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香川まさひと
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45話 ゴールのその先

香川まさひと

  ゴール
  走ってきた四人。
  四人きれいに並んでいる。
  その必死の形相の上杉、山崎、但馬。
スピーカー「さあ、三時間を切れるか?」
ゴール前。
上杉と中居。
中居「フィニッシュラインまであと20メートル!」
但馬「もうすぐゴールです!」
山崎、上杉。
上杉と中居、山崎と但馬。
山崎、上杉。
上杉、山崎。
山崎と上杉。
スピーカー「ゴール!!」
同着?
タイムを知らせる電光掲示時計は3時間05秒だった……。
精魂尽き果て、ぶっ倒れている山崎と但馬、そして上杉。
はあはあはあはあと
荒い息の音だけが聞こえる。
上杉「(息荒く)……どっちが……勝った?」
山崎「(息荒く)……お前……だよ」
山崎、続ける。
山崎「俺の……負けだ……偉そうなこと言って……悪かった」
上杉「(素直な山崎に戸惑い)……」
  山崎、言った。
山崎「でも……次は……絶対勝つ!」
  上杉、嬉しかった。
上杉「望むところだ」
  聞いていた中居。
中居「山崎さん、自分が負けたってどうしてわかった?」
山崎「……あれ?……どうしてかな?……でも……なんかわかった」
中居「(心の中)この男、見えてないのに見えている、やっぱり本物だ」

その山崎たちをじっと見ていた冷たいほどの美人。
  桜坂里子(45)。
  囲みで説明が入る。
『ブラインドマラソン協会強化選手委員会、桜坂里子』
たまたま桜坂の隣にいた中学生(マラソン10キロ走り終えて見学してた陸上部、ジャージ姿でスポーツドリンクを手にしている)がつぶやいた。
中学生「(広島弁)3時間なんてすげえ、本当に目が見えとらんのんか」
桜坂「キミは陸上部?ブラインドマラソン興味ある?今度伴走してみない?」

山崎たちのところに係りが来る。
係り「タイムのチップを切るのでこちらのテントにお願いします」
中居「ラジャー」
係り、行く。
  但馬、走って行く。
但馬「私トイレに行きたいんで、あの人を、山崎さんを誘導してもらえますか」
係り「はい」
  係り、山崎のもとに行く。
  但馬、離れる。
  振り返り、遠くに見える山崎にむかって、
但馬「……本当にごめんなさい」
  但馬、深々とお辞儀をし、
但馬「ありがとうございました」
  但馬、振り払うように走って行こうとして
手にロープがあることに気づく。
但馬「あ」
見つめる。
但馬、強く握りなおした。
そのまま持って違う方向へと走って行く。

係りが山崎のところにきた。
係り「誘導します」
山崎「(すでに予感があって慌て)あれ?但馬さんは?」
係り「伴走の方ですよね、トイレに行くって頼まれたんですけど」
山崎「(間違いない)どっちに行きましたか!!」
そのとき順平がにこにこと来た。
順平「山崎さん、やったね、3時間はすごい記録だよ」
山崎「順平か、但馬さんが消えた」
順平「え?」
山崎「但馬さん、俺の目を傷つけた運転手だったんだよ!」
順平「(心の中)知っちゃったか……」
  順平、山崎を慰めようと
順平「山崎さん、気持ちはわかる、でも但馬さんをマラソンに誘ったのは」
山崎、さえぎった。
山崎「違うんだ、順平、俺は但馬さんとビールが飲みたいんだ」
順平「?」
山崎「ゴールを切るとき、前しかなかった、横にいる但馬さんもいなかったし、後ろにある俺の過去もなかった、俺たちには前しかなかったんだ」

  回想。
ゴール直前、
前へ!とむかう但馬と山崎、そのかみつくような顔。
  × × ×
山崎「今だってそうだ、前なんだ!次こそ上杉を負かせてやろうぜって、前を見ながらビールを飲みたいんだ!!」
順平「(わかった)探してくる!」
  順平、走って行く。

テント。
靴のチップを切ってもらう上杉。
小出「(興奮して)3時間だって!すごいじゃないか!山崎さんにも勝ったんだって?」
上杉「八つ当たりして悪かった」
小出「そんなことない、ついていけなかった俺が悪かったんだ、それなのにすごい記録出して」
上杉、うれしくて、泣きそうになる。
小出「おいおい、どうしたんよ、らしくないのお」
上杉「(泣きたくないが)今まで僕は自分勝手だった、それなのに……」
小出「(笑って)本当にどうしたんね」
上杉、改まり小出に言った。
上杉「これからもよろしくお願いします」
小出「もちろんだよ」
  二人、握手した。
脇で見ていた中居。
中居「(心の中)山崎を発奮させるために、上杉を当て馬に使ったわけだが、彼もまたひょっとするとひょっとする」
  中居、改まって言う。
中居「私に対する感謝はないのかな?」
上杉「(慌てて)失礼しました!ありがとうございました!」

  探す順平。
  いない但馬。
順平「バス乗り場?」
  順平、行く。
  × × ×
  催事店が並んでいる前。
  立っている桜坂。
  中居が来る。
中居「どうでした?」
桜坂「(店を見て)あれは尾道ラーメンかしら?」
中居「え?」

食べる中居と桜坂。
中居「二人とも良い選手でしょう」
  桜坂、きっぱり言った。
桜坂「二人ともダメ」
中居「(驚き)ダメ?」
桜坂「強化指定選手になるには最低2時間50分って規約があるでしょう」
中居「島だから風が強かったんですよ、それに選考は記録だけじゃなくて、強化委員会推薦って規約もあるわけだし」
桜坂「やる気はあるわけ?」
中居「そこは指定選手になってから桜坂さんがびしびしと」
  桜坂、汁まで飲み干した。
桜坂「中居ちゃんがそこまで言うなら」
中居「いいですか」
桜坂「山口の防府マラソンで決めましょうか」
中居「えー!」
桜坂「ただし指定選手に選ぶのは一人だけね」
中居「えー!」
桜坂「そのほうが競い合って頑張るんじゃないの?今回中居ちゃんが上杉さんにつたのもその作戦でしょう?」
中居「……」
桜坂「あれは団子かしら?」
  桜坂、別の催事店(団子屋)に行ってしまう。
中居「……」
      
  バスへ行く道
走ってきた順平。
順平「いた」
但馬が行くのが見えた。
順平「(叫び)但馬さん!」
ビクリと背中が震えて立ち止まる。
  順平、その場で静かに言う。
順平「但馬さん、山崎さんが但馬さんとビール飲みたいって」
  ビクンとまた但馬の背中が震えた。
順平「但馬さん、但馬さんは悪くないよ、山崎さんの目をわざと潰したわけでもないし、チーム山崎に入ったのだって偶然じゃもん」
順平、続ける。
順平「……って俺はそう思う」
但馬「(背中を向けたまま)……」
順平「……わかった、せめてひかりさんとサキさんのゴール見てから行きなよ、がんばれ!って言ってあげようよ」
但馬、ゆっくりと振り返った。
目をそらしている但馬。
見ている順平。
順平「顔上げて下さい」
但馬、顔を上げた。
そのくしゃくしゃの顔。
見る順平。
見る但馬。
ぎゅっと握られたロープ。
  だがすぐに背を向けると
  そのまま走って行った……。
順平「……」
  順平、その背中に思い切り叫んだ。
順平「但馬さん!お疲れさまでした!ナイスラン!」
  但馬、去って行った。

  チップを切るテント
  切り終えて、ちょっと離れた場所で順平を待っている山崎。
そこへ中居が来た。
中居「山崎さん、中居です」
山崎「ああ」
中居「素晴らしい走りだった」
山崎「……そんなことないです」
中居「ぜひ東京パラリンピックを目指してほしい」
山崎「え?」
中居「障害の程度を確認するために医師の診断を受けてもらって、大分の防府マラソンに出場してくれないか」
  中居、続ける。
中居「その結果により、山崎さんを強化選手として指定することにします」
山崎「……」
中居「(勘違いし)心配することはない。山崎さんなら選ばれるよ」
山崎「……いやそうじゃなくて」
  山崎、そんな気分になれない。
中居「ただ、伴走者は、まったく別の人に組んでもらうことになるが」
山崎「え」
中居「キミの気持ちはわかる、チーム山崎のみんなとレースに出たいんだろ?」
  中居、はっきり言った。
中居「だがはっきり言ってそれは無理だ、伴走者は司令塔だ、素人にはできない」
山崎、カチンときた。
山崎「俺だって素人だけど」
(次の話 第46光へ)
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