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香川まさひと
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ましろ日

第5光 海

香川まさひと

○ ひかりの家・和室(朝)
  仏壇。母と父の写真。
  ひかりと父母とカモメの写真。
  今、線香を上げたばかりなので、煙がつーと立っている。
  その前でヨガをするインド人みたいな服装のひかり。
  いろんなポーズ。

○ 同・表(朝)
  家から出てきた、これから出勤(だからスーツ)のひかり。
  ドアに向かって指差し確認。
ひかり「ガス電気良し、線香消した、忘れ物なし」
鍵をかけた。

○ ひかりのすぐ近所の家の前(朝)
  家の前の鉢に水をやるおばちゃん、須藤(73歳)に、ひかりが「おはようございます」と声をかける。
須藤「おはよう、そうだ、いつでもええけえ寄ってくれる? アスパラもらったんよ」
ひかり「三次(みよし)のおばさんですか?」「実はそろそろ来んかなあと思っとったんです」
須藤「(笑って)行ってらっしゃい」
ひかり「行ってきます」

○ 山崎のアパート・表(朝)

○ 同・山崎の部屋(朝)
洗面台。
歯を磨こうとする山崎。
ハブラシに歯磨きをつける。
あまりうまく乗らなかった。
案の定、口に持って行こうとして、歯磨き粉が落ちる。
わからず口に入れた。
山崎「(歯磨き粉がないことに気づく)……」
  山崎、歯磨き粉をもう一度取り
  そのまま口の中へと絞った。
  ハブラシ突っ込むように口に入れて、ガシガシ磨く。

○ 同・表
  軽自動車が止まる。
  出てくるひかり。

○ 同・山崎の部屋前
  ひかりがリズミカルにドアを叩きながら
ひかり「おはようございます!トントコトンのスットントンの安芸信用金庫の加瀬ひかりです!」
  ドア開く。山崎がいつものカバンを背中にしょって立っている。
ひかり「昨日の市役所どうでした?」
山崎「申請してきた、助かった、ありがとう」
ひかり「じゃあ支店に行きますか」
山崎「(部屋の中へ促し)その前に話がある」
ひかり「?」
  
○ 同・時計のある部屋
  山崎がひかりに言う。
山崎「この前、退院後すぐに障害者手帳の申請に行くつもりだったって言っただろ?あれは嘘かもしれない」
ひかり「?」
山崎「退院するときに、病院で知り合った子がいて、食料を大量に買ってきてたもらったんだ」

○ 回想・病室(6人部屋の)
ベッドに座るサングラスの山崎。買って来たスーパーの袋を二つも渡す正ちゃん。
正太郎「お待ちどうさまです」

○ 同
山崎「つまり退院するときから無意識にわかってたんだ、俺は外に出る勇気はない、アパートに引きこもるって」
ひかり「……」
山崎「だけど部屋の中も怖かった」

○ 回想・部屋
  カップラーメンをすする山崎。そのズズズとすする音。
山崎のNA「初めてここで飯を食ったとき、誰かがいるような気がした」
  山崎、ラーメンを持ったまま、振り返る。
山崎のNA「もちろん誰もいないのはわかってる」
また食べ始める。
だがすぐに振り返る。
山崎のNA「だけど絶対いないとは言い切れない、だって俺は見えないんだから」
山崎、じっと見る。

○ 同
山崎「それが何日か続いた。そして気づいた。俺は部屋が怖いんじゃない」
聞いているひかり。
山崎「将来が怖いんだ」
ひかり「……」
  そのときボーンと時計が鳴った。
  見るひかりと山崎。
  9時を指した時計がボーンとまた鳴らした。
山崎「温かい音だ」
ひかり「はい、昭和時代のものじゃけえ、温か味がありますよね」
山崎「違う、時計が温かいんじゃない」
ボーンと鳴る。
山崎「あんたが温かいんだ」
ひかり「……」
山崎「さあ、行こうか」

○ 同・表
出てきた山崎とひかり。


○ 同・山崎の部屋
誰もいなくなった部屋。
最後のボーンが鳴った……。

○ 県立船出高校・表

○ 同・グラウンド
  体育の授業に出てきたジャージ姿の順平と凛。
順平「一時間目から体育って信じられねえ」
凛「でも得意なんじゃろ? 中学のとき陸上部でしょう?」
順平「よう知っとるじゃん」
  凛、やばい、どぎまぎする。
  順平、凛が慌ててるのに全然興味なく
順平「(芝居がかって)ではなぜ私は今、陸上部でなく合唱部なのでしょうか?」
 凛「(素朴に)足を痛めたとか?」
順平「それつまらん、漫画家目指すなら、もっとオリジナルじゃないと」
凛「(その通りだと思い)……すいません」
順平「陸上って個人競技じゃけえ、孤独なんよ、俺はみんなと人生を楽しみたいの、それで合唱部」
 凛「(心から感心した)うわ!」
順平「ふふふ。漫画で使ってええよ」
  順平、男子のほうへ歩いて行く。

○ 安芸信用金庫・表

○ 同・一階
  お客さんが数人来ている。
  対応する庫員の人々。
  その仕切られた応接室。
  女性の上司とひかりが山崎に定期預金の説明をしているところ。テーブルにカタログを広げ
ひかり「……こちらですと、満期時に自動継続ができます、元金継続もしくは利息を足しての継続も選べます」

○ 広島中央総合病院・表

○ 同・裏手
正ちゃん(いつものように耳に英語のイヤホン)が椅子に座ってチチトスの牛乳パックを飲みながら休憩している。
白衣を着た内藤がペットボトルを手にやってきた。
そこへ内藤が担当する患者の妻、米澤(40代、内藤より見るからに年上)があとを追って来たのか現れた。
米澤「先生、うちの人、眠れないほど痛いらしくて」
内藤「(追い払うように手をやり)今休憩時間なんだけど。病室でちゃんと聞くから」
  内藤、米澤を押しやった。
戻ってきた内藤。
正ちゃん、じっと見ていた(内心怒ってるが顔には出てない)。
内藤「(笑って)まいっちゃうよ。ホント、しつこいの」
  正ちゃん、そっぽを向き、
英語を復唱。
正太郎「I am all thumbs」
内藤「(頭に来て冷たく見る)……」

○ 安芸信用金庫・広島支店・駐車場
  軽自動車。
後部座席の山崎。
運転席のひかり、袋の中を覗き込みながら、悩んで山崎に言う。
ひかり「これ、成約した方に差し上げる粗品なんじゃけど、そっか、油が入っとるんじゃ」
  取り出したのはサラダオイル。
ひかり「山崎さんって、今は火を使った調理はせんよね? でも、家にヘルパーさんが調理に来たら使えるのか」
  ひかり、山崎のほうを見た。
ひかり「どうします? 嫌じゃったら別のと換えますけど」
山崎「(山崎、表情は動かないが、どこまでも自分のことを親身に考えるひかりの気持ちに打たれている)……」
ひかり「まあ、そんなんは後でもええか」
山崎「一つ頼んでいいか?」
ひかり「やっぱり、ティッシュに換えますか」
山崎「そうじゃなくて、海に行きたいんだ」
ひかり「海!」

○ 海の見える場所に、
  軽自動車が停まっている。
  ひかりと山崎、並んで海を見ている。
ひかり「潮の匂い、しますね」
山崎「前来た時は、匂いは気にしなかったなあ」
ひかり「自転車で来られたことあるんですね?」
山崎「仕事でも来たし、遊びでも来たよ。右手に観覧車が見えるだろう」
ひかり「あります!どんぶらこと回っております! そして、カモメもお空をびゅんすか飛んどってです!」
  飛ぶカモメたち。
  山崎、見上げた。
山崎「(見上げたまま)……あんた、どうしてそこまでしてくれるんだ」
ひかり「それは前にも言いましたが、悪い偶然に勝ちたいわけで」
山崎「だからって時計までくれるか? 普通だったら痛い奴だぞ、話すこともテンネンっぽいし」
ひかり「はははは。よく言われます」
山崎「いや、テンネンだとは言ってない。あんたはちゃんと計算してる」
ひかり「(表情動く)……」
山崎、ひかりを見た。
山崎「教えろよ、定期預金成約のごほうびで」
  ひかり、わかった。話しだす。
ひかり「……小学校のとき、ある先生に言われたんです」
ひかり、続ける。
ひかり「広島に住むからには、幸せになる覚悟がいる、あれだけのことがあった町じゃけえ、絶対に幸せにならんといけんって」
ひかり、続ける。
ひかり「ただし、幸せというんは誰かのために生きるってこと、なぜなら幸せは一人でなるもんじゃないけえ、と」
  山崎、言った。
山崎「いい言葉だな」
ひかり「はい、ええ言葉です!」
山崎「子供だから、素直に受け入れられたんだな」
ひかり「それは違います、ええ言葉だなと思うんと、実際それを行動に移すんは天と地の差があります」
山崎「?」
ひかり「実は、私のために、たくさんの人たちが生きてくれたんです」
ひかり、続けた。
ひかり「小学校6年のときに、父母が亡くなりました」
(次の話へ)
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