒」
その前を通りすぎる先頭ランナー。
凛「1キロ3分!」
 凛、双眼鏡を覗きながら「どれどれ、ひかりさんたちは?」と見る。
 向こう岸を走るひかりたち。
凛「(覗きながら心の中)しかし、ひかりさんがまさかこんなボランティアをやりだしたとは」
二つ目の橋に向かう走る山崎とひかり。
 凛「(覗きながら心の中)漫画のネタになるかもよって言うから来たけど、たしかにこれは面白いかも」
橋を渡ってくる山崎とひかり。
凛「(覗きながら心の中)ひかりさん、練習も頑張ってたしなあ、信用金庫の試験と重なって、寝る間もないって言ってたけど」
凛のスケッチブック。練習のときの山崎とひかりをいくつか描いたスケッチがある。
凛「(心の中)でも、どうしてひかりさんはそこまで出来るんだろう?」
 走る山崎とひかりをスケッチする凛。

 走る山崎とひかり。
 スタートラインへと戻ってきた。
ひかり「下りです。下り終わったら、スタート地点に戻ります!」
電光時計。「0時間23分01秒」。
凛「(立って)山崎さん!ひかりさん!がんばれ!あと2周!」
 走る山崎とひかり。
凛「(スケッチブックにその時刻をメモして)1キロ7分、いい調子」

 走る山崎とひかり。
 橋へ向かい
 橋を渡り
 向こう岸を走り
 橋を渡り
 またスタートラインへと戻ってきた。
凛「山崎さん!ひかりさん!残り1周!」
 電光時計。「0時間48分14秒」
凛「あ、ちょっとペース下がったかな」
走る山崎とひかり。
山崎「二周目、タイムどうだった?」
ひかり「48分14秒、ちょっと落ちました」
ひかり、聞いた。
ひかり「ペース上げますか?」
山崎「(心の中)俺は上げても大丈夫だ、だけど……」
ひかり「マンホールあります!」
マンホール通りすぎた。
山崎「前後にランナー多いんだろ?抜かすの大変だろ」
  たしかにランナーはいる。
ひかり「いますけど、頑張れば」
山崎、気づく。
ひかり、ぜえぜえと息が荒い。
山崎「(心の中)二周まわれば落ちつくかと思ったけど、ひかりの緊張は変わらないな、それに明日は信用金庫の試験がある…無理はさせられない」
  とたん、
二人、大きく転んだ。
ひかり「大丈夫ですか!」
「大丈夫だ、ひかりは?」と立ち上がる山崎。
ひかり、一瞬何かを思って表情が変わるが、
ひかり「大丈夫です」
脇をどんどん抜かしていくランナーたち。
二人、すぐさま走りだした。
山崎「ごめん、転ぶくらい疲れちまった。だからペースは上げずに、このまま行こう」
だが、ひかり返事をしない。
ひかり「……」
山崎「(わからず)どうした?」
ひかり「転んだのは私のせいです」
山崎「そうじゃないよ、俺のせいだよ…だいたい、俺たちは身長に差がある、歩幅が違うから転びやすいんだ」
  ひかり、それに答えず、別のことを言った。
ひかり「私が言いたいのはさっきの本性の話です」
山崎「え?本性がどうしたって?」
  ひかり、興奮して!
ひかり「私に遠慮しとるんですか?だったらそんなことせんでください!本性むき出しにして下さい!」
  ひかり、続けた。
ひかり「確かに私は未熟じゃし、今日もひどいです!でも私は山崎さんに食らいついてガイドしますから!ロープは死んでも離しませんから!」
  山崎、笑った。
山崎「なんだ、初レースのせいじゃなくて、本性の話でビビってたのか…それでいつもと違ったのか」
山崎、言った。
山崎「だったら俺も言わせてもらおう、ひかり、お前の方こそ本性むき出しにしろよ」
  山崎続けた。
山崎「……て、もうむき出しになってるけどな、いきなり怒鳴るし」
ひかり「ごめんなさい、でも私は……」
山崎「ペースも相当速くなってる」
ひかり「え?」
山崎「やっぱり気づいてないのか、お前さっきランナー抜かしたんだぞ、何も言わずに」
ひかり「(気付かなかった)うそ!抜かしました?」
たしかに抜かしていた。
山崎「お前の本性は負けず嫌いなんだよ。レースじゃなくてもそうだろうが」
ひかり「山崎さんだってそーじゃろが」
山崎「そうだよ、だから俺はお前に負けたくない、そしてお前も俺に負けたくない、だったらやることは一つ……」
ひかり「遠慮せず、びゅんすか走ること!」
とたん、さらに力強く走りだす山崎とひかり。
  目の前にランナーがいる。
ひかり「前にランナーがいます、左から抜きます!」
山崎「おう」
  抜かしていく山崎とひかり。
山崎「俺はまだ余裕あるぞ」
ひかり「わかりました…また抜きます、3人直線に並んでるんで、いっぺんに抜きます」
山崎「おう」
  そう言って一人目に並ぼうとするが
ひかり、苦しい。
抜けない。
山崎「(わかり)大丈夫か?無理ならいいぞ」
ひかり「無理じゃないです!行きます!」
ひかり、必死に走る。
一人目に並び
二人目に並んだ。
二人目。
二人目。つまり三人目にはいけない。
山崎「今、二人目に並んでるのか?」
ひかり「そうです!二人目です!」
山崎「よし、そのままずっと食らいついて行け!」
ひかり「(心の中)いや、それは出来ない、ここで抜かないと、後はコース幅が狭くなる。伴走は横幅を取るから抜くなら今しかない、だから」
  ひかり、続けて思う。
ひかり「(心の中)今抜く!」
走る山崎とひかり。
二人目から三人目に並ぶ。
ひかり「(思わず口から出てしまう)絶対に抜く!」
山崎「(こちらも思わず)絶対に抜け!」
ひかり、抜いた!
  そのまま勢い止めずに走る山崎とひかり。
ひかり「(心の中)伴走は自分を消す引き算じゃなかった」
  苦しい顔。
ひかり「(心の中)伴走は山崎さんの力と私の力をぶつけあう掛け算じゃった」
そしてその苦しいままゴールした。
電光時計。1時間10分2秒。
  凛「ひえー!3周目が一番速い!一キロ6分になった!」
草むらに倒れこむ山崎とひかり。
天を仰ぎ、激しく息をする二人。
まだロープは握ったまま。
山崎「(空を見たまま息荒く)やっぱり……お前は……勝ち気だ」
ひかり「(空を見たまま息荒く)息が……苦しいから……その話は……後ほど……ゆっくり……」
(次の話へ)
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