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第7光 走る
香川まさひと
ひかりの部屋。ひかり、仏壇の前に正座して。
ひかり「(心の中)大丈夫なんかねえ。固い決意はかえってポキリと折れやすいけえ」
思い出す山崎の顔。
ひかり「(心の中)私だって、そうじゃったし」
原爆ドーム(朝)
コンビニ・表(朝)
同・中(朝)
『加瀬ひかり』がチチトスの白牛乳のストローをくわえ(買ったばかり)出口へ。
『若山正太郎』がパン売り場を見ている。
『田所順平』がレジで週刊少年サンデーを買う。
アパート・表(朝)
同・山崎の部屋(朝)
山崎が携帯で電話をしている。
声「ガイドの伊崎です。今日は買い物に同行するということですね」
山崎「はい、近くのスーパーに。食料品がほしいので」
声「じゃあ午前11時にアパートまで伺います」
山崎「よろしくお願いします」
電話を切った。
山崎の手元に白杖がある。
山崎「(さびしい)俺は正真正銘の盲人になったんだ」
時計の音がボーンと鳴った。
見る山崎。
午前9時を指している。
またボーンと鳴った。
山崎「(わざと笑い)なんだよ、今日の音はやけにさびしく聞こえるじゃないかよ」
またボーンと鳴った。
山崎「(自嘲消え、本当に寂しい)……」
と、次が鳴らない。
山崎「?」「まだ3つだぞ?」
時計の振り子、止まっている。
山崎、なにが起きたのかわからない。
安芸信用金庫・表((朝)
「行ってきます!」とスクーターに乗ったひかりが出て行く。
リサイクルショップミカミ・表
三上が店を開けるところ。
スクーターのひかりが来た。
ひかり「(走りながら)おはようございます」
三上「おはよう」
ひかり、通りすぎた。
走るひかり。
ひかり「(気づき大声で)わ!忘れとった!」
止まった。
三上、何事かと道の向こうのほうで止まったひかりを見る。
三上「ん?」
アパート・山崎の部屋(朝)
椅子の上に乗った山崎がボンボン時計に耳を寄せている。
そのときドアをノックする音。
ドア前。
ひかり「春の香りに誘われて、安芸信用金庫の加瀬ひかりです!」
山崎、思わず微笑んでしまう。
だがすぐにあえて引き締めた顔になる。
待つひかり、ドア開いた。
山崎「(あえてぶっきらぼうに)なんの用だよ」
ひかり「それが、忘れ物をしてまして」
ひかり「失礼します」と中へ入る。
ひかり「あーあ、やっぱり」
と、椅子に立ち、ボンボン時計を下ろすひかり。
山崎「なにが、やっぱりなんだ?」
ひかり、時計の裏を見る。
ゼンマイがガムテープで張り付けてある。
ひかり「(手に取り)これは、ぜんまいを巻かんといけんのんですよ」
ひかり、山崎の手をとる。
思わずドキンとしてしまう山崎。
ひかり、気づかず山崎にぜんまいを持たせる。
今度は山崎の左手をとり、
ひかり「ぼんぼん時計は、こんな感じになっとります」
と左手を時計の縁に触らせ
ひかり「ほんで、ここに穴があります。ぜんまいの穴です。これにいれて右に巻きます」
手を取り、ぜんまいを入れた。
ひかり、手を添えて一緒に巻いた。
山崎「……」
巻き終え
ひかり「こんな感じです」
ひかり、扉を開け
自分の時計(9時20分くらい)と合わせる。
椅子に乗り、
ぼんぼん時計を設置した。
振り子を振る時計。
ひかり「一週間に一度は巻かんと止まります。あ、私、来ましょうか、ぜんまい係で」
山崎「だから言ったろ? 俺のことは気にしないでくれって」
山崎、続ける。
山崎「心配してくれるのはありがたい。だけど大丈夫、俺はがんばるって決めた」
ひかり「なにをがんばるんです?」
山崎「なにをって、不自由なく生活することをだ」
ひかり「私は、けっこう不自由に生活してますけど」
山崎「茶化すな! 俺は盲人なんだ!」
ひかり、笑った。
ひかり「俺は盲人?」
山崎「なにが、おかしい?」
ひかり、きっぱりと、だが静かに言った。
ひかり「山崎さんは、山崎さんじゃろ?」
山崎、心打たれた。
ひかり「私も両親が亡くなったときは、絶対負けん!って思ってました。だけど、そういうのはかえって長続きしません」
ひかり、時計を見た。
ひかり「リサイクルショップミカミのおっさんも、言っとりました」
回想。店頭で時計をひかりに渡しながら
三好「ゼンマイは強く巻き過ぎたらいけんよ、時計壊れるけえ」
心響いた山崎、
その手にあるゼンマイ。
ひかり「おっさんも、たまにはええこと言いよる。あれで、もうちーと床屋に行けばええんじゃが」
ひかり、続けて行った。
ひかり「山崎さんは、明日の土曜日は予定入ってます?」
コンビニ・中(翌・土曜日朝)
ひかりはいない。順平が白牛乳を買った。
正太郎がパン売り場の前。ただし、いつもと違うのは、麦わら帽子で、靴は長靴で、手にバケツを持っている。そのなかに熊手。
船出高校・中(朝)
通学してきた生徒たち。
凛も。
同・グラウンド(朝)
凛が立ち止まる。
その顔、まぶしい顔になる。
凛の視線の先にあったのは、全速力で走っている順平(上着脱いで、あとは制服のまま)。
全速力で走る順平。
走る順平のその真剣な顔。
止まった。
大きく肩で息をする……。
順平「(はあはあと息荒いまま)革靴、走りにくい」
潮干狩りを楽しむ人々
そこは大田川放水路。
ドライブに来たらしい内藤(病院は休み)が、穏やかな気持ちで潮干狩りをする人たちを見ている。
内藤、その表情が変わった。
潮干狩りを終えた正太郎がバケツを持ってこちらにやってくる。
正太郎、気づいた。
内藤「原爆ドーム以外も見ろって、前にキミに言われたからさ、でも気が合うね、休みでもばったり会うなんて」
正太郎「……」
内藤「帰るの? 家まで送ってくよ」
正太郎「大丈夫です」
内藤「俺の好意は受けたくないわけ?」
正太郎「車、汚れちゃうから」
正太郎、たしかに泥だらけだ。
内藤「(笑って)平気だよ、ズボン脱げばいい」
正太郎「……」
潮干狩りをする人々。
そのなかに、須藤をはじめとするひかりの近所三人組(前話のようにトリオのように並んで貝をとってる)と、すぐ脇、ひかり、山崎もいた。
ひかり、みんなを見た。
ひかり「(笑って)みんな顔が子供になっとるよ」
近所の一人A「たしかに泥遊びじゃね」
近所のもう一人B「風も気持ちええし」
須藤「でも年とっとるから腰は痛い」
みんな笑った。
ひかり「一番大きいあさりをとった人が優勝で、みんながランチ奢ることにしません?」
とたん、トリオ、目の色が変わり、がしがし掘った。
掘っている山崎。
だが
山崎「(ずっと考えている)……」
走る内藤の車
助手席の内藤。
パンツ一丁で乗っている。
閑静な住宅街。
正太郎「あ、その家です。ここで止めて下さい」
内藤、驚く。
それは黒塀が続く大豪邸(日本家屋)だった。
正太郎「今、門を開けさせますので、お茶飲んで行って下さい」
内藤「おまえ、いったい何者なんだよ?」
県立船出高校・教室
机にむかって座っている凛と、机の上に座っている順平。
凛「(笑顔で)今朝、走ってたでしょう」
順平「たまに無性に走りたくなるんだよね」
凛「ストレス発散? NHKコンテストの課題曲が難しいとか」
順平「Nコン、今年は作詞リリーフランキーだぜ」
凛「そうなんだあ」
順平「まあ、なんでも難しいですよ、合唱も人生も」
凛「人生と来ましたか」
順平「小学校のとき、すごくいい先生がおってさ、かずかずの名言をのたまわれたわけよ、幸せは一人でなるものじゃないとかさ」
凛「へえ、ええね!」
順平「でもさ、それってきついときもある。正論は否定できんけえ」
凛「ああ、なんとなくわかる」
順平「ん? なんでこんな話しとったんだ? 補習のせいだな」
順平、「じゃあ」とカバン持って行く。
原爆ドーム付近
順平が帰る。
すると向こうからランナーが並んで走ってきた。
順平「(呟いて)危ない。並んで走るなよ」
だがすぐに気づく。
「伴走」「視覚障害」と大きく書かれた上着を着て、互いにヒモを持って走っている。
順平「え?」
順平、避ける。
通りすぎて行った……。
その背中を見つめる順平。
順平「(なにかを感じた、だが、まだ決定的ではない)……」
太田川放水路
山崎とひかりが並んであさりをとっている。
ひかり「わ! これは優勝候補じゃ!」「山崎さん! 触って触って!」
ひかり、獲ったあさりを触らせる。
山崎「ああ、たしかに大きいな」
ひかり「しかし、これは定規が必要かも。婆さん連中は、そういうとこシビアじゃし」
ひかり、気づく。
ひかり「……大きさ比べやめますね」
山崎「どうして?」
ひかり「だって……」
山崎、笑った。
山崎「気にするなよ。あんたの判定を信用するって」
山崎、言った。
山崎「眼が見えなくなってわかった。人を信用するのが盲人なんだ」
ひかり、響いた。
山崎「三婆は近くにいるか?」
ひかり「(問いの意味がわからないが)少し離れてますけど?」
たしかに、ご近所トリオは向こうにいた。
山崎「俺は嘘を言ってた」
ひかり「はい?」
山崎「もう来なくていいって言ったのは、別の理由だ」
山崎、言った。
山崎「これ以上あんたと会ったら、俺はあんたを好きになる、それでもいいのか?」
驚くひかり。
(次の話へ)