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香川まさひと
いつもの朝のコンビニ・表。
チチトスの牛乳のストローをくわえながら、出てきたひかり。
そこへ順平がやって来た。
ひかり「おはっす」
順平「ちょうど良かった」
ひかり「?」
順平「(カバンからプレゼントを取り出しながら)これ、山崎さんと俺からです」
差し出した。
順平「ひかりさん、ピンク似合うっしょ」
受け取ったひかり、開けようとして
順平「ここでは、まずい!家に帰って鏡の前で身につけて!」
ひかり「(顔赤くなり)え?何?」
そのとき店から正太郎が出てきた。
正太郎「(英語練習で復唱して)It is never too late to learn」
二人に気づいた。
正太郎「おはようございます」
順平「おはようございます」
ひかり、包みの中を(ずるい感じで)覗き込んでいた……。
走る軽トラック(朝)
三上が運転。助手席、但馬。
広島市郊外の古い一軒家(朝)
軽トラックが止まっている。
解体工事の責任者(そういう格好をしている)梶田(四十歳くらい)に三上が言う。
但馬は三上の後ろに控える。
梶田「全部解体するけえ、家の中のいるもん、持ってってええよ」
三上「足、もう、ええん?五寸釘で、ぶち抜いたって聞いたけど」
梶田「それ、違うんよ、実は痛風」
三上「ぶははは。じゃあ、ちょっと見させてもらいます」
三上、家へ。だが、すぐに立ち止まる。
三上「今日は当たりの日かも知れん」
三上が見ているのは、玄関のところにある古い牛乳箱。チチトス特別牛乳。
但馬「?」
三上「牛乳箱は売れ筋じゃし、これがあるんなら、中も期待できる」
ある家・中・玄関
玄関で説明をする、ひかりと、おばあさん(70歳)。
おばあさん「友達がね、オタクさんとこで、安く旅行行ったって聞いたんよ」
ひかり「年金旅行のことですかね?」
おばあさん「それそれ」
ひかり「年金の受け取りの口座を、うちにしていただきますと、いろいろ特典があるんですよ」
広島市郊外の古い一軒家
古い茶タンスを三上と但馬が協力してトラックへと運ぶ。
ひかりの家・表
スクーターで来たひかり。
支店で午前の入金の締めを行ったあと、家へ戻ってきた。
(昼休み後、そのまま営業に回るため)
同・台所
上着を脱ぎながら台所へ入ってきた、ひかり。
炊飯器が「ぴー」と、ちょうど終わったところ。
手を洗うひかり。
ひかり「あ、そうだ」
思い出し、手を拭きながら、かばんへ。
中から取り出すプレゼント。
それはランニングのキャップ。
ひかり「(とたん暗い顔になり)ランニングキャップ……」
回想・あの日のひかりの家・玄関
ナップザックに水筒姿のひかりが「ただいま」と帰って来た。
母親が出てくる。
ひかり「おかあさん、お土産」
厳島神社の絵の入った、もみじまんじゅうの箱。
ひかり「みんな、もう帰ったかな、電話しようかな」
母「頭」
ひかり「わかってる、手を洗えって言うんでしょう。え?頭?頭洗うの?」
母「今日みんなでソフトクリーム食べたでしょう?その店から電話があった」
ひかり「(わからず)なんで」
ひかり、気づいた。
ひかり「(頭に手をやり)帽子忘れた!」
回想・同・居間
食事をする母と父とひかり。
父「明日、車で取りに行ってくるよ、母さんと」
ひかり「私も行く?」
母「ひかりは学校でしょう」
ひかり「じゃあ、ソフトクリーム食べたほうがいいよ、おいしいから」
ランニングキャップを手にしたひかり
ひかりのナレーション「そして、母さんと父さんは……」
回想・事故現場
事故後のぐんにゃり前がつぶれた軽自動車。
助手席に置かれた、ひかりの帽子。
現在。ひかり、見ている……
二人の遺影。
ひかりのナレーション「私が帽子を忘れなければ……」
3人で並んだ写真。
ひかり、つぶやく。
ひかり「……かあさん、とうさん、ごめん」
答えない二人。
ひかり、はっと気づく。
ひかり「時間がない、悲しむなら夜にしよう」
ひかり、行く。
台所。
ジャージャーと勢いよく手を洗う。
同・表
ひかり、仕事のカバン以外にプラス紙袋を持って、出てきた。
いつものように、指さし確認。
ひかり「ガス、電気、よし、線香つけとらん、忘れ物なし」
走る軽トラック
運転する三上、助手席の但馬。
荷台には、たくさんの引き取ったものがある。
タンス。本棚。丸い、ちゃぶ台。
川の近く。
軽トラックが止まっている。
三上が但馬に5000円札一枚とペットボトルのお茶を渡す。
三上「おつかれさま」
ぺこりと受け取る但馬。
三上、但馬、並んでお茶を飲みながら
見るともなく目の前の風景を見ている。
三上「今頃、解体始まっとるなあ、なんか出てくる感じしたけど」
但馬「出る?」
三上「土の中から真っ黒のレンガとか、ぐんにゃり曲がったビール瓶とか」
三上、空を見て
三上「あの日ピカッと光って、まっ白になったわけじゃろ」
但馬「ああ」
三上「さっきの痛風のおっさん、そういうの出てくると、律儀に線香を焚くのよ」
三上、続ける。
三上「でも戦争恨んで死んだんは広島だけじゃない。東京だって、中国だって、アジアだって、そりゃもう、あちこちじゃ」
三上、続ける。
三上「今この瞬間だって、戦争のせいで死による人もおる」
三上、冷笑する。
三上「律儀に線香焚きよったら、世界中、けむいじゃろうな、それこそ真っ白。線香屋始めるか?骨董屋より確実に儲かる」
但馬、何も言えない。
三上がしみじみと言った。
三上「幸せじゃのお、俺たちは」
但馬「昨日の女の人、いつも、あんな感じなんですか?」
三上「ひかり?あんな感じって?」
但馬「勝手に、いろいろ決めたりして、ちょっと空気読めないっていうか」
三上「ぶははは。ほーじゃね、だけど」
三上、続ける。
三上「ひかりは小学生のときに、いきなり両親が交通事故で亡くなっとるんよ。そこから近所の人の応援で生きてきた」
但馬、表情動いた。
三上「そういう環境の子供って、空気読まんで生きていけるか?むしろ、空気ばかり読んどる子にならんかなあ?」
但馬「……でも、昨日も、三上さんに、つまみ作れって」
三上「ああ、あれはちゃんとお返しがくるよ」
三上、気づいた。
三上「ほれ」
見る但馬。
スクーターに乗ったひかりが来た。
止まった。
ひかり、紙袋から包みを取り出す。
そこには、きれいにおにぎり(9個ぐらい)が並んでいた。
のりを巻いてない塩むすび。
三上「(にやにや笑い)ここもまっ白か」
ひかり「のりは各自お好みで」
パックに入った、のりを取り出す。
但馬がおにぎりを食べる。
但馬「まだ温かい」
ひかり「(手におにぎりを持ち)ほんのちょっと前に焚き上がったのを握ってきたから」
三上、食べた。
三上「うまい。広島菜じゃ」
具は広島菜漬け。
ひかり「(食べながら)うん、これなら、いつでも嫁に行ける」
三上「そういうこと言うけえ、但馬さんが、ひかりは空気読めないって言うんよ」
但馬、慌てて、むせる。
但馬「いや、そうは…」
ひかり「(しみじみと考え)空気かあ、昔は空気ばかり読んでた気がする」
三上「やっぱり」
ひかり「だけど、それって、かえって失礼じゃなって気づいた」
三上「失礼?どうして?」
ひかり「だって、大事なんは空気ではないじゃろ?相手そのものじゃろ」
三上「ああ」
ひかり「そして、私も大事。とりつくろったって、いつかバレる、だったら、最初から私を見せる」
ひかり、遠くを見つめるようにきっぱり言った。
ひかり「つまりは、きちんとぶつかるってこと」
ひかり、続ける。
ひかり「もちろん、ぶつかるから喧嘩することもあるよ。だけど、喧嘩ってそこまで悪いことなんかね?」
三上「ほほう」
ひかり「ほほうじゃなくのーて、そこは偉そうに言うな!が欲しかったんですけど」
三上「(ぶはははと笑い)すまん、きちんと、ぶつからんで、空気も読めなくて」
笑うひかり、
だが、すぐに笑みを控え、但馬に顔を向ける。
但馬、ひかりの視線がちょっと怖い。
ひかり「偉そうに言って、すみません」
但馬「いえ」
ひかり「でも、口ではなんとでも言えるんで。結局は行動なんで」
但馬「……」
夜の原爆ドーム
ライトアップされている。
ひかりの家・表(夜)
同・遺影のある部屋(夜)
遺影に向かって帰宅したばかりの、ひかり(服もそのまま)が言う。
ひかり「生きてたら、とうさん、かあさんとも、いろいろ喧嘩したんじゃろうね」
遺影。
ひかり「だけど、死んだら、ぶつかれん……」
ひかり、ランニングキャップをかぶった。
ひかり「赤白帽以外の帽子って、あれ以来じゃけど、どう?似合う?」
ひかり、遺影に笑いかけた。
夜の近所を……
キャップを被り、ランニング用ウエアを着て走るひかり……。
その必死な顔……。
(次の話へ)