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香川まさひと
朝・東海道新幹線のぞみが
西へと走って行く。
のぞみ・その車内
窓際の席に座った、スーツ姿の精悍な、だが特異な風貌の男(スキンヘッド?長髪?道で見たらすぐ覚えるような)が、車窓の風景を見てぶつぶつと呟く。
男は中居彦一(なかいひこいち・29)。
中居「田んぼ道、平坦、まっすぐ、100メートル先、国道、左に曲がる、大型家電量販店」
風景、中居のいうとおりだ。
中居なおも別の風景で続ける。
中居「中学校、登校する生徒多し、自転車が来る、左に避ける」
隣の席に座っていたスーツの男A(中年、出張)が不思議そうに聞いた。
A「失礼ですが、なにをやってらっしゃるんですか」
中居「(一つも笑わず)練習です。自主練」
A「もしかしてアナウンサー?実況中継ですか?」
中居「(愛想なく)違います、伴走です」
広島駅・新幹線ホーム(朝)
止まったのぞみから降りて来る中居。カバン(マラソンのウエアなど)ひとつ。
山崎のアパート・表
同・部屋
中居と対峙している山崎。
山崎「本日はわざわざ広島までありがとうございました」
中居「電話では私に伴走をしろという話だったな」
山崎「はい、中居さんがすばらしい伴走者なのをラジオで偶然聞きまして」
回想
例の一人練習をしている山崎。
ラジオから「今日のゲストはブラインドマラソンの手助けをする中居さんに来ていただきました」
山崎、足が止まる。
ラジオ「中居です。世界最高の伴走ランナーだと自負しています」
同・山崎の部屋
山崎「世界最高って聞いたとたん、中居さんと走りたいと思いまして」
中居「どのレースだ?呉・島めぐりマラソンか?」
山崎「それは伴走者が数名いますので、そうじゃなくてその前に練習で」
中居「練習?練習で俺を呼んだのか?」
山崎「はい、まだ一度もフルを走ったことないんで」
中居「(さらに驚き)一度も走ったことがないのに俺を?」
山崎「(平然と)世界一の伴走者と聞いたらいてもたってもいられなくて」
中居「俺が伴走するか否かじゃなくて、やめた方がいい、呉・島めぐりマラソンまであと少しじゃないか、疲れが残る」
山崎「わかってます」
中居「わかってて、なんでそんなに走りたい?」
山崎「(興奮して)自分でもよくわからないんですよ!なぜそんなに走りたいのか!でも走った方がいいんです!それだけはわかってる!」
中居「俺はオリンピックに出るクラスのランナーを何人も知っている。ブラインドマラソンだけじゃなく」
山崎「はい」
中居「優れた彼らに共通点が一つだけある。それはどこかしからおかしな箇所があるということだ」
山崎「おかしな箇所?」
中居「たとえば異常に練習が好き、反対に異常に練習が嫌い、あるいは異常に人に気を使う、あるいは異常に人嫌い」
中居、続ける。
中居「それは走りのスタイルでもそうだ、完璧なフォームで完璧な練習をする人間がいたとして、不思議とそいつはレースに勝てない」
山崎「(興味ない感じで)はあ、そんなものですか」
中居「俺の話つまらないか?どうでもいい感じか?」
山崎「(その通りだった)そんなことないですけど、ただ言葉よりも、実際の走りを……」
中居「気に入った」
山崎「(わからず、気の抜けた返事で)はあ」
山崎、気づく、
山崎「え?」
中居「夜までに東京に戻らないといけない、着替えろ」
ドラッグストアー・中
着替えた山崎(白杖を持っている)、着替えた中居の腕を握り、ここまで来た。
中居「(店員に聞いた)経口補水液はどこ?」
店員「こちらになります」
原爆ドーム
……を中居(飲み物やタオルが入ったこぶりのリュック背負い)が見ている。
深々と頭を下げた。
脇に立つ山崎(中居が一礼したのはわからない)。
頭を上げた中居。
中居「呉・島めぐりマラソンコースまで行く時間はない。だから市内を走る」
山崎「はい」
中居「周回コースがあるところを走ってもいいがそれじゃ俺もつまらない、市内を走って広島を楽しみたい、それでいいか」
山崎「もちろんです」
中居「魔の35キロを体験したいんだろ?こまめに距離は伝える」
中居、さらに
中居「今日も暑い、調子が悪かったらすぐに言ってくれ、無理されるとこっちが迷惑だからな」
中居、スマホを肩につけ、
中居「ウオーミングアップで、平和公園を軽く走って、そのあとスタートしようか」
山崎「はい」
公園
走る中居と山崎。
軽い感じのその走り。
中居、スマホのスタート押した。
中居「よし、行こう」
とたん、山崎の顔が変わる。
走る中居と山崎。
中居「このまままっすぐ道なり」
走る中居と山崎。
中居「前から中学生カップル、キスはまだ、右に避ける」
山崎、笑う。
山崎「笑わせないで下さいよ」
中居「厳しい顔になってたろ、それじゃ続かない、どうせ35キロからは死ぬほど苦しいんだ」
中居、続ける。
中居「前から中年夫婦、セックスレス、右に避ける」
広島城
走る中居と山崎。
川沿い
走る中居と山崎。
中居「10キロ、タイムは教えない」
山崎「えー?」
中居「いいペースだ、そのまま行こう」
走る中居と山木。
中居「どっかの公園、人はいない、そりゃそうだ、熱過ぎる、水飲むか?」
山崎「大丈夫です」
中居「いや飲んだ方がいいな、ちょっとスピード落とす」
中居、背中のバックからペットボトルの経口補水液をとり
キャップを外す。
中居「(手に持たせ)ほい」
受け取り、飲んだ。
走りながらゴクゴクと飲む山崎。
飲み終え、中居、受け取り、キャップをつけると
何も言わず自分も飲んだ。
走る中居と山崎。
山崎「(心の中)しかし驚いたなあ、なんでこんなに走りやすいんだ」
山崎、さらに思う。
山崎「(心の中)体も走りやすいが、心が走りやすい」
山崎、気持ちよく走る。
山崎「(心の中)本当は少し疑ってたけど」
気持ちよく走る山崎。
山崎「(心の中)たしかにこれは世界最高の伴走なのかもしれない!」
走る中居がぼそっと言った。
中居「なに考えてる?」
山崎「(ドキンとして)はい?」
中居「俺のことだろ?そうさ、俺は最高の伴走者だよ、はい20キロ」
走る中居と山崎。
商店街。
中居「広島だな、お好み焼屋多い」
山崎「終ったら御馳走しますよ」
中居「その時間はないな、新幹線で食う弁当はなにが良い?」
山崎「あなごメシかな」
走る中居と山崎。
川沿い。
走る中居と山崎。
中居「右手(※左手でも可)に川」
山崎「風が気持ちいいですね」
中居「後ろから子供の自転車、追い越させる」
野球部のユニフォームを着た小学校高学年の自転車、
追い越しざまに言った。
小学生「がんばって下さい!」
山崎、中居、同時に同じことを言った。
山崎・中居「そっちもがんばれ!」
山崎、中居、二人して笑った。
海の近く。
走る山崎と中居。
山崎「(心の中)あれ?今どのくらい走ったんだ?中居さん、忘れてるのか?」
中居、スマホを見ている。
中居「よし、ゆっくり止まるぞ」
中居、足を止める。
山崎も止まった。
山崎「休憩ですか?」
中居「違うよ、42,195キロ走ったよ、完走だ」
驚く山崎。
中居「2時間54分」
山崎「(さらに驚き)3時間切った?」
中居「魔の35キロには気づきもしなかったようだな」
中居、続ける。
中居「これは山崎さんが、即タフだってことにはならない。今回練習だし、リラックスして走れたってだけの、まぐれかもしれない」
山崎「はい」
中居「とはいえ、初めてのフルマラソンで3時間を切った、それは誇っていい」
山崎「ありがとうございます!自信になりました!」
中居、海を見る。
中居「海がきれいだ」
山崎「自分は見えないんで」
中居「違うよ、きれいだと思ったのは海のせいじゃない、俺の達成感がそう見せてる。だから山崎さん、あんたもきれいに見える(※見えるに傍点)はずだ」
山崎、見た。
山崎「本当だ、きれいだ」
広島駅・お弁当売り場
スーツに着替えた中居と普段着の山崎。
山崎「あなごめし下さい」
広島駅・タクシー乗り場(夜)
山崎がタクシーに乗り込んだ。
手に、山崎からもらった弁当を持つ中居。
中居「弁当、遠慮なくいただく」
山崎「いいえ、こちらこそ。お気をつけてお帰り下さい」
山崎、頭を下げた。
出て行くタクシー。
中居「(見送って)山崎か……本物だな」
新幹線のぞみが走りだす
中居、窓側の席に着き、テーブルにあなごめしと缶ビール2本を置いた。
ぶつぶつとつぶやきだす。
中居「乗客半分、出張帰り多い、あなごめし、きんきんに冷えた缶ビール2本」
中居、窓の外を見た。
中居「広島、滞在半日……最高に面白かった」
走るタクシーの中
山崎「(にこにこと)最高に面白かった、いや今度のレースはもっと面白くする!」
(次の話へ)