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香川まさひと
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37話  そしてレースが始まる

香川まさひと

  アパート・山崎の部屋(朝)
  山崎が朝のストレッチをする。
山崎「(心の中・うれしい)いよいよレースだ」
  だがその山崎の顔、曇る。
  伸ばした太ももに違和感があった。
山崎「……疲れが残ってる、やっぱり走らなきゃ良かったのか」

  回想。中居と走ったフルマラソン。

山崎「(暗い顔で)……」

  順平が高らかに言う
順平「チーム山崎にとって、初のフルマラソンレース、いよいよ明日になりました!」
  山崎、但馬、ひかりとサキ、士気高くうれしそうに強く拍手する。
  そこは広島城の近く。ランニングウエアは着てるが、今日は体のストレッチをしたぐらいで終えた。
但馬「やったろうじゃねえか!」
順平「練習でフルを走る計画は叶いませんでしたが、良いほうに考えましょう、体に疲れを残さずレースに臨めるわけですから」
但馬「うおー!」
順平「約一名、非常に興奮している人がいますが、そういうの大事です!」
但馬「とりゃー!」
順平「今日は消化の良いものを食べて、早めに寝ましょう、解散!」
  強く拍手するひかりとサキ。
山崎も拍手するが。
山崎「(心の中)この状況で、疲れが残ってるとは言えないなあ、みんなに内緒でフルを走ったわけだし」
  だがすぐに、強く自分を戒めるように、
山崎「(心の中)俺がネガティブになってどうする?みんな俺のためにがんばってくれてるのに」
但馬が山崎に握手を求める。
但馬「上杉哲郎をぶっつぶしてやりましょう!」
山崎「(みなぎる感じで強く受け)おお!けちょんけちょんにしてやる!」

  アパート・山崎の部屋(夜)
  明日の支度、洋服やタオルをきちんと畳むサキ。
  カバンに入れながら
サキ「あとは必要なものあるじゃろか」
山崎「大丈夫じゃないかな」
サキ「じゃあ明日の朝迎えに来るけえ」
サキ、行こうとして
サキ「あ、忘れ物」
山崎「?」
サキ、キスした。
山崎、顔赤くせず普通に応える。

  同・ドア前(夜)
出てきたサキ。
サキ「(うれしい)最近の山崎さん、気負ってないのに、自信にあふれてる感じじゃなあ」

  同・部屋(夜)
  蚊取り線香の煙が上がる。
蒲団を敷く山崎。
そのときドアの外で赤ん坊の泣き声がした。
山崎「?」

  同・ドア前(夜)
  出てきた山崎。
山崎「どうしたんですか」
  そこには赤ん坊をあやす母親、須崎がいた。
須崎「(広島弁)すみません」
山崎「その声はお隣の?」
須崎「須崎です。いつも赤ん坊の泣き声がうるさいでしょう」
山崎「そんなことないですよ、良いご夫婦だなって、泣き声だって、目が見えないから、楽しませてもらってます」
  山崎、続け
山崎「今日は?」
須崎「それが部屋を閉めだされちゃって。旦那が間違って鍵を持って工場に行っちゃったんです」
山崎「ああ、いつ帰ってくるんです?」
須藤「夜勤明けじゃけえ、午前4時には」
山崎「そうか」
  山崎、考える。
山崎「(心の中・渋り)明日レースだから寝ておきたいけど」
   須崎、パン!とはたいた。
山崎「?」
須藤「ごめんなさい。蚊がおって」
  山崎、決めた。
山崎「(決めた)赤ん坊に蚊は良くないね。どうぞ、入って」
須藤「でも」
山崎「目が見えないと親切にされること多いんですよ。でもなかなか親切をすることは出来ない。これは最高のチャンスです!」
  
  同・部屋(夜)
山崎「男臭いけど、蒲団使って下さい」
須藤「ありがとうございます」
山崎「俺、こっちで寝るんで」
  山崎、座布団三枚を縦にすると、
  サングラスをしたまま背中を向けて寝る。
山崎「(心の中)いつもはサングラスを外して寝るんだけど今日はそれは出来ない。見せられないからな」
  須藤、山崎に背を向けるように蒲団に寝て、乳房を出し、寝たまま、赤ん坊におっぱいをやる。
山崎「(心の中)おっぱいあげてるのか?」
  山崎、思う。
山崎「(心の中)俺、誰かと一緒だと緊張して寝られないタイプだからなあ」
  そのとき須藤が声をかけた。
須藤「(おっぱい上げながら)さっきの言葉、ちょっとびっくりしました」
山崎「はい?」
須藤「親切をしたいけどなかなかできんって」
山崎「ああ」
須藤「そんなふうに考えたことなくて、でもほーですよね、親切をされるだけじゃ辛いですよね」
山崎「ええ、でも俺だって目が見えたころはそうだったから」
須藤「経験してわかるってことありますよね。この子を生んで私も母親の気持ちがわかったし」
山崎「でも子育ては大変でしょう?」
須藤「それよりも生活が大変かな?私がしばらく仕事ができんけえ」
山崎「そっか」
須藤「でも前も楽だったわけじゃないし、この子が出来たからその分がんばれるし」
山崎「そうだよね」
山崎、思う。
山崎「(心の中)そうなのだ、人生はそういうものだ、そして俺には今マラソンがある」

  時間経過。
眠っている山崎。
  赤ん坊、泣いた。
  須藤、あわてて衣服をはだけ、赤ん坊に乳房をやる。
くわえる赤ん坊。
山崎、寝がえりを打つ。
須藤「ごめんなさい」
山崎「気にしないでいいよ、赤ん坊は泣くのが商売だから」
その山崎に被さるNA。
山崎のNA「結局、朝まで赤ん坊は3、4回泣いた」

  同・玄関(午前4時)
  迎えに来た須藤の旦那と須藤と赤ん坊(すやすや寝ている)が礼を言う。
須藤・須藤の旦那「本当にありがとうございました」
  部屋側に立つ山崎。
山崎「今度一緒に御飯でも食べましょう」
須藤「はい、私がなにか作ります!」
  須藤達、去って行く。
山崎「(心の中)午前4時か、全然眠れなかったなあ」
山崎、続けて思う。
山崎「(心の中)でも赤ん坊いなくても、興奮して眠れなかったかもしれないしなあ、それに話を聞いて、俺もがんばろうと思えたし」

  原爆ドーム(早朝)
  
  早朝の広島市内を走るタクシー

  同・その車内(早朝)
山崎とサキ。
サキ「そんなことがあった?じゃあ睡眠不足じゃろ?」
  サキ、続ける。
サキ「あ、もしかして先回りしての言い訳?睡眠不足で走れんかったって」
山崎「(むきになり)そんなんじゃないよ」
サキ「(笑い)冗談じゃって」

  広島駅・バスターミナル(早朝)
  『臨時便・呉・島めぐりマラソン』のバスが並ぶ。
  たむろする人々。
  そのなかのひかり、順平、サキ、山崎。
ひかり「へえ、赤ちゃん、そんなことがあったんだ?」
順平「記録が伸びなかったときの言い訳に使うつもりだな?」
山崎「それ、さっきサキにも言われた」
笑うみんな。
だがひかりだけ微妙な表情になる。
ひかり「(さびしい)……」
バス会社の人が言う。
バス会社係「それではチケットお持ちの方、順番にどうぞ」

  バス、広島市内から
  呉へとむかい
  呉市内
  そして島へと渡る橋を行く……。
  但馬を後ろに乗せた三上のバイクも並んで行く……。

  『呉・島めぐりマラソン』の大きな看板

  同・本部前あたり
  すでにゼッケンをつけ、チップもつけたみんなが順平をとりかこむようにいる。但馬もいる。
少し離れて普段着の三上。
順平「長時間のバスでしたが、酔った人はいませんか」
「大丈夫でーす」とサキ、ひかりが言う。
順平「予定通り、前半の伴走は僕が、後半の伴走は但馬さんとなります、ひかりさんとサキさんは一般ランナーとして初のフルマラソン挑戦となります」
  サキ、ひかり、がんばりまーすと応える。
順平「なお今回リサイクルショップの三上さんがバイクを用意してくれました。後半の但馬さんのため、先回りして中間地点までバイクで送ってくれます」
拍手するみんな。どうもどうもと応える三上。
但馬に山崎、そっと言う。
山崎「但馬さん、移動する前に、トイレ行っておいたほうがいいだろう、俺も行きたいし」
但馬「はい」
但馬と山崎行く。
二人、トイレへ。
そこへ太田が来た。
太田「どうも!陣中見舞いに来たよ!」
ひかり「太田さん!」
太田「あ、あのときの信金の!」
順平「そうか、ひかりさんは知ってるんだ」
  順平続けて
順平「(サキと三上に)山崎さんが勤めてた自転車便の社長さん」

  回想。
  事故にあう自転車便の山崎。
  トラックを運転していた但馬。

順平「そりゃ親身になって、保険屋さんとか加害者の運転手との対応をしてくれたそうです」

  回想。病院。
  但馬と対応する太田。
太田「なんだよ、その態度は、あんたのせいで山崎は一生目が見えないんだぞ」
但馬「(ちょっとふてくされた感じで)……」

順平「つまり山崎さんの恩人です」
太田「恩人はみなさんの方だよ、山崎を立ち直らせてくれたわけだから」
太田、「ありがとう」と深々と頭を下げた。

  トイレ
個室に入ってきた山崎。
いきなり便器に吐いた。
山崎「(心の中)まずい、バスに酔った、やっぱり寝不足か」
  ドアの外から但馬が聞いた。
但馬「山崎さん、なんかありました?大丈夫ですか?」
  ドア、開いた。
山崎「(明るく)大丈夫。みんなのところ戻ろう」
                          
  戻る山崎と但馬
  そのとき但馬が驚く。
太田が来るのが見えた……。
(次の話へ)
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