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香川まさひと
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35話 魔の35キロ

香川まさひと 

  ドスドスと走るマンモス
  追いかける原人(ジャワ原人・ホモエレクトス)たち。
  手に槍を持つ、男五人ほど。
  逃げるマンモス。
  追う原人。
  マンモス、止まる。
  構える原人たち。
  だがまたマンモス走りだす。
  原人たち、追いかける。
  マンモスの足、遅くなり、
  足元およびつかなくなって
  どたん!と大きく崩れた!

  ランニング姿の山崎が言う
山崎「え?槍投げてないのに倒れるの?」
  答えるランニング姿の順平。
  そこは図書館の階段。
  順平だけでなくひかりもサキも但馬もいる。
  練習を終えた直後、ペットボトルの水飲んでくつろいでいる感じ。
順平「マンモスは毛があって汗腺もない、じゃけえ、長距離は走れん」
ひかり「ああ、テレビで見たことある、シマウマとかライオンとか、動物って普通は長く走れんのんと」
但馬「ひー!」
  おしぼりタオルで顔を拭いていた但馬が声を上げた。
順平「ちょっとマンモスの断末魔みたいな声出さないでよ」
但馬「ごめんなさい。あまりにも冷たくて気持ち良くて」
山崎「まだあるから、どんどん使って」
と目の前にあるクーラーボックスを手でボコンと叩いた。
サキ「(渋い顔)冷たいおしぼりを用意してくるなんて細やかな感性じゃ」
ひかり「(渋い顔)女性陣顔負けじゃ」
  順平、笑って
順平「マラソンに魔の35キロってあるでしょう」
山崎「35キロ辺りで突然苦しくなるヤツだな」
順平「それってマンモスの時代の名残じゃないかな?」
サキ「つまり35キロまでは獲物を追いかけて行ったってこと?」
山崎「でもスポーツのルールとして実によく出来てる、マラソンの距離が35キロなら、劇的な展開は生まれない、残りの7キロで勝負が決まる」
  山崎、きっぱり言った。
山崎「マラソンが人生にたとえられるのはそれもあるかも」「35歳まではがむしゃらで走れる。そのあとは別の力が必要になる」

フラッシュ。事故のときとの山崎。

山崎「(心の中)まさに俺だ」
  順平が言った。
順平「そうなんだよね、で、山崎さんはその35キロの」
順平、続けた。
順平「地獄を経験していない」
山崎「……」
但馬「つまりレース前に一度42キロを走ってみようって提案ですね」
順平「そう。やるんじゃったら本番の呉・島めぐりと同じコースがいいけど」
サキ「でも遠いよね、呉市から島へ渡るんだから、行って走って帰って来ると半日かかるよ」
順平「あるいはヘタにやらずにぶっつけ本番で臨んだほうがいいって説もある」
サキ「どういう意味?」
ひかり「42キロ走れば体力も消耗するってこと?」
順平「うん。本番までひと月切ってるからね」
山崎「もうそれしかないのか」
順平「ここで走っちゃうと疲れが残る可能性は大いにある」
  みんな押し黙るなか山崎が言った。
山崎「でも」
  みんな見る。
山崎「俺は走りたいな、練習しておきたい、模擬レースのつもりで」
順平「わかりました。走る方向で調整しましょう」

  図書館周り
  練習を再開して走る五人。
ひかり、サキ、
そして山崎と但馬、
  順平が軽快に走って行く……。
  
  図書館・近く
練習終えて「お疲れさま」「お疲れっす」とみんなが解散する。
山崎「デパートのトイレで着替えて、そのままお茶飲まないか?」
順平「ごめん、今日は勉強せんといけん」
但馬「私も市場に出す荷物の整理があるんで」
ひかり「私も教育ローンの説明で一軒回らないといけんけえ」
山崎「(心の中)みんな忙しいのに、半日かかる模擬レースをしたいと俺は言ってしまった」

  道
  但馬と順平が並んで歩く。
但馬「ひかりさんとサキさん、もっとぶつかるかと思ったけど、良い感じですね」
順平「そうかな?座る場所とか結構深読みも出来るけど」

さっきの階段。山崎を挟んで座るひかりとサキ。

但馬「すごい!」
順平「だしょ」
但馬「いや、二人がじゃなくて、順平さんのそういう視線が」
順平「俺は監督みたいなものだから、選手の気持ちはわかっちゃうのよ」

  また別の道
  歩くひかり。
ひかり「(サキと山崎が一緒に帰ったのでやはり悲しい)……」
 
  また別の道
  サキと山崎が歩いて行く。
サキ「走ったあと、体のメンテナンスしとる?」「体に疲れを残して走ると、良くないけえ」
山崎「わかってる」
サキ「(気軽に)マッサージしてもらいに行こうか、兄貴のところに」
山崎「え?」

  集合ビル(5階建てくらい)・表

  同・一室・ドア前
  ドアに『上杉マッサージサービス』と書かれている。
  
  同・待合
長椅子が一つの小さな部屋。サキが雑誌を読んでいる。

  同・診察室
マッサージするための長椅子が二つ。
書類棚。事務机にパソコン。人体模型。
白い上っ張りに着替えた山崎と、施術着を着た上杉が対峙する。
上杉「サキから話は聞いとる」
山崎「……」
上杉「(笑って)のぼせるなよ、サキは変わりものじゃけえ、男の趣味が本当に悪い」
山崎「(話を変えたくて)偉いな」
上杉「なにが?」
山崎「一人で切り盛りしてるんだろ、サキから聞いた」
上杉「(鼻で笑い)サキ?呼び捨てか」
  上杉、続ける。
上杉「整体、リラクゼーション、アロマ、スポーツマッサージ……今はいろんなのがある」
山崎「そんななかでやってるんだから偉いんだよ」
上杉「偉いよ、頭下げて営業してるからな」
上杉、続けた。
上杉「向かって右にベッド。頭は左手。枕がおいてある。まずはうつ伏せで寝てくれ」
(※位置関係は自由にして下さい)
山崎、寝た。
上杉、その太ももを触り、ふくらはぎも。
山崎「足から始めるのか」
上杉「(笑い)確かめたかっただけだ、どのくらい走ってるのか」
山崎「……」
上杉「(触りながら)相当走ってるじゃないか、そんなに僕が憎いか」
山崎「ああ、憎いよ、勝って殴るのが目標だからな」

  回想・25話
順平「もし殴るならレースで上杉さんに勝って殴ろう」

上杉「だったら今殴った方がええよ。僕には絶対勝てんけえ」

上杉「殴れ」

ひかり「チーム山崎は上杉さんに絶対勝ちます」

  上杉の診察室
  上杉、山崎の首からマッサージを始める。
上杉「今、タイムはどのくらい?」
山崎「1キロ4分」
  上杉、驚く。
上杉「(びびり)フルなら2時間48分」
山崎「10キロだけどな」
  上杉、爆笑した。
上杉「フルのタイムは?」
山崎「まだフルマラソンは走ってない」
  上杉、爆笑した。
上杉「(にやけながら揉んで)魔の35キロ経験したことないのか」
山崎「(平気で)ないよ」
上杉「ほいじゃあ次のレースがぶっつけ本番じゃのお。でもその方がええ、今からじゃ体に疲れが残る」
  山崎、その言葉に、思わず言ってしまう。
山崎「いや、今度やることになってる」
  上杉、呆れた。
上杉「……まあ勝手にやって、35キロでつぶれてくれ」
  マッサージ、続ける上杉。
山崎「人間が長距離走れるのは、人類の先祖がどこまでも獲物を追いかけたからだって説があるが、俺は42キロまで追いかけるから」
上杉「それ、違う」
山崎「?」
上杉「獲物はそこまで遠くまで走れない。追いかけて、追いかけられた相手は」
  上杉、続けた。
上杉「人間だ」

  説明の絵
一人の原人が逃げる。
追いかけるもう一人の原人。

  同・診察室
上杉「理由はいろいろあっただろう。部族間の争いかもしれないし、恋の嫉妬かもしれない」
山崎「……」
上杉「ただどちらも諦めない。どこまでもどこまでも逃げる、どこまでもどこまでも追いかける」

  説明の絵
へとへとになりながら逃げる原人。
へとへとになりながら追う原人。

  同・診察室
山崎「それって……」
上杉「うん?」
山崎「まさにあんたと俺のレースみたいだな」
上杉「(笑った)本当だな。ええよ。どんどん僕を追いかけてこいよ」
山崎「(笑った)逆かもよ。あんたが俺を追いかけるのかもしれないぜ」
上杉「!」

  道
歩いているサキと山崎。
サキ「どうじゃった?」
山崎「体、すごく軽くなったよ、嫌味は言われたけど」
サキ「兄貴、悪いところばかりじゃないんよ」
山崎「?」
サキ「生まれながらに目が悪いじゃろ?だから最初は走り方さえわからなかったんよ」

  グラウンド。18歳ころの上杉(ランニング姿)。伴走者はいるが、その隣でちぐはぐな走り方。

山崎「え?」
サキ「それが努力であそこまで走れるようになった。晴眼者や中途失明にはわからん苦労をしとるんよ」
山崎「……」
サキ「ごめん。ライバルなのに、そういうこと言って」
  山崎、きっぱり言った。
山崎「いや、そういうヤツのほうがいい!負かし甲斐がある!」
(次の話へ)
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