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香川まさひと
ひかりと順平が
熱心に本を読んでいる。
そこは夕方の千田公園(※この前の蚊に刺された公園)。
フィールドでは中学生二人がキャッチボールをしていた。
信金帰りのひかり、高校帰りの順平だが、すでにランニングのための着替えは済んでいる。
ひかり「(本を見たまま)人間って面白いのお」
順平「(本を見たまま)うん、人間は面白い」
ひかり「(顔を上げ)何読んどるん?」
順平、付箋がいっぱい貼ってある本を見せた。
『詳細日本史研究』。
順平「出て来るヤツみんな、喧嘩して、意地張って、理屈で割り切れんことばかりする、人間ってホント面白過ぎ」
順平、聞いた。
順平「ひかりさんは、何読んでるんですか?」
ひかり、見せた。こちらも付箋がいっぱい貼ってあって
『金融取引小六法』。(※法務2級試験のための勉強です)
順平「(驚き)え!その本の感想が人間が面白いなの?」
ひかり「裁判例が載っとる…結局は勝ち負けじゃ。そもそも法律こそ人間臭いもんじゃ、どろどろじゃ」
順平、意外だった。
順平「(心の中)ひかりさんらしくない言葉……ってひかりさんのこと、俺はまだ全然知らんけど」
ひかり「ほーじゃ。但馬さん、伴走、参加してくれるみたい」
順平「但馬さんのことは山崎さんから聞きました。それと、ひかりさんと一度レース出ようって」
ひかり「(驚き)えー!それは早過ぎるじゃろ」
順平、気づく。
道を上杉が来るのが見えた。
一人、リズムよく白杖を振りながら、迷いなく、すっすと歩いて来る。
見ていたひかり、
ひかり「普通の人より、歩くの速いくらいかも」
順平「上杉さんは中途失明じゃなくて、生まれたときからだそうです」
公園に入ってきた上杉、順平が声をかけた。
順平「上杉さん、こんちは」
上杉「(明るく)おー!こんちは!」
順平「彼女がお話ししたひかりさんです」
ひかり「こんにちは。笑顔の隣にいつも、安芸信用金庫の加瀬ひかりです」
上杉と握手した。
上杉「身長いくつ?」
ひかり「はい?」
上杉「伴走って、身長が大事なんよ…一緒に走るわけじゃけえ、歩幅が大事って言ってもええ」
上杉、断りもせず、ひかりの頭に手を載せた。
上杉「(表情大げさに動き)まずいのお、相手の山崎さんってもっと背が高かったよね、山崎さん、かわいそう」
順平「(笑顔で)ひかりさんは育ちざかりなんで、まだまだ身長も伸びるかと」
ひかり「(合わせて)はい、チチトスの白牛乳毎日飲んどります!」
上杉「え?どういう意味?」
順平「(心の中)冗談だよ、あんたが無神経だから冗談にしたんだよ」
上杉「まあ、お遊び集団じゃし、そこまでこだわる必要はないかな」
ひかり「お遊び集団?」
上杉「(笑い)聞いたよ、偶然通りかかったおっさんも、仲間に入れたんだって?」
ひかり、ちょっとムッとしている。珍しく顔に出る。
上杉「で、なに?僕と走りたいんだよね?」
順平「はい、ひかりさんに、伴走のこと、ご教示下さい」
上杉「了解…伴走がいかに楽しいか教えちゃうね」
今度は順平がムッとして、
順平「(心の中)言ってること矛盾しとるじゃん」
上杉、言った。
上杉「その前に、順平とアップで3周させてくれる?」
順平「了解っす、ならトイレに行かせて下さい」
順平、行く。
上杉とひかりが二人になった。
ひかり、本をカバンにしまう。
上杉「何カバンに入れたん?」
ひかり「法律の本です、二カ月後に資格試験があるんで」
上杉「法律かあ…人は誰でも幸福を追求する権利があるって、憲法に書かれとるんじゃろ?この前ラジオで言っとったよ」
ひかり、言う。
ひかり「恩師にあたる人が言ったんですけど、私、大事にしてる言葉があるんです」
上杉「何?」
ひかり、大事に言った。
ひかり「幸せは一人でなるものじゃない、誰かのために生きてこそ幸せなんだ」
上杉、鼻で笑った。
上杉「くだらない」
驚くひかり。
ひかり「え?」
上杉「(笑ったまま)それ言った人、健常者じゃろう」
ひかり「どういう意味です?」
上杉、言った。
上杉「だって、もし僕が言ったらどうなると思う?幸せは一人でなるものじゃない、誰かのために生きてこそ幸せなんだ」
上杉、続ける。
上杉「聞いた人は笑ってこう言うよ。そりゃそうじゃろ…お前は誰かの助けがないと生きていけんし!」
そんな言葉がかえってくると思わなかったひかり。
上杉「(鼻で笑って)ごめん、恩師の悪口になっちゃった?でもそういうもんじゃろ」
ひかり、冷静に反論する。
ひかり「上杉さんの言いたいこともわかります。ですが、そういう言い方をするのなら、誰かの助けを借りないと生きていけんのは……」
ひかり、続ける。
ひかり「健常者だって同じじゃないでしょうか」
上杉、ムッとした。
とたん、びゅん!と白杖を振り上げた。
一瞬怖いひかり。
それを見越してやった上杉、白杖を掲げたまま上杉言う。
上杉「これ、わざと壊れてもいいように作ってあるんよ。走るバイクの車輪に巻き込まれて、折れずに引きずられたらまずいけえ」
上杉、続ける。
上杉「とは言っても怪我はするわけ…今までに何十本折ったか、わかる?何百回怪我したか、わかる?」
上杉、静かに言った。
上杉「さっきの言葉、何百回も怪我をしてから言ったら?」
ひかり、何も言えない。
ひかり「(心の中)……」
そこへ順平が「お待っとさんでした」と戻ってきた。
上杉、なにもなかったように順平に笑って
上杉「じゃあ、行こうか」
順平「行ってきます」
ビブスをつけた上杉と順平が走りだす。
ひかり「(笑顔で)行ってらっしゃい」
去って行く二人。
ひかり、顔をやる。
上杉がベンチに置いた白杖。
ひかり「……」
走る上杉と順平。
順平「トイレ行ってる間、なに話してたんですか?」
上杉「下らない話だよ、価値のまったくない」
走る順平と上杉。
快調に走って行く。
半周周る。
ひかりの近くまで来た。
走る二人。
そのとき!
順平「!」
ボールが飛んでくる!
ひかり「(ボールに気づく)!」
ボールを、キャッチボールをしていた中学生が取り損ねたのだ!
順平、上杉に当たらないよう、とっさに上杉を引きこんだ。
順平を下にして倒れる上杉。
順平「大丈夫ですか!」
上杉、ムッとしている。
立ち上がった。
上杉「(冷たく)どういうこと?」
順平「ボールが飛んできて…」
そこへボールを取りに来た中学生。
中学生「すいません」
中学生、ボールを取り、
そそくさと去って行く。
順平「怪我は?」
上杉「(そっけなく)ないけど」
順平「ごめんなさい」
上杉、偽善的に笑った。
上杉「まだまだ素人だからな。今度から気をつけてな」
順平「走りますか?」
上杉「走るさ、決まっとるじゃろ」
二人、並んだ。
走りだそうとした、そのとき
ひかりが言った。
ひかり「ちょっと待って」
上杉と順平、ひかりの方を向いた。
ひかり「上杉さん、どうして順平くんの体を気遣わんのんです?」
上杉「え?気遣ったじゃろ?」
ひかり「気遣っとらん、大丈夫かの一言も言っとらん」
順平「ひかりさん、俺は平気だから」
ひかり「平気じゃない、血出とる」
たしかに順平の膝、血が出てる。
順平「大したことないから」
ひかり「私が言ってるのは気持ちの問題!順平くんが怪我は?って言っとるのに、上杉さんは言わんかった」
上杉「言っとらん?言ったじゃろ?」
順平「……」
ひかり、静かに言った。
ひかり「上杉さん、何百回も怪我したんじゃろ?自分の痛みはわかっても、人の痛みはわからんの?」
上杉「そんなにひどい怪我なのか?」
ひかり、言った。
ひかり「まだ、わからんの?順平くんは壊れてもいい白杖じゃない。人間じゃ」
ムッとする上杉。
上杉「帰る」
順平「え?」
上杉「こんな相手に、伴走を教える気になると思うか?」
ひかり、初めて怒鳴った。
ひかり「こっちこそお断りじゃ!!」
白杖を使って、去って行く上杉。
並んで見ているひかりと順平。
ひかり、順平に対してはちょっと反省してる。
ひかり「(しょんぼり)……ごめん」
順平「(笑って)何がっすか?」
ひかり「だって、せっかく順平くんが頼んでくれたのに……」
順平「何の問題もないですよ、ていうか、ひかりさん、間違ってるって思ってないでしょう」
ひかり「思ってない」
順平「上杉さんのこと嫌いですか」
ひかり「これから先はわからんけど、今は嫌い」
順平「そうなんですよね、白杖持ってるとヘンに意識しちゃうけど…対等だからこそ、嫌いだと思っていいわけですよね」
ひかり「そういう順平くんは?」
順平「これから先はわからんけど、今は大嫌いっす」
怪我した部分。
ひかり、消毒薬を垂らした。
順平「偉いなあ、ちゃんと準備してきたんだ?」
ひかり「目が見えないわけじゃし、怪我はあるじゃろうなって」
順平「そうなんだよ、大事なのはその想像力なんだよな」
ひかり「ちょっと聞いていい?上杉さんって、フルマラソンどのくらいで走るん?」
順平「2時間59分とか言っとったかな?」
ひかり「それ、私たちでも頑張れば出せる?」
順平「出せますよ、誰かと違って、繊細で大胆な俺たちなら出せます」
ひかり「もうひとつ聞いていい?さっき言っとったレースって、一番近いの、いつ?」
順平笑いながら、
順平「一番近いのは、ひろしまリバーサイド10キロレースです、二カ月後の第二土曜日…10日です」
ひかり「あちゃあ!11日が試験だよ」
だがすぐに力強く
ひかり「いい…やる、レースに出る!」
順平、笑った。
ひかり「え…なんかおかしい?」
順平「人間って面白いなって」
(次の話へ)