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香川まさひと
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30話 カッコいいこと
香川まさひと

  窓の外からサキが見ている。
  ひかりと目が合う。
サキ「……」
ひかり「……」
  サキ、ふっと顔をそむけ、
  走って行った……。
山崎「どうかした?」
ひかり「……なんでもないです」
  ひかり、思う。
ひかり「(心の中)サキさんがいたと言えなかった」
  ひかり、話題を変えようと本を見る。
ひかり「姿勢についてですが、胸を張るというよりも、肩甲骨を締める感じ、これは腕が」
本の図を見ながら、ひかり、山崎の腕を取り、肘が90度になるように構えさせる。
ひかり「腕がつまり三角を作る感じ」
  そこで、ひかりの手が止まる。
  ひかり、目の前にいる山崎と、その両隣りに、自分とサキが立つ姿を思い浮かべる。
ひかり「(心の中)三角……三角関係……その言葉が浮かんでしまった」

  山崎のアパート・表(朝)(※数日後)
  風が強い。スズメが鳴く。

  同・付近のゴミ置き場(朝)
  煙草を吸いながら歩いてきたスーツ姿の男、
煙草を捨てると
皮靴でもみ消して、そのまま歩いて行く。
風、吹いた。
煙草、飛ばされて、すでにゴミがはみ出るほど置かれたゴミ置き場に飛んだ。
ゴミ袋の上に乗った煙草。

  同・山崎の部屋(朝)
  沸騰したやかんがピーと鳴った。
  その前に立っていた山崎、止める。
山崎「(指さし確認し)火、止めた、よし!」
  山崎、三角の紅茶のティーパックの入ったカップに、お湯を注ぐ。

  同・付近のゴミ置き場(朝)
  プールバックを持った豊島孝也(7)が来た。
一緒にプールへ行く兄弘志(13)が来るのを待つ。
背後、道を挟んであるゴミ置き場。
  油モノがあったのか、ぼっと大きく火がついた。

  同・山崎の部屋(朝)
  ゴミ袋を縛る山崎。
  白杖を持って部屋を出る。

  同・表(朝)
  階段を下りてきた山崎。
山崎「気持ちいい!今日は風がある!」

  ゴミ捨て場へと歩いてきた山崎
山崎「(匂いと煙を感じた)ん?なんだこの匂い?」
  その声に、ゴミ置き場に背を向けていた孝也が見た。
孝也「え?(わかった)わ!燃えてる!」
山崎、強く表情動いた。
山崎「逃げろ!安全な方に!」
孝也、逃げる。
そこへ弘志(13)がプールバックを手にやってきた。
弘志「(ゴミ置き場見て)わ!火事!」
山崎「スマホ持ってるか!消防車呼んでくれ!」
慌ててスマホを操作する弘志。
山崎、下がる。
だが転んでしまう。
山崎「(冷静に)誰か!手が空いてるなら、俺を助けてくれ!」
孝也、転んで後ずさる山崎に気付いた。
孝也「おじさん、もしかして目が見えないの?」
山崎「そうなんだ、だから手をつかんで安全な方に引っ張ってくれ、」
  孝也、山崎を引っ張った。
盛んに燃えだしたゴミ置き場のゴミ。

  ファストフード店・表(朝)

  同・中(朝)
  窓際の席。
順平(Tシャツに半ズボン)が夏休みの宿題らしく英語の問題集をやってる。
  (テーブルはハンバーがーを食べ終えて、アイスコーヒーだけ)
  「おはようございます」と但馬が来た。
順平「(差し出し)これ、100円引きの」
但馬「(受け取り)ありがとうございます」
  注文へ向かう。

  順平の向かいの席で但馬がバーガーセットを食べる。
順平「(勉強しながら)山崎さんとサキさんって肉体関係あるんかね」
但馬「ぐふっ!」思わずむせる。
順平「肉体関係って英語でなんだ?」
と電子辞書を引く。
順平「intercourse 」
  順平、続ける。
順平「山崎さんって、昔は女たらしだった感じしない?」
但馬「逆じゃないでしょうか?」
但馬、続ける。
但馬「私はむしろ奥手な感じがします、素直で純粋な感じがします」
順平「それ、但馬さんのことじゃん」
但馬、顔真っ赤になる。
順平「俺はやっぱり女癖悪かったと思うなあ、山崎さんは」
そのとき窓の外を、サイレンを鳴らす消防車が行った……。

  山崎のアパート・付近のゴミ置き場
ヤジ馬が見ている。
消防車、すでに消火活動を終えた。
  ゴミ置き場、大きな延焼はなく、鎮火している。

  少し離れた場所で、制服を着た消防署の署員が山崎に聞き取りしている。
署員「障害をお持ちでありながら、ご協力ありがとうございました」
山崎「(笑って)誰でもすることをしただけで、っていうか、障害をお持ちって言い方へんじゃない?」
署員「(構わず)お怪我は大丈夫ですか?」
山崎「(笑って)怪我はしてないよ、障害をお持ちなので、ちょっとパニくっただけ」
署員「そうでしたか」
山崎「(もう笑わず)……そうでした」
署員「感謝状をお渡しにすることになるかと思いますが、とりあえずこれをどうぞ」
  署員、差し出した。
  ミニ消防車がついたストラップ。
山崎「?」
署員「あ、すみません」
  署員、山崎の手に握らせた。
山崎「(心の中)なんだ、これ、ストラップ?いらねーなあ、」

  同・山崎の部屋
  山崎、ひかりに教えてもらったことを練習している。
山崎「姿勢よく、三角で」
  と腕を振る。
  そのときノックの音がした。
山崎「はーい」
  行く山崎。
  ドアに向かって言う。
山崎「どちらさまですか」

  居間。
  ちょこんと座る孝也と弘志。
  山崎がペットボトルの炭酸を持って来た。
山崎「兄弟だったのか、近所?」
弘志「夏休みで、おばあちゃんの家に来てるんです」
山崎「ここ、消防署の人に聞いたの?」
孝也「おばあちゃんが目が見えない人なら、あのアパートだろうって」
弘志「(まずいと戒め)孝也!」
山崎「(座って)いいよ、全然」
弘志「これ、そのおばあちゃんから、お大事にってお見舞い」
山崎「怪我してないよ、パニクっただけ。キミらのおかげで、助かった」
孝也「でも、おいしいヤツだから、ゼリーです」
  とビニールに入った5個入りを、山崎の手を取って、渡した。
山崎「偉いなあ。消防署のヤツとは大違いだ」
弘志「(見て感心し思わず)自転車、カッコいいですね」
孝也「目見えないのに、乗れるの?」
二人が見てたのは自転車だった。
山崎「今は無理だなあ、昔は、あれであちこち全国行ったよ」
孝也「すげえ!俺もそういうの憧れる!」
弘志「行った先々で友達作るって感じですか?」
山崎「あの頃は孤独を気取ってさ、そういうの、ダサいと思ってたんだよな」
山崎、しみじみと言った。
山崎「でも、今は後悔してる、カッコつけないで作れば良かったって」
  なんて返していいかわからない弘志と孝也。
山崎「(笑って)自転車は無理だけど、その代わり、今は走ってる」
孝也「目が見えないのに?」
弘志「(戒め)孝也!」
山崎「一人じゃ無理だけど、友達と、ロープ握って走るんだ」
  山崎、続けていう。
山崎「はっきり言おう!そりゃ、もうカッコいいぜ!目が見えないのに、びゅんすか走るんだからな」
  
  同・表
  山崎の部屋から出てきた弘志と孝也。
弘志・孝也「おじゃましました」
山崎「おばあちゃんによろしく。ゼリーもごちそうさま」
  帰って行く二人。

  道
  歩く弘志と孝也。
孝也「兄ちゃん、一緒に手繋いで走らない?」
弘志「今、俺も思ってた」
  ふたり、手をつなぐと
  走りだした。

  アパート・山崎の部屋
  自転車。
見ている山崎。
山崎「(心の中)考えて見れば、なんで自転車置いてあるんだ?もう乗らないのに」
続けて思う。
山崎「(心の中)目が見えないことを、まだ認めたくないってことか?」
山崎、言った。
山崎「よし、誰かにあげよう!」
山崎続ける。
山崎「順平か、但馬さんか、リサイクルショップの三上さんか、いっそのこと上杉にあげたりして」
山崎、気づく。
山崎「……ああ、上杉は目が見えないのか」「でもそれってある意味すごくないか?あいつ障害者って感じがしないもの」
  山崎、改めて決意する。
山崎「上等だよ!上杉!ぶっつぶしてやる!」
  山崎、笑って
山崎「(心の中)でもあの兄弟が訪ねてくれて良かった」「自分の走る姿を素直にカッコいいと言えたんだからな」
  山崎、思う。

  走る自分の姿。
  山崎、ロープを握る。
  その相手は……。

山崎「(自分でも驚く)え」
  山崎、自答する。
山崎「そうか、今の俺の素直な気持ちはそういうことなのか」

  公園(数日後)
  着替えた山崎、但馬、ひかり、順平がストレッチしている。
順平「(気付いた)あ」
  ランニング姿でサキが来た。
サキ「こんちは」
  ひかり、順平、但馬、戸惑いながらも「こんちにちは」と返した。
山崎「実は、俺が呼んだんだ、前言撤回で彼女をチームに入れたい」

山崎のNA「俺が、あのとき伴走の相手として思い浮かべたのは、サキだった」
  山崎とサキがロープを握って走るその姿……。

  但馬、ひかり、順平のとまどった顔。
  そしてぼそりと順平が言った。
順平「やっぱり、女たらし」
(次の話へ)
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