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第8光 卑怯
香川まさひと
大田川放水路。砂浜。
ひかりと山崎。
山崎「これ以上あんたと会ったら、俺はあんたを好きになる、それでもいいのか?」
驚くひかり。
順平。
「伴走」「視覚障害」と大きく書かれた上着を着て、互いにロープを持って走っている二人が通りすぎて行った……。その背中を見つめる順平。
順平「……」
正太郎。
それは黒塀が続く大豪邸(日本家屋)だった。
正太郎「今、門を開けさせますので、お茶飲んでいって下さい」
内藤「(驚き)お前いったい何者なんだよ?」
アサリで一杯のバケツ。
正太郎、そのバケツと熊手を手に
パンツ一丁で車を降りる。
そのとき黒塀の小さい戸から正太郎の母、恵美子(50歳、優雅でおっとりした感じ)が出てきた。
恵美子「あら、正ちゃん、潮干狩りどうじゃった?」
正太郎「母さん、ただいま」「病院の内藤先生、偶然会って、送ってもらったんだ」
恵美子「(気づき)どしたんね?その格好?」
正太郎「先生が車が汚れるからズボン脱げって」
恵美子「え?(と見て)」
内藤「(動じず)冗談で言ったんですよ」
恵美子「(あえてにっこりと)お車汚れとらんですか? なんじゃったら、うちで引き取って、新車と交換しましょうか?」
内藤、ムッとするが
すぐに笑顔で
内藤「じゃあ、私はここで」
車、行った。
恵美子「正ちゃんをバカにして! また誰かから例のこと吹き込まれたんじゃろ?」
正太郎「母さん、先生は、あのことは知らないと思うよ」
恵美子「(バケツ見て、にっこりと)あらあ、たくさんとれたんじゃねえ」
山崎とひかり
山崎「……」
ひかり、すっと下を向いた。
ひかり「……」
山崎、言った。
山崎「(ボソリと)今の俺の言い方、卑怯だな」
ひかり、顔を上げる。
山崎「お前が言うわけないものな、そういうのは迷惑です、だったらもう来ません、って。それを計算したうえで俺は聞いてる」
ひかり「……」
山崎「今のは忘れてくれ」
ひかり「え?」
山崎「お前の言うように、リキまずやろう、ただし男と女でなく、盲人とその手伝いとして」
山崎、背をむけると、またあさりを掘り始める。
ひかり「……」
乱暴に熊手を使う山崎。
心の中で思う。
山崎「(心の中)違う。今の言葉こそ卑怯だ。だったらもう来ませんとひかりに言われるのが怖くて、答える前に先手を打ったんだ」
山崎、熊手を使う。
山崎「(心の中)ひかりはどんな顔をして俺の言葉を聞いていたんだろう? まんざらでもない顔か? それとも嫌な顔か?」
山崎、手を止め、寂しく笑った。
山崎「(心の中)俺には、その顔が見えない……」
その山崎を見ていたひかり。
山崎「(心の中)今日だけではない、死ぬまで絶対に見えない」
山崎を見ていたひかり。
ひかり「……」
ひかりの家・表(夜)
同・台所(夜)
ざるの中に置かれたアサリ。
じっと見ていたひかり。
ひかり「(心の中)山崎さんは勘違いしとっただけじゃ。ドン底にいると、優しくされただけで、好きだと勘違いしてしまう」
ひかり、続ける。
ひかり「(心の中)私も同じじゃった、みんなが助けてくれたことで同じ経験をした」
ひかり、水道の蛇口をひねる。
ひかり「(心の中)なのに、同じ経験をしたのに、山崎さんを傷つけてしまった」
水道、勢いよく流れ、アサリにバシャバシャと撥ねる。
ひかり「(心の中)……もう会わんほうがええんじゃろうか」
朝の原爆ドーム付近(※日曜日の朝)
例のコンビニ・表(朝)
出てきた順平(制服着てる)。
他校の制服を着た(スポーツバック持ってる)生徒、大野、(背後に野坂)が声をかけた。
大野「(広島弁)順平、久しぶり」
順平「(うれしい)おはっす!なんでこんなところにおるん?」
大野は(そして野坂も)順平の中学のときの陸上部仲間だった。
大野「合同練習で中央高校行くんよ」
順平「どうよ?記録伸びとる?」
大野「まあな、そっちはどうなん、合唱部」
順平「楽しいよ、陸上って個人競技じゃろ? 俺は協調性の固まりじゃし、孤独な闘いは合わんかった」
大野、鼻で笑った。
大野「そんな言い訳はいらんよ、ただ才能がなかっただけじゃろ」
順平「(意外な言葉に怒り)あ?」
大野、笑いながら「じゃあな」とコンビニに入って行く。
背後にいた野坂が言う。
野坂「気にすんな、大野、今調子悪いんだ」
と野坂もコンビニに。
順平「……」
私服のひかりが見上げている
朝、アパート、山崎の部屋あたりを。
ひかり「(心の中)あさりの味噌汁を作りに来たんじゃけど」
ひかり、今度は横を見る。
『ひまわり広島介護サービス』の軽自動車が停まっている。
ひかり「(心の中)やっぱり、でしゃばりすぎはいけん」
ひかり、去って行く。
同・山崎の部屋(朝)
エプロン姿のヘルパー、金田芳江(バツイチ・中学生の子あり・40歳・けばい感じ、髪の毛染めてる、ヤンキーぽい)がアサリの味噌汁を作っていた。
芳江「(味見して)おいしい、いいアサリじゃ、どこでとったんじゃろ」
山崎「あれは、どこなんだろう?」
高校・表
同・音楽室
合唱の練習をする合唱部。
「うさぎおいし♪かのやま♪」
終わった。
合唱部女子の一人「順平、お昼、みんなでマクド行くけど」
順平「ちょっと用事ある、ごめん、協調性なくて」
原爆ドーム付近(昨日ランナーと伴走者と会った場所)
きょろきょろとあたりを見回しながら歩いてきた順平。
順平「(なおも見て)練習してないか」
順平、気づいた。
小走りに行った。
それは山崎とガイドの芳江(山崎、左手に白杖。右手を、左側に立つ芳江の左腕の上腕部をつかむ)。
芳江「散歩しながらスーパー行くんも、ええじゃろ?」
山崎「ありがとうございます」
順平、来た。
順平「すいませーん、昨日、この時間に視覚障害者の方と伴走者が走っとったんですけど、お知り合いじゃないですか」
だがすぐに「あ」と言った。
向こうを、上杉と伴走者・小出が走るのが見えたのだ。
順平「見つけました。ありがとうございました」
順平走って行く。
走る順平
走る上杉と小出。
順平「(つぶやき)速い」
たしかに上杉と小出、速い。
ようやく追いついた。
その背中に「すいません!」と叫ぶ。
二人、気づき、止まった。
小出「な、なに?」
順平「お二人って、視覚障害の方と、その伴走の方ですよね」
小出「そうだよ」
順平「めっちゃ速かったんですけど、もしかしてレースに出るような?」
小出「うん。出とるよ、マラソンで」
順平「どのくらいで走るんですか、サブフォー?」
小出「サブスリー」
順平「(驚き)すげえ!!」
上杉「っていっても、2時間59分25秒が一回だけじゃけどね」
順平「それでも全然すげえ!」
小出「サブスリーって言葉知っとるってことは、キミもマラソンやっとるん?」
順平「中学のとき、陸上部で中距離じゃったんで」
小出「だったら、伴走やってみん?」
順平、驚く。
順平「俺が? 俺がランナーを助けるってことですか?」
上杉「違う」
上杉、続ける。
上杉「そういうふうに考えんほうがいいよ。伴走とランナーは二人で一人のチーム。卓球とかのダブルスと同じなんよ」
順平の顔が輝く。
順平「それって、陸上競技なのに個人競技じゃないってこと?」
そのとき小出が気づいた。
小出「あ、芳江さん……」
芳江と山崎がこちらに向かってきているところ。
(芳江はガイドとして山崎と一緒なので、走れないのでゆっくり来た)
上杉「(小出に)芳江さん?」
小出「うん、ヘルパーの仕事中みたい」
芳江と山崎が来た。
小出、上杉「こんちは」
二人は芳江と知り合いだった。
芳江「どうも、こちら山崎さん」
山崎に
芳江「むかって右から、さっき高校生に聞かれた伴走の小出さんと上杉さん、そして、その高校生」
小出が山崎の手を握る。
小出「小出です」
小出、山崎の手を誘導し、上杉に握手させる。
上杉「上杉です」
手を握る。
山崎「あの……バンソウって?」
小出「ああ、ともに走るって書いて伴走、互いにロープを握って一緒に走るんです」
山崎「(自分の手を見る)ああ、それで……」
上杉「ごめんなさい、汗でベトベトしとったよね」
山崎「汗かくほど走れるんですか?」
上杉「一度も走ったことないんですか?」
山崎「ようやく部屋から出られるようになったばかりで」
上杉「走ればええですよ、楽しいけえ」
そのとき、山崎でなく、はっきりきっぱり言ったのは、
順平「走りたいです!」
順平、山崎の手を握った。
順平「順平です!よろしくっす」
総合病院・表
同・入院棟
清掃に来た正太郎。
内藤が来る。
正太郎「昨日はありがとうございました」
内藤、何も言わずすれちがった。
正太郎「(振り返り、つぶやき)怒らせちゃったか」
正太郎、思う。
正太郎「(心の中)お前は何者だよ?って言われたとき、はっきり言えばよかったのかなあ」
イメージ。正太郎の家の前で正太郎が内藤に言う。
正太郎「僕、捨て子なんですよ。この家には養子に入っただけで」
正太郎「(困って笑い)内藤先生、喜んだだろうなあ、捨て子って聞いたら」
山崎を失明させた運転手・但馬が何かを見ている……
そこはボロアパートの一室。畳の擦り切れた3畳。家具はなく、蒲団があるだけ。コンビニ弁当やカップヌードルで食事はすませてるようだ。
その但馬が見ていたのは、壁に貼ってある絵。
但馬自身がカレンダーの裏に書いた山崎だった。
下手なので、手も足も棒みたいだが、事故の時のヘルメットをかぶって、
脇にある自転車、「3千万円」の札束から、山崎だとわかる。
但馬、その絵に近づいた。
手にあった画鋲を、
絵の山崎の目にブスリ、ブスリと、両方とも突き刺した……。
但馬笑った。
(次の話へ)