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香川まさひと
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29話 ヒゲのある意味
香川まさひと 

  サキが言う
サキ「ヒゲあったほうが見た目もええし、剃らんでもよかったのに、キスだってかえってええ感じじゃったし」
  山崎、顔を赤らめる。
  但馬、順平、ポカンとなる。
ひかり「(目を伏せた)……」
  順平、思う。
順平「(心の中)二人は出来ちゃったってこと?」
  順平が見る山崎とサキ。
順平「(心の中)それって早くないか?でもまあ、あれだけかわいい人じゃし」
順平、思う。
同じように見ていた但馬。
但馬「(心の中)山崎さんは、てっきりひかりさんのことを好きだと思ってたけど……」
  但馬、思う。
但馬「(心の中)ひかりさんは、どう思ってるんだろう?」
但馬、ひかりを見る。
  うつむいたままのひかり。
ひかり「(心の中)なんだろう、この気持ち」
ひかり、続ける。
ひかり「祝福すればええだけ、なのに、この気持ちは……」
  ひかり、想像する。
  そこにいる山崎とサキが……。

  山崎とサキがキスをする(つまり場所も恰好もこの場の二人で)。
サキ「(甘く笑って)ヒゲ剃らんでも良かったのに」

ひかり「(心の中)なにを想像しとる?私には、関係ないことじゃろ」
  ひかり、顔をあげた。
  山崎とサキを見る。
ひかり「(心の中)でも、私も、ヒゲのある山崎さんのほうが好きじゃった」
  ひかり、自分で驚く。
ひかり「(心の中)え?好き?」
  サキが言った。
サキ「練習、始めよう!」
  そのとき山崎が静かに言った。
山崎「ちょっと待てよ、順番が違う」
サキ「(わからず)順番?」
山崎「俺のためなのは、わかる。だけど俺たちはチームでやってる」
  但馬の背中にあるチーム正太郎のマーク。
山崎「チーム正太郎。正ちゃんは今いないけど、俺を入れて全部で5人」
山崎、続ける。
山崎「俺がひとり偉いわけじゃなくて、俺もまたチームの一員なんだ。だからまずはみんなにきちんと挨拶して、承認を得てくれ」
  サキ、表情なくじっと見る。
サキ「……」
  順平、思う。
順平「(心の中)山崎さん、いいこと言うじゃん。それに忘れてたけど、上杉の妹なんだよな」
但馬「(心の中)山崎さんとサキさん、てっきり良い仲だと思ってたけど、サキさんの一方的なヤツなのか」
ひかり「(心の中)山崎さんらしいと思った、でもどこかで」
ひかり、続ける。
ひかり「(心の中)段取りを踏むだけじゃないかと思った。だってダメだと言う人はいないだろうから」
  山崎が言った。
山崎「正ちゃんはいいとして、一人ずつみんなに聞いてくれ」
  サキ、笑った。
サキ「……そうじゃね、先走り過ぎ取った、わかりました」
  サキ、但馬に聞く。
サキ「上杉の妹じゃけど、それって何の意味もないから。ただ単純に力になりたいんじゃけど」
  山崎、但馬を見る。
但馬「……私はいいと思います」
  サキ、順平に聞く。
サキ「チームに入って精一杯走ります」
  山崎、順平を見ている。
順平「はい、びゅんすか走りましょう」
サキ「びゅんすか?」
順平「チーム山崎のキャッチフレーズ」
サキ「ええね、それ!」
  サキ、ひかりに聞く。
サキ「一緒にびゅんすか走りましょう」
  山崎、ひかりを見ている。
ひかり、一瞬間があるが
ひかり「(ちょっと表情硬く)こちらこそ、「よろしくお願いします」
  サキ、笑って
サキ「承認されました」
山崎「もう一人いるよ」
サキ「え?」
山崎「俺」
  サキ、笑って言った。
サキ「びゅんすか一緒に走りましょう」
  山崎、言った。
山崎「俺はイヤだ」
  驚くみんな。
サキ「どうして?」
山崎「今、順平、但馬さん、ひかりの受け答えを聞いてたが、みんなの声に戸惑いがあった」
山崎、続ける。
山崎「あんたが悪い人じゃないのはわかってるが、伴走はチームプレーだ、だからもうちょっと時間を置いてからにしてくれないか」
  サキ、言った。
サキ「……わかりました。だけど」
サキ、続けた。
サキ「私のこと、あんたって言うのやめてくれる?サキって名前で呼んでくれる?」
サキ、ひかりを見た。
サキ「ひかりって呼んだみたいに」
ひかり、ドキンとした。
山崎、言った。
山崎「(努めて冷静に、だがどこかどぎまぎと)……わかった」
山崎、空気を変えたくて言った。
山崎「さあ、練習始めよう!」

  走りだす山崎と伴走するひかり。
  順平と但馬は後ろで。
  見ているサキ。
  四人、走って行った。
  サキ、ほかの人の邪魔にならないよう、みんなの荷物をきちんと整理してまとめ、
煙が上がる線香を消して
去って行く……。

  走る山崎と伴走者するひかり
順平と但馬は後ろで。
  走りながら山崎が思う。
山崎「(心の中)みんなが納得してないからとサキを断ったけど、それは嘘だった」
  走る山崎。
山崎「(心の中)サキに翻弄される自分の姿を、みんなに見られるのが嫌だった」
  走る山崎。
山崎「(心の中)いや、もう見られた、サキと呼んでくれと言われて、どぎまぎしてしまった」
走る山崎。
山崎「(心の中)だけど、見られてもいいじゃないかと思う自分もいる、悪いことをしてるわけじゃないのだから」
  走る山崎。
山崎「(心の中)それでもやっぱり目を失ってから、見られることに恐怖を感じる。それは、もちろん自分が見返せないからだ」
  走る山崎。
山崎「(心の中)俺は、見られるだけの存在なんだ」
  走る山崎。
山崎「心の中)そして、今も見透かされてるような気がする。俺の心を、ひかりに」
  伴走者として走るひかり。
山崎「心の中)もちろん、そんなことはありえない。」
  走る山崎。
山崎「(心の中)だけどやっぱり俺はひかりを意識してしまう。サキにデレデレする俺の姿を見せたくないのは、みんなにじゃなくて、ひかりになのだ」
  走る山崎。
山崎「(心の中)ひかりは、俺のことなんて一つも意識していないのに」
  伴走するひかり。
ひかり「……」
  その顔、寂しそうだった。
ひかり「(心の中)山崎さんが、サキさんをチームに入れないと言ったとき、私はうれしいと思ってしまった」
走るひかり。
ひかり「(心の中)そして、そう思った自分がとても嫌だった」
走るひかり。
行った時
山崎「スピードあげていいか、しんどいくらいに」
ひかり「はい?いいですけど」
  ひかり、思う。
ひかり「(心の中)私もちょうど今、体を痛めつけるくらいで走りたいと思っていた」
  ひかり、思う。
ひかり「(心の中)もしかして、心を見透かされた?」
山崎「行こう!」
ひかり「はい、びゅんすか行きます!」
  山崎も、ひかりも、気持ちを振り払うように走る。

  練習終わった。
  大きく呼吸するそれぞれ。
  スポーツドリンク飲んだり。
ひかり「(山崎に)そうじゃ、前に言ってた本、図書館にあるみたいなんよ」
山崎「マラソンの?」
ひかり「はい、朗読室があるからそこを使えるって」
山崎「ああ」
ひかり「今度行ってみます?」
山崎「うん、行こうか」
  ひかり、思う。
ひかり「(心の中)あとから考えてみれば、朗読室を持ちだしたのは、サキさんより自分を良く見せたいという気持ちの現れじゃったんじゃけど」
さらに思う。
ひかり「(心の中)そして、それは別の気持ちを生んでしまうことになる」

  広島中央図書館・表(数日後)
  ひかりに同行援護されて山崎が来た。

  同・『対面朗読室』
  ひかりと山崎が入ってくる。
  ふたりとも動きやすいジャージ姿。
  ひかり、カバンと共に、今借りてきた図書館所有『実践マラソン』(わりと大きい)を持っている。
山崎「(心の声)あれ?ひかり、いつもと何か違う?」

ひかり「結構広い部屋じゃから」
山崎「普通の声の大きさでいいの?誰もいないの?」
ひかり「対面朗読室じゃけえ、私らだけじゃ」
ひかり、説明する。
ひかり「ここに机で、あっちが本棚」
   (※窓があることは絵で見せて下さい。でもセリフでは言わないで下さい)
ひかり、山崎を椅子に座らせる。
ひかり「じゃあ始めましょうか」

ひかりが『実践マラソン』を読む。
ひかり「第一章、マラソンの歴史、マラソンはマラトンの戦いが起源とされ・・・」
ひかり、気づく。
ひかり「あれ?これは読まんでもええか」
山崎「いらん、いらん」
二人、笑った。
山崎「(心の中)やっぱり、ひかりは楽しいな」
ひかり「(心の中)山崎さんが笑うと、私も楽しい」

  時間経過。
ひかり「うーん、ランニングフォームのことが書いてあるんじゃけど」
山崎「フォームは本によっても人によっても全然違うから」
ひかり「いや、ほーじゃのうて、イラストで描いてあるんよ」
山崎「図だけは、読みとりソフトもデイジー(※欄外注・視覚障害者のためのデジタル図書、専用機やPCで音声化される)も苦手だからな」
ひかり「口だと説明できんし、ちょっとやってみます?」
机の前。広いところ。山崎がフォームを作る。
ひかり「ヘソが前に引っ張られる感じなんよ」
本を見ながら、ひかりが山崎のへそのあたりを触る。
山崎「こうか?」
ひかり「それは、反りかえり過ぎじゃ」
山崎「こう?」
  ひかり、見る。
  目の前のすぐ(キスも出来る距離)、山崎の顔があった。
  うっすら生えるヒゲ。
ひかり「(心の中)そこには、私が好きなヒゲのある山崎さんの顔があった、いや、たとえヒゲがなくても私は……」
山崎「うん?どうかしたか?」
  ページめくると
  その様子を、窓の外からサキが見ていた……。
(次の話へ)     
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