ましろ日 特設ページ トップ
第6光 親
香川まさひと
第5話のつづき。海が見える場所。
ひかり「小学校6年のときに、父母が亡くなりました」
山崎、驚く。
ひかり「交通事故でした」
山崎「(交通事故という言葉がますます響くが、かえって何も言えず)……」
ひかり「葬儀が終わって一週間ほどして、東京に住む伯母さんが一緒に住もうって言ってくれたんです」
回想・16年前の夏・ひかりの家・居間
叫ぶ小学校6年のひかり。
ひかり「行かない! 私はここにおる!」
みどり「一人で生活していくのは大変なことなんだよ、ご飯作るのだって」
みどり、母の姉、このとき、37歳。
ひかり「できる! 味噌汁だって、カレーだって作れる!」
みどり「御飯だけじゃないよ、洗濯だって、お風呂だって……」
ひかり「(さえぎり)それもできる! お風呂掃除はずっと私が係じゃった」
みどり「……」
海の見える場所
ひかり「あのときの自分は、父さん母さんが亡くなったことを認めたくなかったんじゃろうと思います」
ひかり、続ける。
ひかり「父母がいなくなるのもありえんし、だから家も引っ越さんし、学校も同じように通うし」
山崎「……」
回想・同
ひかり、とたん、玄関へ走る。
みどり「ひかり! どこ行くの?」
追うみどり。
玄関のひかり、
財布を手に、
ひかり「買い物!」
出て行った。
回想・表
家を飛び出してきたひかり、
走って行く。
家の前で水をやっていた須藤(このとき57歳)が見た……。
須藤「……」
ひかりのNA「そしたら、近所の人たちが伯母さんに……」
回想・日本間
仏壇はまだなく、小さな机に位牌と線香が置かれている(後飾り)。ひかりの父と母の二枚の遺影。3人で写った写真はまだ飾ってない。
須藤、同じくらいの年の近所のおばさんA、B、計三人が横並びに座って、みどりに広島弁で言う。
須藤「ひかりちゃんを引き取るって言ってくれたこと、なかなかできないです」
おばさんA「ひかりちゃんは良い伯母さんを持ちました」
おばさんB「私たちからもお礼を言います」
三人頭を下げた。
みどり「とんでもない。私は妹のことが好きでしたし、ひかりちゃんのことも大好きだってだけで」
三人同時に言った。
須藤ほかAB「私たちも、ひかりちゃんが好きですし! ひかりちゃんのご両親も大好きでした!」
須藤、続ける。
須藤「そこで提案なんですけど、しばらくは、ひかりちゃんの望み通り、一人暮らしをさせるというのはどうでしょう」
みどり「え?」
須藤「もちろん、私たちが全面的に応援します」
おばさんA「火の始末や戸締まりは、厳重にしっかりやります」
おばさんB「勉強も見ます。一緒に遊びます」
三人声を合わせて言った。
須藤ほかAB「早寝早起き、遅刻は絶対させません!」
みどり「(心打たれ)……」
そこへ台所から鍋を持ったひかり。
ひかり「できたよ!」
鍋、それは豆腐の味噌汁。
鍋敷きに置かれた鍋。
ひかりが、お玉で豆腐の味噌汁を注いだ。
みどり「買い物って、味噌汁の豆腐だったの?」
ひかり、「うん」と、注いだお椀をみどりに差し出す。
受け取るみどり。
須藤とAB、じっと見つめる。
みどり、箸を手に飲んだ。
みどり「(頬笑み)……おいしい」
うれしい須藤とそのAB。
そのみどり、三人に言った。
みどり「わかりました、ひかりをお願いします」
須藤とAB、同時に頭を下げた。
須藤「(ひかりに)良かったね」
ひかり、ちょうど、位牌に、味噌汁のお椀を置いてるところ。
ひかり「うん、ちょっと待って」
お椀、二つ置かれた
ひかり「お豆腐の味噌汁!」
ひかりの父と母の遺影……。
回想・居間
小学校に行く支度をしたひかりが、朝ごはんを食べている。
テーブル、須藤も座って朝刊を読みながら、
須藤「今日は学校、六時間?」
ひかり「(食べながら)そう」
須藤「わかった、夜は笹本さんが来るから」
回想・居間(夜)
宿題の雑巾を縫うひかり。
おばさんA(笹本)がはらはらしてる。
おばさんA「私がやろうか?」
ひかり「(やりながら)ズルはだめ。宿題じゃけえ」
おばさんA「ひかりちゃんは真面目じゃねえ」
海が見える場所
ひかり「こうして近所の人が応援団になって、私のために大事な時間を割いてくれたんです」
山崎「すごいな、その近所の人たちって」
ひかり「(うれしい)そうなんですよ!だから私も聞いたんです!」
回想・風呂場
浴槽の中に入って洗うひかりと、タイルを洗う須藤。
ひかり、手を止めた。
ひかり「どうして、私のためにそこまでしてくれるん?」
須藤「(掃除続けて)順番かな」
ひかり「?」
須藤「(続けて)私のお母さんも、いろんな人に助けてもらった。
じゃけえ、今度は私が返すの」
ひかり「助けてもらったって、被爆のことですか?」
須藤「そうね、お母さんは被爆者じゃった。でも、そればかりじゃないかな」
須藤、顔を上げる。
須藤「返すといっても、私は神様じゃないけえ、助けたくない人間は助けんよ」
須藤、続ける。
須藤「ひかりちゃんのご両親だって、町内会の行事に一所懸命に参加してくれた、年寄りに気を配ってくれた。そういうのがなかったら、私もしらんぷりしとったかも」
須藤、続ける。
須藤「だから、感謝するならご両親にしんさい」
ひかり「……」
海が見える場所
聞いていた山崎。
山崎「そうか、だったらなおさらだな」
ひかり「(意味わからず)はい?」
山崎、言った。
山崎「もう俺のことは気にしないでくれ、あとは一人でやれる」
ひかり、驚く。
山崎「だから、あんたは別の誰かのために生きてくれ」
ひかり「でも……」
山崎「大丈夫。俺は強くなるって決めたんだ。もちろん、それはあんたのおかげだ」
山崎、手を差し出した。
ひかり「……」
ひかり、手を差し出した。
山崎「ありがとう」
握手した。
広島中央総合病院・表
同・入院棟
廊下からぴょこんと引っ込む形で、入院患者や見舞客のための休憩用フリースペースがある。
正太郎がゴミの回収にここへも来た。
ゴミ箱からゴミを取り出す正太郎。
気づく。
沈んだ様子で椅子に座っている米澤。
5話目の様子が回想される。
回想
米澤「先生、うちの人、眠れないほど痛いらしくて」
内藤「(追い払うように手をやり)今休憩時間なんだけど。病室でちゃんと聞くから」
同
正太郎、米澤に言った。
正太郎「気にしないほうがいいです。医者は忙しいから、どうしても言葉が乱暴になります」
米澤、顔を上げた。
正太郎「でも、内藤先生は腕は確かですから!」
そのとき廊下を内藤が通りかかる。
内藤「(気づいた)……」
米澤、気づかず笑みを浮かべて礼を言う。
米澤「ありがとうございます」
正太郎、ゴミを持って行く。
廊下(米澤から見えない)に出て、歩きだす。
内藤が立っていた。
内藤「今何を話してた?」
正太郎「……内藤先生の腕は確かだと話してました」
内藤、笑った。
内藤「腕が確かだって、どうしてわかる? 中卒の掃除係に」
正太郎「……すみません」
正太郎、行く。
内藤「……」
同・入院棟・ナースステーション
内藤が来た。
看護師Aがたまたま出てくる。
内藤「中卒の掃除の子って、いつもああなの?」
看護師A「正ちゃんですか? というと?」
内藤「幼稚な正義感っていうか、でしゃばりっていうか、頭悪すぎるだろ?」
看護師A「いい子だと思いますけど? 頭だって中学3年間学年トップだったし」
内藤「(驚き)それなのに高校行ってないの?」
看護師A「それが正ちゃん七不思議なんですよね」
内藤「家に金がないのか?」
看護師A「でも特待生で入学できたはずってみんな言ってるんですよ」
内藤「……」
船出高校・表
同・2年1組教室(放課後)
机に向かって絵コンテを描いている凛。
はっ!と気づいた。
順平が覗きこんでいた。
慌てて隠す凛。
順平「漫画だろ?」
順平続ける。
順平「なに漫画? 恋愛? グルメ? 冒険? ファンタジー? 格闘技?(格闘技はないか)」
凛「……音楽」
順平「(すごいと思い)音楽! ロック? ジャズ? 尺八? ハーモニカ? 口笛?」
凛「木魚」
順平「木魚!」
順平、「ぽくぽくぽく」と右手は合掌、左手はエア木魚を叩きだす。
凛「(慌てて)嘘だよ!冗談だよ!」
順平「ちーん!(と鉦をたたく真似)ご愁傷さまでした」
凛、楽しい!
アパート・表(夜)
同・山崎の部屋(夜)
歯を磨いている。
思い出し、手が止まる。
山崎「(心の中)交通事故……それで俺を助けようと思ったのか」
山崎、思う。
山崎「(心の中)小学校で両親二人……どれだけ辛かったか、いや今だって辛いはずだ」
ひかり「笑顔の隣に安芸信用金庫、加瀬ひかりです」
山崎「(心の中)……そういうおまえは、どんな笑顔なんだ?」
ひかりの笑顔。ただし山崎には見えない。
山崎「(寂しい)……」
だがすぐに自嘲して笑い
山崎「(心の中)ちょっと飲んでみたかったな、味噌汁」
山崎、また表情変わる。
山崎「俺もがんばるぞ!」
山崎、強い決意でガシガシとまた歯を磨く。
ひかりの家・表(夜)
同・仏壇のある部屋(夜)
父母の写真を見ているひかり。
風呂上がり、パジャマ姿。
ひかり「(心の中)大丈夫なんかねえ? 固い決意は、かえってポキリと折れやすいけえ」
何も言わない父母の写真。
ひかり「(心の中)私だって、そうじゃったし」
(次の話へ)