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香川まさひと
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24話 上り坂・下り坂

香川まさひと  

 上り坂の前に来た、ひかりと上杉。
ひかり「私が右側になります、そのほうが上杉さん、走る距離短くて済むけえ」

  ひかり、上杉にロープを握らせた。
ひかり「行きます!」
上杉、表情変わり、バカにして言った。
上杉「伴走のことが、ひとつもわかっとらん」
ひかり「え?」
  上杉「でも、そう言うならお言葉に甘えて、この位置で行く」
  ひかりが右側で、上杉とひかり、走りだす。
ゆっくりと大きく曲がる、登り坂……。
上杉「ペース落とさんでね」
ひかり「……」
  走るひかりと上杉。
  走る。
  走る。
  突然、ひかりの顔がゆがむ。
  苦しい。
上杉「(笑って)とたんに来たじゃろ?」
ひかり「……」
上杉「上りのせいだけじゃない」
ひかり「……」
上杉「僕に合わせようってのが最初から間違い」
ひかり「……大丈夫です……がんばります」
上杉「(なぜか怒り)あ?がんばります?クソ食らえだ!」
ひかり「……」

  但馬が走る。
  そのすぐ後ろを走る山崎と順平。
  山崎達もまた相当にまいっている、息苦しい。
山崎「まだひかりは見えないか?」
順平「見えないで」す」
  走る山崎、順平。

  走る上杉とひかり。
  走る。
  走る。
上杉「今のペースは?」
ひかり、腕時計を見る。
ひかり「……」
上杉「腕を振るより、腕をそのまま維持って辛いよな」
上杉の言うとおりだった。
腕がじっとするのもエネルギーいる。重い。揺れて確認できない。
上杉「もういいよ、たぶんキロ5分30秒だ」
ひかり「……」
  走るひかりと上杉。
  走るひかりと上杉。
上杉「このまま5分30秒を維持してくれよ」
  走るひかりと上杉。
走るひかりと上杉。

  但馬が走る。
  そのすぐ後ろを走る山崎と順平。
  山崎達もまた相当にまいっている、息苦しい。
山崎「まだひかりたち見えないか?」
順平「(不安)見えないっす」
  走る山崎と順平。
順平「まさか上杉さん、本当に自分のペースで走ってるのか」
  走る山崎と順平。
  走る山崎と順平。
山崎「俺たちは今どのくらいで走ってる?」
  走る山崎と順平。
順平「キロ5分30秒、でもこのあと上りがあるから」
  走る山崎と順平。
山崎「ってことは……」
  走る山崎と順平。
順平「いつもの上杉さんなら、追いつけないです。でもひかりさんは絶対にそのスピードじゃ走れない」
  走る山崎と順平。
順平「キロ5分30秒だって無理ですよ、潰れますよ」

上杉「遅れとるぞ!キロ5分30秒、絶対死守だ!」
ひかり「……」
走るひかりと上杉。
  走る。
  走る。
上杉「さっきがんばりますって言ったろ?」
ひかり「……」
上杉「生まれてから今まで、ずっと言われてきた。がんばれって。なぜなら、僕が障害者だから」
ひかり「……」
上杉「相手が期待しとる答えは、ただひとつ。がんばります」
ひかり「……」
上杉「(笑って)がんばれ、ひかりさん!あんたは障害者じゃないけどな」
  ひかり、苦しいが、だがきっぱり言った。
ひかり「……がんば……り……ます」
上杉「(頭に来る)!」
  上杉、すぐに
上杉「ペース遅れとる!もっと速く!」

  走る山崎と順平。
順平「きついですか?」
山崎「……」
順平「ペース落としますか?」
  走る山崎と順平。
山崎「追いつくまで行く」
  走る山崎と順平。
山崎「ひかり、挑発されて、引くに引けないのかもしれない」
  走る山崎と順平。
順平「そうかもしれんけど、冗談じゃなくマジでひかりさんやばいっすよ」
  走る山崎と順平。
走る山崎と順平。
順平、気付く。
順平「あ!」
山崎「どうした?」
順平「但馬さんがおらん!」

  走る但馬。
  必死のその形相。
  ランナー抜いた。
  なおも走る。
  またもランナー抜く。
  上り坂、見えた。
  ぐんぐん走る但馬。

  走るひかりと上杉。
  その表情、ほとんどもうろうとしている。
ひかり「(かすれた)もうすぐ……上り……終わりです」
上杉「はっきり言え!」
  ひかり、足もつれた。
  なんとか立てなおす。
上杉「(あえて反応しない)……」
ひかり「もうすぐ……上り……終わりです」
  走るひかりと上杉。
上杉「わかっとると思うが、下り坂は前傾姿勢になる」
  走るひかりと上杉。
上杉「つまり視覚障害者にとってものすごく怖い」
  走るひかりと上杉。
上杉「そのつもりで走ってくれ」
  上りきった。

  追ってきた但馬。
  ひかりたちが見えた。
但馬「!」
  ひかり、立ち止まった!

  立ち止まるひかり……。
上杉「どうした?」
  苦しくて下を向いていたひかり、
  ようやく言う。
ひかり「……ごめんなさい……もう……伴走……出来ません」
  ひかり、続ける。
ひかり「……上杉さんの……安全を……確保……できないから」
  ランナーが、抜いて行く。
ひかり「……草むらに……避けます」
  ひかり、行く。
  ロープ離した。
上杉「ロープ離すなよ」
  ひかり、吐いた。
  苦しそうに吐き続ける。
上杉「最初に断ればええんよ。偉そうに対抗意識燃やして」
  そのとき但馬、来た。
但馬「(声かすれ)ひかりさん!」
  但馬、「大丈夫ですか」と言いながら(もちろんかすれてる)
  ひかりの背中をさすった。
上杉「山崎さんの伴走をしとるおっさんだよね、僕の伴走してくれん?」
ひかり「(苦しいが)但馬さん、してあげて」
但馬、慌てて「声が出ないので言葉がけが出来ません、カラオケのせいで」とかすれた声と手ぶりで必死に説明する。
上杉「カラオケがどうしたって?(カラオケだけ聞こえた)」
  但馬、ぺこぺこ何度も頭下げる。
上杉「頭下げてるのかな?僕は見えんのんじゃけど」
但馬「!」
上杉「わかったよ。レースも諦めるし、回復するまで待つよ。一人じゃ歩けんけえ」
  上杉、続ける。
上杉「伴走者失格!伴走は途中で放棄できないって、肝に銘じておけ」
  ひかり、背中で聞いていた。
ひかり「……」
  上杉、但馬に
上杉「ちょっと座れる場所に誘導して、彼女の吐いた場所は避けて」

  草はらに、のんびりと寝ている上杉。
  突然、荒い息が聞えた。
上杉「(気づき)誰かいる?」
  それは山崎、
  顔を覗きこんでいた。
  息が荒い山崎(すぐ脇に順平)が言った。
山崎「どういうつもりだよ!?」
(次の話へ)
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