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香川まさひと
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28話 温かい音
香川まさひと

  山崎にキスをするサキ。
  唇を離した。
山崎、言葉がない。
サキ、ほほ笑んで言った。
サキ「ヒゲ、痛かった」
山崎、顔赤らめる。

  山崎のアパート・表
  サキのバイクが停まっている。
  同行援護してサキと山崎、階段を上った。
  山崎のアパートの前。
山崎「今日は楽しかったよ」
サキ「(素直に)どこが一番楽しかった?」
山崎「(キスを思いだしてしまい困る)え?」
サキ「(素直に)私も楽しかった・・・話、いろいろ聞けたけえ」
山崎「俺もそこかも、話を聞いてもらえた」
サキ「見送ってくれん?」
山崎「見送る?」
サキ「苦手なんよ、サヨナラするの。だからそこに立っとって、バイクの音が遠くなったら、部屋に入って」
  山崎、思う。
山崎「(心の中)そんなこと今まで言われたことがなかった」「送ってくれた人は誰でも俺に気を使ってくれた、だけどそれは……」
  山崎、笑って言った。
山崎「わかったよ、サキちゃん」
  とんとんと階段を下りて行くサキ。
  バイクにまたがり、
エンジンかけると、
ふかした。
その音。
サキ「(叫び)じゃあ!明日の朝に!」
山崎「(エンジン音に負けないように)明日はいいよ!無理しないでよ!」
サキ「(叫び)なに?聞こえん!!」
山崎、一瞬躊躇して
山崎「(叫び)気をつけて!」
サキ「ありがと!」
  サキのバイク行く。
山崎、耳を澄ます。
バイクの音。
山崎「(心の中)バイクの音に集中した」
バイクの音、遠ざかっていく。
聞こえなくなった。
  山崎、思う。
山崎「(心の中)バイクの音に集中し過ぎたせいか、バイクの音が消えたあと、町の生活音が聞こえてきた」
  町の生活音、車の音とか、
  歩く中学生二人が話す声とか、
山崎「(心の中)気のせいかもしれないが、なんだか温かく聞こえた」
  山崎、ドアに鍵を差し
  中へと入った。
  山崎、思い出す。
  26話のサキの会話。

山崎「さっき思い出してたんだよ!」
サキ「それはすごい偶然じゃ、いや運命かも」

  そしてひかりの言葉(単行本一巻の88ページ)も。

ひかり「酷い偶然はどこまで行っても偶然です。でもええ偶然はいつか必然だったと笑えるかもしれん」

  山崎、つぶやく。
山崎「サキと会ったことは、ええ偶然なのか?」
  そのとき、時計(午後6時)がボーンと鳴る。
山崎「そうか。この音を初めて聞いた時も温かいって思ったのか」

  単行本1巻、129ページ。
山崎「温かい音だ」
ひかり「はい、昭和時代のものじゃけえ、温か味がありますよね」
山崎「違う、時計が温かいんじゃない」「あんたが温かいんだ」
ひかり「……」

  見ている山崎。
  柱時計、ボーンと鳴った。
山崎「……」

  アパート・表(早朝)

  同・部屋(早朝)
  すでに起きている山崎、ストレッチをしている。
山崎「息が切れないようになってきた」
  山崎、何かに気づく。
山崎「(小さく)!」

  洗面台。
  ごそごそと何かを捜す山崎。
  手にしたのは電気カミソリ。

  鏡にむかってひげを剃る山崎。
  剃り終えて、山崎、顎のあたりを執拗に触る。
山崎「大丈夫か、剃り残しないか?」
  そのとき携帯が鳴った。
  携帯をとる山崎。
山崎「もしもし」
サキ「サキです、ごめん。同僚の子供が熱出して、代わりに出ることになって、そっち行けん」
山崎「もちろんいいよ、仕事優先!」
サキ「誰か同行できる人、おる?」
山崎「おるおる」
サキ「この借りは返すから、また電話するね」
  切れた。
山崎も切る。
その顔、ちょっとがっかり。
山崎、気づき、鏡に問いかける。
山崎「俺、今、がっかりした顔してるのか」
  鏡に映った山崎。
山崎「……してるんだろうな」
  山崎、部屋に戻りながら
山崎「さて、誰に頼もうか、順平か、但馬さんか」

  アパート・表(朝)
  同行援護して階段を下りる山崎とひかり。
山崎「悪かったな、順平も但馬さんももう公園に行ってるらしくて」
ひかり「(明るく)全然ええですよ」

  道
歩くひかりと山崎。
ひかり「(明るく)山崎さん、昨日は、どこか行っとったん?」
山崎「(困り)え、ああ、ちょっと」
  山崎、心の中で思う。
山崎「(心の中)なんで、正直に言わないんだ」
  山崎、改まり、続ける。
山崎「実は、サキさんのバイクに乗って、ツーリングしてきた」
ひかり「(明るく)へえ、びゅんすか飛ばしましたか?」
山崎「ああ、風が気持ち良かった」
ひかり「(明るく)走るより?」
山崎「(意外な答えで戸惑い)それは比べられないよ、どっちも気持ち良いよ」
ひかり「(明るく)ええね、私も今度乗せてもらおうかな」
山崎「ああ、それがいいよ」
  歩く二人。
山崎「(心の中)サキのことを言ったら、ひかりの態度が変わるかと思った、だけど同じだった」
  山崎、歩きながら続ける。
山崎「(心の中)俺は、なにを期待してるんだ?ひかりとの恋愛はないと自分で決めたのに」
  山崎、続ける。
山崎「(心の中)でもこれでさっぱりした、ひかりのことはもう考えなくていい」
  山崎と歩くひかり。
  だがその顔はさっきとうってかわって曇っている。
ひかり「(心の中)サキさんの名前が出て、ドキンとした」
  ひかり、続ける。
ひかり「(心の中)ドキンとして、暗い気持ちになった」
  ひかり、山崎の横顔を見る。
ひかり「(心の中)実は最初にドキンとしたのは山崎さんの顔を見たときだった」
山崎の横顔。
ひかり「(心の中)あの山崎さんがヒゲを剃った。それはサキさんのためじゃろ」
  ひかり、続ける。
ひかり「(心の中)なにを悩む必要がある?祝福すればええだけじゃないか」
  公園に来た。
  但馬と順平。すでに汗だく。(もう走ったあと)
  気付いて同時に言う。
順平「おはっす」
但馬「おはようございます」
  うってかわって二人とも同時に明るく返す。
ひかり「おはようございます!」
山崎「おはよう!」
ひかりも山崎も着替え始める……。

  デパート・表

  同・化粧品売り場
  サキがお客さんを座らせ、化粧品の説明をしている。
客「この前もらったん、使いやすいわ、楽だわ」
サキ「でしょう?暑い日は化粧するのも嫌になるけえ、シンプルに行きたいじゃないですか」

  いつものように元気に働くひかり
  暑い日差しを浴びて、スクーターで営業先に回るひかり。

  図書館で勉強する順平(夏休み)

  リサイクルショップの前、トラックから三上とタンスを下す但馬。

  原爆ドーム
  夕方になった。

  公園(夕方)
蚊取り線香に火をつける但馬(すでに着替えている)。
煙が立つ。
すでに着替えた山崎が言う。
山崎「線香の匂いっていいよな」
着替えていた順平、パチンと膝を叩いた。
順平「蚊がやばい、虫よけスプレー」
山崎「火の近くでやるなよ」
  順平、スプレーを腕にかける。
  そのときサキが来た。
サキ「こんにちはー」
  思いきり派手でおしゃれなランニングのユニフォームとその靴。
順平「え?」
山崎「(来るのは聞いてなかった)その声は、サキちゃん?」
  順平、但馬、驚く。
順平「それって、走るんですか?」
山崎「(意味わからず)走るって?」
順平「(山崎に)サキさん、走る格好しとる」
サキ「走るよ、兄貴の伴走もしたことあるし」
但馬「兄貴の伴走?」
山崎「サキちゃんは上杉の、いや、あ、上杉さんの妹なんだ」
驚く但馬、順平。
但馬「打倒上杉の?」 
順平「ライバル上杉の?」

パチンと叩いたのはサキ。
サキ「蚊がおる」
  順平が持ってる虫よけをとると
サキ、「みんな使った?」と聞きながら順平と但馬にかけていく。
サキ「首の後ろは自分だと、無理じゃけえ」
  とかける。
  そのとき信金から来た(着替えはしてきた)ひかりが来た。
ひかり「こんにちは!」
  と言って、サキがいることに気づいた。
ひかり「(ちょっと力がなくなり)こんにちは」
サキ「こんにちは」
  と山崎の手を取る。
サキ「(気づき)あ、ヒゲ剃っとる!」
気づいてなかった順平と但馬、「ああ」「珍しい」と言った。
  ひかりはもちろん気付いていたから
ひかり「……」
  サキ、大きな声で言った。
サキ「ヒゲあったほうが見た目もええし、剃らんでもよかったのに、キスだって、かえってええ感じじゃったし」
  山崎、顔を赤らめる。
  但馬、順平、ポカンとなる。
ひかり「(目を伏せた)……」
(次の話へ)
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