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香川まさひと
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第42話 何度も思ったこと

香川まさひと

  中間地点で待つ中居と但馬。
中居「あれはなんだ?」
  それは自転車に乗る太田。
但馬「!」

  走る山崎と順平
  その必死の走り。
ページ開くと
見開きでタイトル『ましろ日』
  
  中間地点
  びびる但馬。
そこへ太田の自転車、止まった。
太田「(あえて抑えた言い方で)但馬さん、聞きたいことがある、あなたがあのとき(※あのときに傍点)のトラック運転手だって山崎は知ってるの?」
但馬、下を向いたまま、はあはあと呼吸が荒い。
太田「(表情動き)知らないのか!目をつぶした運転手だって山崎は知らないで走ってるのか!」
但馬、さらに過呼吸進む。
そのとき中居が言った。
中居「あんた!レースの邪魔だ!」
太田「あ、ごめんなさい」
太田、自転車を引いてどかす。
中居「来た来た来た!」
中居が見てた方向から山崎と順平が来た。
中居「準備しろ!」
  但馬、動けない。
中居、但馬を道路の中央に押し出す。
順平と山崎。
順平「但馬さん、見えた!」
山崎「おう!」
順平「ペース落とす、このままゆっくり、俺はロープを離す」
  ペース落とした、二人を見ている但馬、だがまだどうしていいかわからない。
順平「頼んだよ!但馬さん!」
順平、ロープを離す、
ロープ垂れる、
順平、離れる、
  そのとき、自転車を置いた太田が山崎たちに気づいた。
太田「山崎!」
但馬、その声に「ひっ!」と驚き、思わずそのロープを握った。
中居「ナイス!レッツゴー!」
  その間、ほんの数秒の出来事だった。
山崎「但馬さん、びゅんすか行くぜ」
  スピード上げる。
走っていく但馬と山崎。
  その背中に順平、言った。
順平「但馬さん!自分を信じて!但馬さんがチームで一番練習したんだ!真面目に!一所懸命に!」
その言葉がひびく但馬。

回想。一人で走る但馬。

但馬、決意した。
但馬「(心の中)とにかく今日のレースだけはちゃんとやろう、ゴールまでは走ろう」
  但馬、一所懸命走りだす。
山崎「おお、速い」
但馬「(慌てて)ごめんなさい」
山崎「いいよ、そのペースでどんどん上杉を引き離そう!」
但馬「(上杉のこと忘れてたので)あ、上杉」
山崎「うん、だいぶ差がついてるはず」
但馬「(またも顔が引き締まる)!」
 但馬と山崎が走って行く。

  中間地点。
太田「(行った方向を見て)行っちゃったか」
  順平、はあはあと大きく息をしている。
太田「(気づき順平に)お疲れ様」
順平「(息荒く)ああ、どうも、この場所で応援しとったんですね」
太田「いや、そうじゃなくて」
  太田、言った。
太田「みんなは知ってるの?但馬が事故のときの運転手だって」
順平「はあ?」
太田「山崎の目をつぶしたのは但馬だよ」
順平「(表情なくす)え?」
  そのとき道にいた中居が叫ぶ。
中居「ナイスペース!」
  中居が見ている方向、上杉たち、来た。
  スピード落とす上杉たち。
  小出がロープの手を離した。
  とたんひったくるように中居がつかむ。
中居「ペース今まで通りで、しばらくまっすぐ、障害物なし」
  走る中居と上杉。
中居「どう?疲れてる?」
上杉「山崎たちにペース乱されて」
中居「全然問題なし!十分追いつき追い越せる!」
  走る中居と上杉。

  並んで走るひかりとサキ。
ひかり「今頃中間地点じゃろうか」
サキ「兄貴をうんと引き離してそうな気がする」
ひかり「うん、私もそう思う、そして勝ってうまいビールじゃね」
サキ「ビールかけ、する?」
ひかり「それはせん、もったいない」
サキ「たしかに」
  サキ、ぽつりと言う。
サキ「変なこと聞いてええ?ひかりさん、ご両親亡くしとるんよね」
ひかり「うん、ほーじゃけど」
サキ「今日仏壇のお父さんとお母さんにお祈りしてきた?レースのこと」
ひかり「……うん、怪我なくみんなが走れますようにって」
サキ「みんなってええね」
走るサキとひかり。

  走る但馬と山崎。
給水所が見えた。
但馬「水取ります」
  但馬、例の「一度にコップふたつ取り」を見せた。
但馬「水です」
山崎「半分ずつにする?」
但馬「二つ取ったので飲み干していいです」
山崎「すげえ、テクニシャン但馬」
  但馬、うれしい。
  飲み干す二人。
  コップを放る。
山崎「上杉は?」
  但馬、振り返る。
但馬「全然見えません」
山崎「てことは今日はおいしいビールが飲めそうだな」
但馬「はい!」
山崎「いや、今日だけじゃない、これからも何度も勝利の美酒を飲む!チーム山崎は明日に向かって走り続ける!」
  とたん、但馬の顔が曇る。
山崎「そういえば正ちゃんどうしてるかな?」
但馬「!」
但馬の背中にあるゼッケンの正ちゃんの顔。

  但馬の回想。単行本2巻134ページ。
正太郎「但馬さん、あなたはウンチ野郎ですか」

  思い出した但馬。もう普通ではいられない。
  ぶるぶる震えだす。
山崎「(気づかず)正ちゃんともビール飲みたいなあ、まあ今日は無理でも、この先いくらでもチャンスあるだろう」
  但馬、足元もおかしくなっている。
山崎「(気づいた)ん?どうかした?」
  但馬、突然立ち止まった。
  思わず転ぶ山崎(※ロープ、但馬手を放し、山崎が握っている)。
山崎「!」
だが但馬、山崎が転んだことも気にならない。
なぜなら但馬の心に正太郎の言葉が何度もリフレインされてるからだ。
  「あなたはウンチ野郎ですか」「あなたはウンチ野郎ですか」「あなたはウンチ野郎ですか」「あなたはウンチ野郎ですか」
  とたん但馬、叫んだ。
但馬「俺はウンチ野郎じゃない!!!」
  転んだまま驚く山崎。
山崎「但馬さん、どうした?」
但馬「俺はマラソンをやりたいなんて一度も言ってない、お前らが勝手に決めたんだ、だからお前らが悪いんだ」

  回想。単行本2巻。145ページあたり。
  山崎の「もう一人伴走を頼もうか」など、
いくつかのコマのコラージュで。

  山崎、立ち上がりながら、
山崎「どうしたんだ?いったい」
  そんな脇を、いぶかしい顔をしてランナーが抜かしていく。
但馬「保険金3000万もらったんだろ!だったらおとなしく家にいろよ!」
  山崎、表情変わる。
山崎「……なんで保険金の金額まで知ってる」
  山崎、わかった。
山崎「但馬さん、あんた、あの事故のトラック運転手か」

回想。あのときの事故。
いくつかのコマのコラージュで。

山崎「そうなのか」
但馬「そうだよ!それが悪いかよ!だいたい、なんであのとき脇に逃げなかったんだよ!」

回想。単行本2巻、77ページ。
警官が「あんたも不運だね〰」と言ってるコマ。

山崎「俺もそう思ったよ」
但馬「え……」
山崎「あのとき脇に逃げてればって何千回、何万回も思った。昨日の夜だって思ったさ」
但馬「……」
山崎「3000万もらったんだから家にいろって言ったよな」
但馬「(ビビりはじめ)それは」
山崎「怖いんだよ、家にいると、将来のことを考えて、どんどん不安になる、そして最後はこう思う、なんで俺は失明したんだ、って」
但馬「(ビビってるがまだ非を認めたくない)……」
山崎「但馬さんってどんな顔してるのかな?ひかりってどんな顔してるのかな?順平も正ちゃんもどんな顔?サキは知ってるけど、それでも今の顔を見たい」
山崎、続ける。
山崎「(しみじみと)見たいなあ、本当に見たい」
  ひかりなど、それぞれの顔。
山崎「でも見えなくて良かったと思うことが一つだけある、もし鏡で見えたら気絶するかもしれない」
 山崎、サングラスを外した。
但馬「!」
山崎「初めて手で触れたとき、驚いたよ、だって凹んでるんだぜ」
  山崎の目。
眼球がないので凹んだそこ。まぶたは事故のときに押しつぶすように切ったので、醜く縫われた跡が残っている。
(次の話 第43光へ)
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