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香川まさひと
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第9光 誰かのために生きること


                             香川まさひと
  但馬の住む部屋。
但馬が描いた山崎の絵、
両目に画鋲を突き刺した。
但馬「どうだ、痛いか山崎」
但馬、笑った。

  同・表(日にち変わって、朝)
  部屋から出て来る但馬。
  歩き出す。

  広島中央総合病院・庭
  掃き掃除をする正太郎。
  例のアイドル雑誌の車椅子の老人。
老人「正ちゃんには七不思議があるそうじゃな」
正太郎「(掃きながら)僕には七不思議なんてありません」
老人「中学で一番だったのに、高校は進学しなかった、これを不思議と言わずしてなにを不思議と言う!」
  正太郎、箒をマイクのように突き付けた。
正太郎「人生にとってもっとも大事なことは、なんだと思いますか?」
老人「(悩んで小声で)……お金?」
正太郎「確かにお金も大事です。でも僕は人脈だと思うんですよ」
正太郎、続ける。
正太郎「人との太い繋がりが、人生を強くし、豊かにし、愉快にさせるものじゃないでしょうか?」
老人「(ものすごく感動している)おおー」
正太郎「人生は短い!だから僕は社会に早く出て、たくさんの人と出会いたかった」
正ちゃん続けた。
正太郎「というのは嘘です」
老人「(驚き)嘘?」
正太郎「ほら、僕は、捨て子の、もらわれっ子じゃないですか」
老人「(ものすごく驚いた)えー!」
正太郎「そんなに驚くことないですよ、捨て子はさすがに少ないけど、育児放棄なんてすごい数ですよ」
老人「そうかもしれんが」
正太郎「僕は、お母さんに会いたいんです、人脈作りはそのためです」
老人、言った。
老人「一つ、聞いていいかい?お母さんに対してどう思ってるの?」
正太郎、笑顔で答えた。
正太郎「もちろん、憎んでます!」

  同・食堂
  定食のプレートを手に、テーブルに来た正太郎。
  車椅子の人や、パジャマの人も食事している。
正太郎「失礼します」
  4人掛けのそこに座った。
  前に座っていたのは但馬。
  但馬、ご飯とみそ汁だけ。
正太郎「(素朴に聞いた)制限食ですか?」
但馬、アパートでの態度と違って、人の前ではおどおどと気が弱く顔あげられず、
但馬「いや、あ、そうじゃなくて、お金がないから」「病院の食堂に来たのも安いからで」
正太郎「僕のおかず、半分食べます?」
但馬「え、そんな」
  正太郎、ハンバーグをふたつに分ける。
  半分になったハンバーグを自分のご飯どんぶりにのせ
  そのまま但馬に差し出す。
正太郎「どうぞ」
但馬「え、あ、でも」
正太郎「僕のダイエットにもなるんで」
但馬「(なおも顔あげられず)……す、すみません」
  但馬、ぼそりと続ける。
但馬「……失業中なんです、運転中に人身事故を起してしまって」

あのときの事故。
居眠りする但馬。
目をつぶす山崎。

但馬「居眠りしちゃって、本当なら実刑なんですけど、会社の働かせ方がひどいって認定されて、執行猶予がついて、そうは言っても5年の免許取り消しですけど」
但馬、かっこむようにご飯を食べた。
正太郎「それは大変でしたね」
但馬「ずっと運転手できたんで、ほかの仕事がなかなか見つからなくて」
但馬、ハンバーグ食べた。
但馬「(初めて顔を上げにっこりと)……おいしい」
正太郎「おいしいですよね、ここのハンバーグ」
但馬「(また下を向いた)あの……」
正太郎「はい?」
但馬「(下むいたまま)お金貸してくれませんか?」
正太郎「(警戒して)いくらですか?」
但馬「(下むいたまま)事故のときに世話になった人がいて、その人に饅頭を……二千円でいいんですけど」
正太郎「……」

  饅頭屋・表
  饅頭が並ぶ。
  見ている正太郎と但馬。
正太郎「(指差し)これがおいしいんですよ、但馬さん」
但馬「(下を向いて)はあ」
正太郎「12個入りでどうでしょ? 二千円ですけど」
但馬「(下を向いたまま)はあ」
正太郎「おばちゃん、十六個入りで」

  同・表
  正太郎が饅頭の紙袋を渡す。
正太郎「但馬さん、お金はいつでもいいです」
  受け取る但馬。
正太郎「お昼休み終わるんで、ここで失礼します」
  去って行く正太郎。
  良いことをしたとニコニコと。
  あくどい顔に変わる但馬、その背中を見ながら言った。
但馬「世話してくれた奴なんて一人もいねえよ、俺は自分のビールが欲しかっただけだよ」

  住宅街・ある家の前
  スクーターを止め、庭に水をやる、その家の人と話をするひかり。
ひかり「だったらリフォーム・エコプランがありますよ」
家の人「手数料とか保証料は、どうなるん?」
ひかり「手数料はいただきません。保証料は金利のなかに含まれます」
  
  住宅街
  走るひかりのスクーター。
  子供が自転車を道にはみ出すように止めた。
そのまま走って行こうとするのを
ひかり、止めた。
ひかり「おーい!自転車!」
子供、戻ってくる。
ひかり「なるべく、はじっこに置いてね」
子供「走ってくるバイクが危ないから?」
ひかり「それもあるし、目の見えん人にとっても危ないけえ」
子供「目が見えん人は歩かんじゃろ」
ひかり「歩くんよ、だって歩くのは気持ちええじゃろ?」

  県立船出高校・表(放課後)
  帰宅する生徒たち。
  順平も。

  順平が来た
そこから見えるのは広島城。

  広島城、公園ならびにその周りを走るよう作られたランニングコース。
  順平、待ち合わせ場所のベンチに来ると、
カバンを置き、
シャツを脱ぎ、
  ズボンを脱ぎ(もうランニングパンツ穿いてた)、
  靴をランニングシューズに穿きかえる。
  屈伸運動をする順平。
小出「こんちは。早いね」
  ジャージ姿の小出が現れた。
順平「こんにちは、小出さん! よろしくお願いします!」
小出「昨日も思ったけど、順平は、すごくいいよ」
順平「はい?」
小出「声が元気でいい。視覚障害の人にとって、それってすごく大事」
順平「(元気よく)障害者に限らず、誰に対しても挨拶は元気よく!」
小出「(笑って)そうでした、おっしゃるとおりです」
順平「(笑っていつもの調子で)単に緊張しとるだけです、友達には小声で「おはっす」ですから」
小出「(笑って)俺たちも、すぐに友達になれる、普通より早いよ、障害者も伴走者も伴走者同士も」
順平「言い方変えれば、気持ちが通じ合わないとできないってことですか」
小出「そう」
順平「合唱部も、まさにそうなんですよ」
小出「今、合唱部なんだっけ? ああ、それで声が通るのか」
順平「歌って走れる順平と呼んで下さい」
  小出、笑いながら、
小出「その順平に、まず、これをつけてもらおう」
  と出したのはアイマスク。

  アイマスクをつけた順平、
小出の腕を持ち、一緒に歩く。
  歩きながら小出言う。
小出「伴走者にとって最も大事なことは安全の確保だ。走るだけでなく、誘導する介助の仕事もある」「まずは視覚障害者になって、どんな感じがするのか、どこに不安を感じるのか? 体験してほしい」
歩く小出と順平。
小出「このまま平らな道をまっすぐです」
順平「……」
小出「自転車が前から来ました。左に少し避けます」
  自転車来た。
  通りすぎた。
  小出の脇を通りすぎた。
順平「そうか」
小出「なに?」
順平「自転車が通ったのはわかったけど、誰が乗ってるのか、わからないんだ」
小出「そうそう、今のは学校帰りの女子高生」
順平「かわいかったすか?」
小出「ふふふ。どうだろう?」
順平「あ」
小出「なに?」
順平「日陰になった、涼しい感じ」
たしかに木の陰に入った。
小出「うん。木陰を歩いている」
順平「そっか、そっか、そういうものなんだ」
  歩く小出と順平。
  歩く小出と順平。
  歩く小出と順平。
  順平、言った。
順平「小出さん。なんか言葉下さい」
小出「そうなんだよね、安全確保されてるからって、俺が何も言わないと、ちょっと安心できないでしょう?」
順平「……安全だけど、安心できない」
小出「俺も伴走やってわかったけど、話すって大事なんだよな」
順平「好きって言って。そんなの言わなくてもわかるだろう。言わないとわからないよ」
小出「(笑って)夫婦の会話か? だけど伴走も夫婦みたいなところあるよ」
  順平、小出の腕を掴んでいたのをグッと握る。
順平「もう❤あなたったら❤」
小出「ははは、順平は伴走に向いてるよ、そういうの、俺は大事だと思うんだ」

  別のベンチ。
  来た小出と順平。
小出「じゃあ、アイマスクとって」
  アイマスク、取る順平。
  目の前に、山崎がいた。
順平「山崎さん! 来たんですか!」
山崎「順平くんかな? こんにちは」
順平「こんにちは! 順平でいいですよ」
  山崎、派手なサイクリングのときの服を着ている。
順平「かっこいいすね!」
  山崎の隣にいた芳江が言う。
芳江「山崎さんって、サイクリングやっとったんだって。仕事も自転車便じゃったんと」
山崎「(ちょっと照れた感じで)ほかに適当な服がなかったから」
  小出が言った。
小出「順平、ちょっと山崎さんと軽く走ってみたら」
順平「えー! もう?」
小出「歌って走れる順平なんだろ」
小出、自分の首にかけていた伴走用ロープを説明する。
小出「(山崎に握らせ)これを互いに握って走ります。伸びるような素材じゃなければ、なんでもOK、まあ、握りやすいものがいいでしょう」
順平「伴走者は右側に立つんすか? 左側?」
小出「それも自由、山崎さん、どっち側がいいですかね」
山崎「どっちかな?」

  その山崎の画鋲の刺さった絵
但馬の部屋。
  入ってきた但馬が、
但馬「饅頭なんか欲しくねえよ、ビールだよ」
  テーブルに饅頭の箱を投げ出す。
  山崎の絵を見た。
但馬「3千万ももらいやがって」
その但馬の表情が動いた。
  饅頭の箱を手に取ると
丁寧に包み紙を外す。

個別包装の12個。但馬、ひとつ取ると、ビニールの部分にマジックで「死ね」と
書いた。
但馬、嬉しそうに笑った。
但馬「フフフ、山崎にプレゼントしよう」
                              (次の話へ)
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