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香川まさひと
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第14光 出会った三人

香川まさひと

夕方。広島城近くの公園。
そのとき角の向こう。
ひかり「誰か来る!!」
  みんな見た。
現れたのは
但馬だった!
  背後を気にして、かなりのスピードで走ってきた但馬。
順平「どうします?本当に声をかけます?」
山崎「声かけろ!」
順平「俺はひかりさんに聞いてるの!」
  ひかり、考えている。
順平「早くしないと行っちゃう」
  ひかり、思わず言った。
ひかり「あの顔は善人と見た」
順平「よっしゃ」
「すいません」と順平、但馬を止めた。
順平「良いペースっすね」
但馬「(わからず)え?」
順平「実は今、あの人と一緒に走ってくれるランナーを探してまして」
  但馬、見た。
  ひかりの脇にいたのは山崎!
但馬「(ものすごく驚く)(心の中)山崎!!!」
順平「山崎さんです、目が見えないんですよ」
但馬「(慌てて下を向き、もごもごと)自分は、その、走ったことないし、そういうのは」
順平「(笑って)今、快調に走ってたじゃないですか」
ひかり「私も経験ないけど、お手伝いするんです」
順平「(ひかりを見て)ひかりさんも、伴走するって決めたんだ」
山崎、深く但馬に頭を下げた。
山崎「お願いします」
但馬「無理です、絶対無理です」
  そのとき走ってきた男。
それは正太郎。
腕まくり、足まくりして、手には水道の蛇口、顔も汚れてる。
正太郎「但馬さん、逃げないでくださいよ」
  正太郎、但馬を追って来たのだ。
はあはあと息が荒い。
状況に気づいた。
足を止めた。
正太郎「ん?但馬さん、どうかしたんですか?」
順平「但馬さんって言うんだ」
山崎「(心の中、いぶかしい)タジマ?まさか、あのトラックの?」

回想。山崎に突っ込んでくるトラック。
その運転席の但馬。

山崎「(思い出していた)……」
ひかり、正太郎に言う。
ひかり「今、但馬さんにランニングのお手伝いをしてもらえないか、お願いしとったんです」
正太郎、気づいた。
正太郎「山崎さん」
  駆け寄る正太郎、山崎の手を握る。
正太郎「お久しぶりです!正太郎です!お元気でしたか?」
山崎「(わかり、うれしい)正ちゃんか!」
ひかり「お知り合いですか?」
山崎「前にも言ったが、病院で買い物を手伝ってくれた人、それが正ちゃんだ」
  山崎、心の中で思う。
山崎「(心の中)正ちゃんの知り合いなら、あのときの運転手ってことはないな」
  順平が言った。
順平「偶然を大切にしたいというひかりさんの発言、さらに偶然を呼びました」
  ひかり、順平、正ちゃん、
とうとう出会ったのだ……。
  但馬、小声で「失礼します」と言うと、こそこそ逃げようとした。
正太郎「逃がさない」
  正太郎、その手をつかんだ。
正太郎「(つかんだまま、もう一方の蛇口を掲げて)せっかく川で真鍮を見つけてあげたのに。これ、売れば200円はします」
  正太郎の腕まくりとか、鼻のところがちょっと汚れてるのは、川に入っていたせいだった。
正太郎「コツコツ地道に稼ぐ。そうすれば大金持ちも夢じゃない」
但馬「(小声で、ぼそりと)夢だよ」
正太郎「?」
但馬「母親は朝から晩まで働いた、だけど死ぬまで貧乏だった」
正太郎、驚いて、その掴んでいた手、力が抜けるように、ふわっと離す。
だが但馬のほうが今度は正太郎をつかんだ。
正太郎、ぎょっとするが
但馬、構わずつかんだまま言う。
但馬「女手ひとつで育ててくれた。あんたみたいな、こんな太った手じゃなくて、がりがりの手で」「口癖は、疲れた疲れただったけど」
  その但馬の顔。
ひかり、山崎、順平、見ていた……。
但馬、手を話した。
但馬「お金は返します。だから、もう放っておいてください」
  だが今度は正太郎が、またも、がしっ!と手をつかんだ。
正太郎「だったら、なおさら山崎さんのお手伝いをしたほうがいい」
但馬「(意味がわからない)?」
正太郎、続ける。
正太郎「たしかに、地道にやっても金持ちになれないかもしれません。ごめんなさい。だけど、だからこそ、大事なのは人だと思うんです」
  正太郎、続ける。
正太郎「これはチャンスなんです、新しい友に出会うための」
  ひかり、パチパチパチと強く拍手した。
但馬「(困る)でも……」
正太郎「(小声で)但馬さん、ウンチ野郎じゃないんでしょう?」
  ×  ×  ×
  以前の会話。正太郎の問いかけの続き。
正太郎「但馬さん、あなたウンチ野郎ですか?」

  但馬、言った。
但馬「……違います」
  
正太郎「頼みにされるなんて、最高じゃないですか。だったら受けて立ちましょう」
  と、つかんでいた但馬の手をひっぱり、
山崎のもとへ。
正太郎、反対の手で山崎の手をつかみ
握手させた……。

  時間経過
  順平がランニングに着替えている。
山崎が但馬、正太郎、ひかりに言う。
山崎「伴走はともかくとして、これも何かの縁だと思うので、よろしくお願いします」
順平「じゃあ、来週またこの時間に、お会いしましょう」
  順平、ひかりに
順平「ひかりさん、このあとは?」
ひかり「ごめん、ちょっと用事思い出した」
順平「了解っす」  
  山崎と順平、ロープを握り、走りだす。

  走る山崎と順平
順平「まっすぐです。今のところ、人も自転車も来てません」
山崎「……疲れた疲れたが口癖って、ドキンとした、リアルだった」
順平「本当ですね」
  走る二人。
山崎「順平のお母さんはどんな人?」
順平「俺、いないんですよ、死んじゃって」
山崎「……ごめん」
順平「ええんです、世の中リアルですから」
  順平、気づく。
順平「あ、ひかりさんにプレゼント渡すん忘れた」

  別れ道
  但馬と正太郎が来た。
正太郎「さきほどは失礼しました。これを売りに行くので、ここで、お別れします。来週ぜひ来てください」
  但馬、ぺこりと頭を下げる。

  一人歩く但馬
  その顔、さっきまでと違って陰険な顔。
但馬「(心の中)来週?絶対に行くもんか、山崎の手伝いなんて」
  そのとき「但馬さん」と声がした。
  ビクンと振り返ると、ひかりが立っている。
ひかり「但馬さんって、ご家族は?」
但馬「……独りです」
ひかり「だったら、夕飯一緒にどうです?」
但馬「……金ないから」
ひかり「奢りますよ、私。ビール飲みたいし」
但馬「(表情動き)ビール」

  学校の机につまみ(ちゃんとした料理が並ぶ)と缶ビールが置かれている……
  そこは閉店後のリサイクルショップ・ミカミの店の中。
  骨董に囲まれながら、商品の椅子とかに座る、ひかり、但馬、三上。
缶ビールのプルトップをプシュッと開け
ひかり、三上が飲む。
但馬も、うまそうにごくごくと飲んで
ふーと息をついた。
ひかり「おいしそうに飲みますね」
但馬「久しぶりなんで」
ひかり「偉い!」
但馬「(わからず)え?」
ひかり「だって、仕事がないから我慢しとったんじゃろう?」
但馬「金がないだけです」
三上「いや違う。自分を律せない奴は、仕事がないって言いながら酒を飲む」
但馬、ちょっとうれしい。
ひかり「但馬さんとは、うまくやっていけそう」
但馬「(ひかりの言葉もまんざらでもない)……」
  ひかり、つまみの春巻食べて
ひかり「うまい、餅と明太子が入っとる」
三上「あとで作り方教えてやるよ」
そう、そのつまみは三上が全部作ったもの。
  三上、但馬に
三上「明日じゃけど、朝8時に、ここに来れる?」
但馬「(わからず)はい?」
ひかり「私が、バイトないん?って、電話したんですよ」
但馬「え?」
三上「そのうえ、缶ビール買って行くけえ、つまみ作って店で待っとれって」
ひかり「はははは、春巻、餅と明太子が入っとる!変わっとる!」

  朝日が昇る広島の町

  軽トラックが走る(朝の道)
運転するのは三上。助手席は但馬。

  山崎のアパート・表(朝)
ひまわり広島介護センターの軽自動車が停まっている。

  同・部屋(朝)
  山崎が運動している。
  台所に立ち、食事の支度をしている芳江。
芳江「(思い出し)今日はリサイクルプラの日か」
  山崎、聞こえてた。
山崎「俺が捨ててきますよ」
芳江「大丈夫?」
山崎「ゴミ捨て場までの歩行訓練も始めたんで」
芳江「じゃあ、頼もうかな」
  芳江、流しの下からゴミ袋を取り出した。
  山崎、受け取る。

  同・表(朝)
  手すりをつかって階段を下りる山崎。
反対の手にゴミ袋と白杖。
ゴミ袋、リサイクルプラのごみ(※広島市がリサイクルプラと呼ぶ、お菓子の包み紙とか発砲スチロールトレイとかのプラスチック系)が入っている。重さはない。

  同・ゴミ捨て場(朝)
山崎、ごみ袋を置いた。
白杖を使い、戻って行く。
ごみ袋。例の饅頭屋の包み紙「バカ」「死ね」「アホ」が見える。
そこへ清掃車が来た。
清掃員、ビニール袋をつかむと、
清掃車のゴミ入れ口へ。
ぐしゃりとつぶれ、ゴミ、中へと引きずり込まれる。
清掃車、走って行く。
(次の話へ)
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