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香川まさひと
山崎のアパート・表(朝)
さわやかな朝だ。
同・部屋(朝)
山崎が体操をする。
山崎「いて」
体操する。
山崎「いて」
山崎、その痛みがうれしい。
山崎「(笑顔で)びゅんすか走ったせいで完全に筋肉痛だ」
そのときドアをノックする音。
山崎「どちらさま?」と行く。
ドアを開いた。
そこにいたのは但馬だった。
おどおどと下をむいたまま言う。
但馬「あ、事故のときの、あの……保険の……」
山崎「ん?保険屋さんが、どうしたの?」
但馬「あの、近くまで来たので、ご挨拶を……3千万は、あの」
山崎「もちろん、とっくに受け取ったけど」
但馬「(心の中)3千万受け取った…」
但馬、饅頭の紙袋を渡した。
但馬「これ、あの、どうぞ、よければ、お饅頭です、失礼します」
但馬、もう去る。
階段を下りる但馬、回想する。
回想。あのときの事故。
逃げる山崎。だがぶつかった。
さらに時間経過。山崎が救急車で運ばれたあと。
現場検証が行われている。
交通課の制服警官から聴取を受ける、まだ呆然としている但馬。
警官「(調書を書きながら)あんたも不運だね、被害者って、普通脇に逃げるのに。そしたらせいぜい、かすり傷だ」
うって変わって邪悪な表情になっている。
但馬「お前のせいで五年の免取だよ! 運転手しかできない俺なのに」
同・山崎の部屋
山崎がさっそく箱を開けた。
「バカ」「死ね」「アホ」と一個一個の包みに書かれた饅頭が並ぶ。
山崎、「バカ」と書いてある包みを開き、
食べた。
山崎「うまい」
山崎、立ち上がる。
山崎「お茶入れるか」
スクーターで支店へ戻るひかり
ひかり「(心の中)山崎さんに会わんようにしよう思うとったのにダメじゃった、走ると聞いて好奇心が勝ちよった」
走る山崎と順平。
その背中を、後ろから追いかけながら見るひかり。
ひかり「(心の中)でも、行って良かった」
ひかり、続けて思う。
ひかり「(心の中)今日も続けて見に行くんは、さすがにどうじゃろう」
広島城(夕方)
同・公園(夕方)
ひかり(仕事帰り)が歩いてきた。
ひかり「(心の中)来てしまった」
ひかり、声をかける。
ひかり「こんにちは」
相手は順平(学校から直接来た)、ちょうど学生服のズボンを脱ぐところ。
ひかり「わ(見てはまずいと、自分の目に手をやる)」
順平「大丈夫っすよ、学校で穿いてきたんで」
ズボンの下からランニング用の短パンが現れる。
ベンチにかけられた上着を見て
ひかり「船出高校? 何年生?」
順平「(シャツを着替えながら)2年です」
ひかり「だったら、凛ちゃんって知っとる?」
順平「(ひかりの顔も見ずランニングシューズを取り出し)俺の彼女ですけど」
ひかり「(驚き)えー!!」
順平「(顔を見ず穿き)嘘ですけど」
ひかり「(驚き)え!!!」
順平「同じクラスですよ、漫画家志望でしょう?」
ひかり「そうそう、世の中狭いんじゃねえ」
順平「凛とはどういう関係ですか?」
ひかり「恋愛指導をさせてもらってます」
順平「(表情動かず)……」
ひかり「漫画指導もさせてもらってます」
順平「(表情動かず)……」
ひかり「……」
準備体操をする順平に、ひかりが話す。
ひかり「スポーツって必死な顔になるじゃろう、そこがええよね」
順平「ひかりさんが最近必死な顔になったのって、なんです?」
ひかり「(しみじみと)……資格の試験かなあ」
順平「仕事の? 取らないといけんのんじゃ」
ひかり「生保、損保、証券外務員資格は当然だけど、法務、税務、財務、ファイナンシャルプランナー、金融窓口サービス、預かり資産アドバイザー……」
順平「全部合格したの? すげえ!」
ひかり「受験生だけが勉強しとるわけじゃないんだよ! 安芸信用金庫舐めんなよ!」
そのとき、上杉と小出(小出が上杉の腕を握り)(すでにユニフォーム着てる)が歩いて来た。
順平「上杉さん、こんちは!」
上杉「元気な声は順平だね、こんちは!」
小出「順平は、すでに準備万端みたいだよ」
上杉「ほいじゃあ、行こうか」
順平「おっす!」
公園
順平が伴走者として上杉と走る。
そこまで速くない。
ウオーミングアップ。
自転車が来た。
順平「自転車が来ます、右に避けます」
避ける。
上杉「ちょっとペースあげようか」
ペース上がる。
走る順平と上杉。
走る。
走る。
順平「(心の中)なんかおかしい」
走る。
順平「(心の中)なんか合わん」
そのとき、上杉が言った。
上杉「山崎さんの伴走して、コケたんだって?」
順平「二人とも気分がノッちゃって」
上杉「まずいなあ、それは。安全確保ができんのんなら、気持ちよく走れんよ」
順平「(心の中)それは違う。あのとき俺たちは……」
転んだ時の山崎と順平。
そのときの山崎の顔と順平の顔。
順平「(心の中)気持ちよく転んだんだ」
さっきの場所
山崎(着替えている)が芳江と来た。
待っていたひかり。
ひかり「山崎さん、こんにちは」
山崎「(すぐにわかり)来てたのか」
ひかり「近くで仕事が終わったんで(嘘ついた)」
芳江「(山崎に)じゃあ、1時間後に迎えにくるけえ」
走る上杉と順平
上杉「よし、もう少しスピードあげようか」
走る。
順平「(心の中)やっぱり合わん」
順平、続ける。
順平「(心の中)馴れてないからか? それとも相性が悪いんか? 一つ言えるんは…」
順平、続ける。
順平「(心の中)この前、上杉さんは、ランナーと伴走者は、二人でひと組のダブルスだと言っとったのに…」
走る上杉の顔。
順平「(心の中)今、この人は俺を相棒とは思っとらん」
走る順平と上杉。
順平「(心の中)今は指導しとる段階だからか? だったら」
順平、言った。
順平「上杉さん、今度カラオケ行きませんか? デュエットしましょうよ」
上杉「もう遊ぶこと考えてるの? ダメだよ、これじゃけえ高校生は」
走る上杉と順平。
順平「(心の中)遊ぶためにデュエットに誘ったって思うんだ? そこまで俺はバカだと思われてるんだ?」
走る上杉と順平。
山崎とひかり
山崎が準備体操をしている。
ひかりに話す。
山崎「(体操しながらうれしそうに)もう体じゅう痛いよ」
ひかり「(うれしそうに)痛いけど、今日も走るんじゃ」
山崎「(見抜かれて)え? あ、うん」
山崎、続ける。
山崎「ずっと目だけを気にしてたから、足や腕が怒ったんだな、俺たちがいることを忘れるなって。だから喜ばせてやるの」
ひかり「なるほど!」
走る上杉と順平
一周して、山崎たちのところに戻ってきた。
止まった。
そこまで息が切れてない。
上杉「(順平に)陸上部だけあって、走りはさすがじゃね」
順平、心で思う。
順平「(心の中)走りの評価は、ええんか。じゃあ、ダメなんは俺の人間性?」
上杉、言った。
上杉「どんどん自主トレしてくれよな」
上杉、手を差し出す。
その上杉の手を、順平、見ている。
順平「(心の中)目の見えん人って、心の中を見抜くって言うからな。握手したら俺の本心バレるかな」
順平、握手した。
上杉「(心から思って)いいね、力強い握手! さすが相棒」
順平「(心の中)まいった。安すぎる、今の台詞」
そこへ小出が来た。
小出「お、さすが順平、早いね」
上杉「小出さん、一周頼むよ」
小出を伴走者にして、
上杉、また走りだす。
うってかわって明るい顔の順平、山崎とひかりのところへ。
順平「こんにちは」
ひかり「おつかれさま」
山崎「おつかれ」
順平「どうです? 体痛くないっすか」
と、いきなり「ここ? ここが痛い?」と体を触る。
山崎「(うれしそうにもがいて)ダメだって」
順平「(やめて)走ったあとは、ちゃんとケアしないとダメですよ」
山崎「……そのつもりだ、だって俺は」
山崎、静かに、だが、きっぱりと言った。
山崎「本気で走りたいと思ってるから」
ひかりの顔が輝き、順平も「おお!」と言った。
さらに山崎、言った。
山崎「やるからにはレースに出たいし、レースに出るからには結果を出したい」
続ける山崎。
山崎「だから、順平にも協力してほしい」
順平、山崎の顔をじっと見る。
順平「(心の中)もし俺が嫌だと答えたら、山崎さんは必死に頼んでくるだろうな……必死に」
順平、言った。
順平「いいですよ、ただしふたつ条件があります」
山崎「?」
ひかりもなんだ?と思う。
順平「ときどきカラオケでデュエットしましょう」
山崎「(わかり)歌で心を合わせるってことかな? いいね、面白い」
順平「(心の中)合格」
順平、続ける。
順平「もう一つ。実は、こう見えて高校生だから忙しいんですよ、合唱部もあるし」
山崎「ああ、わかってる」
順平「だから、俺だけじゃなくて、ひかりさんにもチーム山崎の伴走者に参加してもらいましょう」
「えー!」と驚くひかり。
順平「だって、さっき試験以外で必死な自分を持ちたいって言ったじゃん」
ひかり「そんなこと言っとらんよ!」
順平「走ったことないんですか?」
ひかり「食べ過ぎて、ダイエットで走ったりはあるけど」
順平「スポーツは?」
ひかり「全然、ただヨガは好きで」
順平「(間髪いれずに)それはいい!! トップアスリートは、みんな、体も足の裏も柔らかい!」
ひかり「でも私は女子だし」
順平「必死な顔に、男子も女子もない!」
ひかり「(ちょっと押されて)はあ」
ひかり、山崎に聞いた。
ひかり「山崎さんはどう思いますか?」
山崎「(すごく言いにくいが)俺は参加してもらえるならうれしいけど、でも……」
順平「(間髪いれず)よし決まった!」
ひかり、笑う。山崎、順平もほほえんで…
(次の話へ)