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香川まさひと
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ましろ日

第1光 その町の三人
香川まさひと

 大通りのコンビニ・表(朝)
NA「その人は言った。この町に住むには覚悟がいるよと」

 同・中(朝)
  レジの店員に聞くスーツ姿のひかり。
ひかり「白牛乳売り切れとるんですか?チチトスの」
NA「加瀬ひかり・27歳」
   
少年サンデーを立ち読みしている高校の制服の順平。
順平「げ!意外でない展開が逆に意外じゃ!」
NA「田所順平・16歳」
 
店に入ってきた上下作業着姿の正太郎。耳にイヤホン。
正太郎「(英語の勉強で復唱)You can stay here as long as you like」
NA「若山正太郎・16歳」

 コンビニのある通り(朝)
NA「覚悟ってなに?と聞かれ、その人は答えた。幸せになる覚悟よ。それは、誰かのために生きることなんよ。幸せは一人でなるものじゃないけえ」と。
ページをめくると見開きで

 原爆ドームとその前の道を行く朝の人々
  四月中旬。
特別な感じでなくてそれは日常の風景だ。
タイトル『ましろ日』。

 広島の町の風景
NA「ひかり、順平、正太郎、三人は知り合いではなかった。だが彼らが誰かのために生きようとしたとき、三人は出会うことになる。」

 安芸信用金庫・広島支店・表(朝)
  ストローで牛乳パック(ほかの店で買った)飲みながら、ひかり、裏口から入っていく。
ひかり「おはようございます」

 県立船出高校・表(朝)
  順平がコンビニの隣にいた友達と高校へ入っていく。
  登校する女子が「おはよう」と言った。
順平「おはっす」

 広島中央総合病院・表(朝)
  病院へ向かって歩いて行く正太郎。
  警備員に挨拶した。
正太郎「おはようございます」
          

 安芸信用金庫・表
  ヘルメットを被ったひかりが営業のバイク(前にカゴ、うしろに黒い箱の)で出て行く。

 町
  走るひかりのバイク。

 裏通り
  ゴミ捨て場。
  ひかりのバイクが通りすぎた。
  間。
  ひかりのバイク戻ってきた。
止めて、じっと見る。
ひかり「……」
  今日は大型ゴミの日。いろんなものが捨ててある。

 走るひかりのバイクの前のカゴに
  今拾って来た古い小学校の教室の椅子(木製の、昭和40年代まで使われてたようなヤツ)微妙なバランスで載っている。

 裏通り
来たひかりのバイク。
止まった。
業務用の自分の手帳(大判、いろんなものはさんである、メモびっしり、つまり仕事が出来る)を見る。
確認するようにアパートを見た。
木造の古い二階建。
  間違いない。
     
  外階段を上がる(ヘルメットも椅子も置いてきた)ひかり。
  ドアを叩いた。
ひかり「(笑わず)笑顔の隣にいつも安芸信用金庫、広島支店の昨日お電話いただいた加瀬でございます」
  ドアの向こうから声がした。
 声「開いてる」
  ひかり、「失礼します」とドアを開く。
  小さな玄関に入ると、すぐそこが流しとトイレと風呂で、その奥に六畳の部屋がある。
男(山崎恭治・38歳)が背を向けていた。
ひかり「笑顔の隣にいつも安芸信用金庫、広島支店の加瀬と申します」
山崎「(振り返らず)それ、なんだよ」
ひかり「はい?」
山崎「笑顔がどうとかこうとか」
ひかり「キャッチフレーズです」
山崎「じゃあ笑顔以外はお前ら寄り添わないないのか」
ひかり「(表情変えず)……どんなお顔の隣にも安芸信用金庫」
山崎「なんだそりゃ」
ひかり「(笑わず)山崎さん鋭いですね。実はこれ私の持ちネタで、泣き顔にこそ寄り添えよ!って自分で突っ込んどるんです」
山崎「お前、客舐めてるのか」
ひかり「(表情変わらず)こういうの嫌いですか?」
山崎「俺は三千万預けてるんだぞ。他に移してもいいんだ」
  山崎、答えを待つ。
  だが答えが返ってこない。
  ひかり、じっと壁にかかった時計を見てた。
  壁の時計、斜めになっている。
ひかり「……」
山崎「なんとか言えよ」
ひかり「お客さんこそ舐めてるんじゃないですか、ずっと背中向けとるし、だいたい遠いんですよ(しゃべりにくい)」
ひかり、足した。
ひかり「人は眼と眼を見て話すべきだと思いますが」
  山崎、小さく笑った。
山崎「……買い物行ってきてくれるかな、食料品」
ひかり「は?」
山崎「定期を作る話はそのあとだ」
ひかり「普通に嫌ですけど」「私、山崎さんの奴隷じゃないですし」
山崎「……」
ひかり「山崎さんの舎弟でもないし、付き人でもないし、足軽でもないし」
  山崎、目の前に置いていた黒のサングラスを手に取る。
  かけながら振り返った。
  サングラスをした山崎の顔。
  (※ここで初めて顔がわかった)
山崎「俺、半年前に事故で失明したんだよ。だから買い物に行ってきてほしいんだよ」
  サングラスの山崎、じっとひかりを見る。ひかり、ひとつも動じず普通に返した。
ひかり「だから嫌です」
山崎、表情動く。
ひかり「眼が見えないってわかったとたん、私に態度を変えてほしいんですか」
ひかり、続ける。
ひかり「それってうれしいんですか、目が見えようが見えなかろうが、同じように接してほしいのが人間関係じゃないんですか」
  山崎、静かに言った。
山崎「……お前になにがわかる」
山崎、なおも続ける。
山崎「もういい、定期の話はなしだ、いや3千万も他に移す」
ひかり「山崎さん、短気なんですね」
山崎「(笑って)お前仕事できないだろ、せっかくの大口の定期契約逃しちまったな」
ひかり「3000万なんてたいした額じゃないですよ」「それに私、仕事何年もトップじゃし」
山崎「帰れ」
ひかり「わかりました。また来ます」
山崎「(静かに)来るな」
  ひかり、答えず出て行く。

 同・ドア前
  出てきたひかり、
ドアを閉めた。
ひかりのその表情。
ひかり「……」

 同・中
  山崎が考えている。
山崎「……」
  そのサングラスにあの日の運送用トラックが映る。

 回想・半年前
  車の通りの少ない道。
  自転車便のユニフォーム「大鷹自転車便」を着た山崎が自販機の脇の資材置き場に(重機やコンクリ)に自転車を停めて、ペットボトルのお茶をのんびり飲んでいる。
  だが突然その表情が変わる、
山崎「!」  
  運送用トラックが突っ込んでくる。
  いねむりしてる運転手、但馬(※40歳くらい、気が弱そう、薄毛)。
  逃げる山崎。
  トラック!
  その背中にぶつかった!
  山崎、前へと飛ぶようにはじかれる。
 ブルトーザー。
トラックなおも山崎に追突。
ブルトーザーのそのプレード(砂を押すところ)の横の直線部分にちょうど両目の部分が当たる角度で挟まれた。
山崎「ぎゃああああ!!」
目が覚める但馬、
但馬「!」
トラック慌ててバックする。
同時にもんどりうって倒れる山崎。
山崎、両手で両目を押さえて苦しがる。
  手、血だらけになるだけでなく、隙間からも血が溢れる。
  
 部屋・中
  山崎、見えない目で、両手を見ている。
山崎「……」

 強い視線でまっすぐ見て
バイクを運転するひかり。
小学校の椅子をカゴに載せたそのバイク。
  停める。
  そこからは降りて歩く。
  バイクを押しながら
  気づいた。
ひかり「(心の中)3000万円は失明に対する損害賠償なのか」
  ひかり、続ける。
ひかり「……眼が二つで3000万円」
  ひかり、バイクを停める。
  見た。
  目の前にある原爆ドーム。
ひかり「……」
  その顔にひかりのNAが被さる。
NA「ある人が私に言った。広島は特別な町よ。原爆が落ちたんじゃけえ。でももっと特別なのは……」
ひかり、くるりと振り返る。
ひかりのNA「それにもかかわらず、みんなで手を取り合って、復興したってことよ、だから原爆ドーム以上に見ないといけんのは町のほうなんよ」
  ひかりの見ている、川、そして整備された公園。
ひかり「(決意する)……」

 リサイクルショップ・表
  溢れるようにある商品。
  骨董もある。ただし高価なものでなくて生活骨董。
  店先で片付ける店主、三上瞬(55歳)。
  ひかりのバイクが止まった。
ひかり「(笑わず)こんちは」
三上「(カゴの椅子見て)ええじゃん、どこで買ったん?」
ひかり「(降りながら)拾った」
三上「あいかわらず、いろいろ拾うのう」
  ひかり、店の中に入りながら
ひかり「ボンボン時計あったよね、壁にかけるヤツ」
三上「二つ、あるよ」
ひかり「音がええほうが欲しい」

 県立船出高校・表

 2年1組教室
  昼。
弁当を食べている順平。
クラスメイトの高田凛(※メガネ、容姿は普通)が覗きこむ。
凛「(弁当見て)レイアウトきれい!リキ入っとる!」
順平「弁当もう食ったの?」
凛「ダイエット」
順平「へー、女心か」
凛「お母さん料理うまいんだね」
順平「母ちゃんじゃないよ、母ちゃん、死んじゃったし」
凛「ごめん」
順平「ばあちゃん」「新しモノ好きで凝り性つーの?」
  たしかに手の込んだ弁当だ。といって年寄り臭くはない。新婚さんのって感じ。
凛「おばあちゃん、いくつ?」
順平「71」
凛「即答で言えるんじゃね」
順平「普通じゃろ」

 広島中央総合病院・表

 同・裏手
  丸椅子を借りてきて、昼食(朝のコンビニで買って来た)を食べる正太郎。
  耳にはイヤホン。ここでも英語の勉強。
正太郎「I will bother you no more」
  ここは患者は来られない場所。
  白衣を着た医者の内藤先生(34)が来る。
正太郎「(イヤホン外し)おつかれさまです」
  手にしたカラの缶コーヒー、差し出す。
内藤「ロビーに落ちてた」
正太郎「すいません、ありがとうございます」
正太郎、続ける。
正太郎「広島は馴れました?どこか行きました?」
内藤「原爆ドームは見たけど。仕事が忙しいからなあ、キミはずっと広島?」
正太郎「そうです」
  正太郎、続ける。
正太郎「ある人が言ったんですよ、広島の見どころは原爆ドームじゃなくて、復興した町そのものだって」
内藤「(興味ない)ふーん」
  内藤、続ける。
内藤「童顔だよね、いくつ?」
正太郎「16です」
内藤「童顔じゃなくてそのままか」
  正太郎、へへへと笑う。
内藤「てことは高校中退?」
正太郎「(明るく)高校行ってません。中卒です」
内藤「ごめん。聞いちゃいけなかったかな」
正太郎「全然いいですけど」
内藤「おうちの事情?」
正太郎「まあそんなものです」

 同・掃除用具置き場
  缶コーヒーを手に来た正太郎。
  缶コーヒーの応募シールをはがす。
  別の空き缶にそのシールがもう20個ぐらい張ってある。(その空き缶は臨時のシール張り置き場みたいになっている)。
  そのシールを数え出す正太郎。
正太郎「1、2、3、4……」

 同・入院病棟・ある階
  ナースセンター。
  正太郎が呼んだ。
  来たのはある看護師(女・若い)。
正太郎「20個溜まりました」
看護師「早い!」
  看護師、ポケットから小銭入れを出す。
正太郎「彼氏さんのためですか」
看護師「(笑って)まあね」
  看護師、百円玉一個出した。
看護師「いいの?百円で?」
正太郎「全然いいです、ありがとうございます」
  受け取るその百円。

 背中に
ボンボン時計((昭和40年くらいの振り子時計)をくくりつけたひかりのバイク(カゴにまだ椅子)が行く。
  スーパーの前を通りすぎた。
  そのスーパーから自転車便のユニフォームを着た社長の太田和吉(50・太っている。服パンパンぴちぴち)が買い物を終えて出てきた。
停めてあった自転車に向かう。
背中に『大鷹自転車便』のカッコいいロゴ。

 アパート・表
  背中にボンボン時計を背負ったひかりが椅子を持って外階段を上る。

 同・山崎の部屋・ドア前
  ひかり、脇に椅子を置き、その上にぼんぼん時計を置いた。
ドアをノックした。
山崎「開いてまーす!」
ひかり、ドアを開ける。
山崎(サングラスはしてる)がすぐそこで(少し柔らかい感じの顔で)待っていた。
ひかり「さっきと違って、機嫌ええですね」
山崎「(驚き)誰だ?」
ひかり「いつでもどこでも安芸信用金庫!の加瀬ひかりです」
山崎「もう来るなって言ったろ」
ひかり「でも壁の時計が曲がっとるし」
山崎「え?」
  山崎、すぐに
山崎「時計なんてどうでもいいんだよ、もう見えないんだから」
  そのときだった。
  太田が来た。
太田「お客さん?」
山崎「(笑顔になり)社長!」
ひかり、太田に言った。
ひかり「こんにちは。安芸信用金庫の加瀬と言います」
  ひかり、出ようと
ひかり「外で待ってます」
太田「いいよ、すぐ終わるから」
  太田、「説明するから」と座る。
山崎「ありがとうございます、助かります」
太田、買って来た袋の中の商品を出しながら説明する。
太田「カップラーメン。食パン。アンパン。カップスープ。カップみそ汁」
それぞれ3個ずつくらいある。
太田「あと、豚肉」
山崎「豚肉……ナマですか」
太田「(普通に)ナマに決まってるだろ」
山崎「頼んでないですけど」
太田「安かったんだよ、ブラジル産だけど」
山崎「……でも料理出来ないから」
  黙って聞いているひかり。
太田「出来るよ、ていうか、しなきゃだめだろ」
  太田、言った。
太田「お前な、一生料理しないつもりか」
山崎「……」
太田「お前の辛い気持ちはわかるよ、だけどもういい加減頭を切り替えろよ」
  太田、続ける。
太田「市役所行ったんだろ」
山崎「……」
太田「なんだよ、行ってないのかよ、お医者さん、診断書書いてくれただろ? これ持って役所行って障害者手帳発行してもらえって」
山崎「……そうなんですけど」
  太田、冷たい視線で山崎を見た。
  そして
太田「(つぶやき)そうか、お前は今の俺の顔が見えないのか」
山崎「(わからず)はい?」
太田「俺、すごい軽蔑した顔でお前を見てるんだけど」
山崎「(悔しい、表情動く)……」
太田「なあ、あんたもそう思うだろ、山崎がダメな奴だって」
  大田、ひかりを見た。
  ひかり、言った。
ひかり「(表情いつもの感じ)ひとつも聞いとりませんでした、全然まったく」
(次の話へ)
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