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香川まさひと
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19話 レースのあと

香川まさひと

  初めてのレース。
  山崎とひかりは必死に走る。
  ゴールし、ふたりは、倒れこんだ。

  数日後
そこは夕方の千田公園。ランニング姿の順平とひかりがストレッチをしながら、話していた。
ひかり「(興奮し)倒れこんで、空を見たんよ。そりゃもう抜けるような青空じゃった」
  順平が言う。
順平「はいはい、その話、もう5回目」
ひかり「(構わず)空には私たちを祝福するように、カモメがびゅんすか飛んどった」
順平「あ、盛って来た!今までカモメ出てきてないぞ!」
ひかり「ランナーズハイって言うの?まだそれが続いとる」
順平「それランナーズハイじゃないから…違うんが脳からびゅんすか出てるから」
  ストレッチしていた山崎も笑っている。
順平「レースの話は5回目だけど、レース翌日の試験の話はしないっすよね?」
ひかり「(しょぼんとなる)……」
  そのとき、一人で練習していた但馬(ランニング姿・ビシッとしてないで、リサイクルで間に合わせた感じ)コースを戻ってきた。
みんなの前で止まり、足踏みをする。
ひかり「但馬さん、そろそろ伴走してみたらどうですか?」
但馬「(いつもの気の弱い感じで)私は……まだ……」
順平「但馬さんはもう十分すぎるほど練習してますよ、フォームもきれいだし」
但馬「でも」
ひかり、行く。
但馬の手を取り、
ひかり「習うより慣れろですよ」
但馬を山崎のところへ連れて行く。
山崎、「お願いします」と但馬の腕を持つ。
  ビクッとする但馬。
ひかり「(その表情見て笑い)わかります、恋人でもないのに変な感じですよね」
順平「そのままコースまで誘導して下さい」
但馬、ゆっくりと足を踏み出し
恐る恐る誘導する。
ひかり「まっすぐです、って指示するとええですよ」
但馬「(慌てて)そうでした!まっすぐです!」
山崎「この公園はだいたい把握してるから、危険なモノがあったときだけでもいいですよ」
但馬「はあ」
  二人、コースまで来た。
  並ぶ。
山崎「じゃあ行きましょうか」
走りだす但馬。
山崎の足を見て自分の足も合わせる。
合った。
リズムよく走りだす。
ひかり「行ってらっしゃい」
二人、あっという間に消えていく。
順平「相当緊張してるなあ」
ひかり「私も最初はそうじゃったもん」
順平「但馬さん、一人で走るときも指示の練習してたんだけどなあ」
ひかり「それ、知っとる!」

  回想。ひとりで走る但馬。
  だが隣に山崎がいるようにロープを握って、さらに指示も出している。
但馬「(シミュレートしながら)段差あります」
  但馬走る。
但馬「右にゆったりカーブします
  但馬走る。
但馬「ペース早すぎますか」

ひかり「真面目な人じゃけえ、かえって緊張するんかね」
順平「ある意味、不器用な人って感じは、するけど」
順平、続ける。
順平「僕らが伴走してるときもじっと見てたんだよなあ」
ひかり「ほーなんじゃ、それは気づかんかった」
順平「山崎さんのフォームをしっかり見とる感じで」
ひかり「山崎さんの?」

回想。山崎とひかりが走る。
それをじっと見ている但馬。
但馬、フォームを真似してみる。
それを見ていた順平。

順平「山崎さんのフォームに自分を合わせるつもりで見とったんじゃないかな、フォームってみんな違うから」
ひかり「ああ、視覚障害者に合わせるんが伴走の基本じゃもんね」
順平「但馬さん、どっかで勉強したんかも。だけどひかりさんも俺もあまり合わせようとせんよね」
ひかり「(笑い)うちらは山崎さんと競り合って走るタイプじゃ!」
順平「てことは、但馬さんの存在は貴重なのかもね」
ひかり、ちょっと表情変わる。
ひかり「(心の中)そっか、逆のやり方もありうるのか。」

  走る但馬と山崎。
但馬「ゆっくり左カープです。それが終わるとスタート地点です」
山崎「おう」
  走る但馬と山崎。
戻ってきた。
止まった。
ひかり、順平「おつかれさま」
ぺこりと頭を下げる但馬。
順平「どうでした?」
但馬「難しいです」
山崎「そんなことない、とても走りやすかったですよ」
ひかり「反対に但馬さんも、思ったことがあったらどんどんずけずけ言って下さいね」
但馬「……」
順平「うん?さっそくある?」
但馬、緊張で大きく息を吸った。
それからボソリと言った。
但馬「あの……山崎さんって、えっと、自転車便やってたんですよね」
山崎「ん?そうだけど」
但馬「そのせいかもって思うんですけど、いや、違うかもしれませんけど、なんていうか…しっかり着地して、しっかり地面を蹴るっていうか」
山崎「力が入り過ぎてるってこと?」
但馬「それをやると疲れるっていうか、だったら、もっとふんわりした感じでというか」
順平「出た!技術論!」
但馬「(慌てて)いえ、そんな大それたことじゃなくて、なんか、そういう」
山崎「なめらかに足を動かすってこと?わかった、次から意識してみるよ、なめらかさは大事、車の運転もそうだものね」
但馬、どきんとして、フラッシュのように思い出す。

あのときの事故。

但馬「(思い出してしまい動転する)今の忘れて下さい!」
ひかり「どうして?なんでも思ったことは話して下さいよ」
順平「でもまだちょっと技術論は早いかもね」
但馬「すいません!」
ひかり「謝らないで下さい。但馬さんは言っていいんです。だから順平くんも言っていいんです」
  ひかり、続ける。
ひかり「但馬さんやりにくいですよね、私たちが仲良くて図々しいから」
  ひかり、優しい気持ちで言った。
ひかり「でも私は但馬さんのことも仲間だと思ってますから」
  但馬、複雑な思いながらも響いた。
  ふとひかり、気づく。
  正太郎がこちらをじっと見ていた。
正太郎「(寂しそうに)……」
  背を向けると去って行く……。
  ひかり、言う。
ひかり「(見ながら)山崎さん、病院の正太郎さんって人…伴走誘ったよね」
山崎「え?誘ってないよ、どうして?」
ひかり「(まだ見ている)誘ってなかったのか……」  
  もうその姿はない。

  正太郎の家・表(夕方)
  
  同・中庭(夕方)
  池の鯉に餌を上げてる正太郎の母。
母「おかえり」
正太郎「母さん、お願いがあるんだけど」
母「あら、正ちゃんがお願いって珍しいわね」
正太郎「ふたつあるんだ。一つはお金を貸してほしいの。もう一つは……」

  千田公園・表(早朝・※10日後くらい)
  山崎、ひかり、順平、但馬が、それぞれストレッチしてるところ。
順平「(ひかりに)ひと月後に20キロレースがあるんですよ、その日は合唱部ないから今度は俺も出られるし、但馬さんも骨董市の手伝いないらしいし」
ひかり「忙しいかもしれん、何月何日?」
そのとき向こうから正太郎が来るのが見えた。
  走って行くひかり。
ひかり「正太郎さん、私、てっきり誰かが伴走に誘ったとばかり思っていたんですけど、そうじゃなかったみたいで…ごめんなさい」
ひかり、続けた。
ひかり「ぜひ正太郎さんも一緒に伴走しませんか」
正太郎「ありがとうございます。でも僕、広島をしばらく離れるんですよ」
  正太郎、袋から出す。
正太郎「それで置き土産というか」
  山崎たちも来た。
正太郎「これ、ビブです」
  チョッキ型のゼッケンに、ひかりたち驚く。
ひかり「すごい」
順平「チーム山崎特製ってこと?」
正太郎「申し訳ないんですが、私がスポンサーということでチーム正太郎にさせていただきました」
  背中側のビブ、『正太郎』の文字と正太郎の似顔絵。
正太郎「これをつけてみなさんどんどん広島の町を走って下さい。僕を捨てた母が見るかもしれませんので」
ひかり「母?」

  成田国際空港・表

  飛んでいく飛行機

  その飛行機内座る正太郎。 
  洋書『RUNNING TRAINING』表紙はランニング姿のにっこり笑う黒人。

  千日公園(※また十日後くらい)
  正太郎のビブをつけて、ひかりと山崎が走っている。
  そのうしろを並んで走る順平、但馬。
  順平、何かに気づいた。
  そのまま立ち止まる。
  ひかりと山崎が走る姿。
順平「(見ている)まずいな」

  スタート地点。戻ってきたひかりたち。
  順平が立っている。
ひかり「あれ?どうしたの?」
順平「今、気づいたけど、ひかりさんたち、10キロレースに出てからフォーム変わったね」
ひかり「(うれしそうに)良くなったじゃろ!」
  順平、思う。
順平「(心の中)そうか、ひかりさんは気づいてないのか、てことは言って意識させんほうがええか」
順平「(嘘をついて笑い)うん、良くなっている」
  山崎と但馬、なんとなく順平を見ていた。
  (但馬、山崎は欠点に気づいている?)
ひかり「ほーじゃ、20キロレース、私出られるよ!楽しみじゃ!」
順平「(心の中z9このままレースに出るのは、まずいな。」
(次の話へ)

 
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