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第3光 風
香川まさひと
逆光の中、あの人が言う……
あの人(まさみ・このとき57歳)「この町に住むんには覚悟がいるよ」
順平(九歳)「覚悟ってなに?」
あの人(まさみ)「幸せになる覚悟よ。それは誰かのために生きるってことなんよ。幸せは一人でなるもんじゃないけえ」
自分の部屋のベッドで目を覚ます順平
順平「(寝ぼけたまま)ん?なんか夢見てたな?」
住宅街(朝)
※ひかりとは違う場所、ひかりも順平も高級住宅街ではない。
そのなかの児童公園のすぐ脇の順平の家・表(朝)
こちらは築は10年ほど。駐車場にはプリウス。
同・DK(朝)
食卓。朝食のおかずが並んでいる。
朝なのに結構手が込んでいる。
祖母の安子(71)がてきぱきと仕事している。
「おはっす」と順平が来た。もう制服は着ていて、カバンも用意してきた。
安子「おはっす」
順平「親父は?」
順平、自分でジャーからご飯をよそう。
安子「(味噌汁継ぎながら)釣りの支度しとる」
順平「ああ、休みか(と座る)」
安子、味噌汁渡す。
順平、まず味噌汁飲んだ。
順平「うめえ」
安子、ほほ笑む。
順平「そうだ、昨日、クラスのヤツがばあちゃんの弁当誉めとったよ」
安子「女の子?」
順平「(食べながら)うん」
安子「かわいい?」
順平「中の下の上の中、漫画家志望らしいんじゃけど」
凛がにっこり笑う顔。
順平、「そうか!」と気づく。
順平「弁当見て、レイアウトがええとか言っとったんよ!それって漫画家的発想か!」
安子「へえ、そんな子がおるんじゃねえ」
釣りのベストを着た順平の父、良平(47)が来る。
良平、自分でご飯をよそった。
安子、良平のために味噌汁、よそう。
いつもの朝の風景だ。
柱時計がボーン、ボーンと鳴る
そこは山崎の部屋。
9時。
時計に顔を向けている山崎。
山崎「……」
鳴り終わった。
そのとたん、ドアをノックする音。
山崎、壁をつたって行く。
ドアを開けた。
ひかり「朝も笑顔で安芸信用金庫、加瀬ひかりです」
山崎「……」
ひかり「あれ、驚かないんですね」
山崎「また来るって言っただろう」
ひかり「時計、どんなんです?いい音ですか」
山崎、ちょっと言いにくそうだが、それでもはっきりと言った。
山崎「……いい音だ」
ひかり「(うれしい)良かったあ」
山崎「今ちょうど鳴って……」
山崎、気づく。
山崎「お前、もしかして聞いてたのか?」
ひかり「(しれっと笑わず)それが全然聞こえんかったんです。ドアにべちゃっと耳つけたかったですけど、さすがにそれは法律的に問題があるけえ」
山崎「嘘だ。ドアに耳つけてただろう、べちゃっと」
ひかり「(答えず一つも笑わずさらにしれっと)お金下ろしに行きますか」
山崎「?」
ひかり「お金必要なんですよね、今日は軽自動車で来とるですよ」
同・表
安芸信用金庫の軽自動車が止まっている。
山崎の部屋から二人出てきた。
ひかり「こういう場合、私はどうしたらええんでしょうか」
山崎「どうしたらって?」
ひかり「階段を下りるときの誘導ですよ、手を繋いだほうがええんかねえ?」
山崎「わからない」
ひかり「はあ」
山崎「病院では車椅子だったし、歩くにしても、階段じゃなかった、エレベーターだった」
山崎、続ける。
山崎「だったらおんぶしてもらおうか」
ひかり「おんぶ!私が山崎さんをですか?」
山崎「そりゃそうだろ。俺がお前をおんぶするのかよ」
しゃがむひかり、おんぶの体勢になって言った。
ひかり「ええですよ、ほい。乗って下さい」
山崎、呆れた。
山崎「冗談に決まってるだろ」
ひかり「えー!それはひどい」
山崎「わかるだろ、そんなこと」
山崎、言った。
山崎「先に立って腕を貸してくれ。それがいいと思う」
ひかり「了解です」
ひかり、立つ。
ひかり「どうぞ」
山崎、肘の上を掴む。
互いにちょっと緊張。
山崎「……」
ひかり「……」
歩きだす。
階段のところに来て止まる。
ひかり「階段です。手すりをつかめますか」
つかむ山崎。
ひかり「降りますね」
ひかり、山崎を見ながら
ゆっくりと一歩ずつ降りる。
降り切った。止まるひかり。
ひかり「階段終わりです」
山崎「うん」
ひかり「怖かったですか」
山崎「いや」
ひかり「私はちーと怖かったです」
ひかり、続ける。
ひかり「左手に車が止めてあります。後部座席まで誘導しますね」
ひかり、誘導する。
ひかり「つきました。車の進行方向左側にいます。後ろのドアを今から開けます」
ひかり、ドアを大きく開け、
ひかり「開けました。右手を車の屋根に、左手をドアの上のところに置きますよ」
山崎の右手を置き、
左手をドアに置いた
山崎、乗り込む。
ひかり「ドアを閉めます」
ひかり、ドアを閉めた。
ひかり、運転席に回る。
ドアを開けて乗り込んできた。
バタンと閉める音を聞く山崎。
ひかり「ふふふ。とりあえずここまではうまいこと出来た」
ひかり、かばんを助手席に置こうとして、
そこに置いてあった数十枚の紙束がザザザと落ちる。
山崎「?」
ひかり「置いとった紙束が落ちただけです」
拾う紙。
それはひかりが夕べネットからプリントアウトした『盲人ガイド』の紙束だった。
古い昔ながらのイラスト入りで、階段の降り方や、車の乗せ方が出ている。
車の乗降。『もっとも危ないのはドアの屋根の部分でここに頭をぶつけないように注意します』
そうひかりはちゃんと調べて勉強していたのだ。ラインや書き込みもある。
ひかり「ほいじゃ、出発しまーす」
道
走るひかりが運転する軽自動車。
その走るスケッチいくつか。
走るひかりの運転する車・車内
山崎「あんた、なんでここまでしてくれる?」
ひかり「お客様の隣にいつも安芸信用金庫ですから(気づき)わ!さっきのはまさに隣におった!恐るべし!安芸信用金庫のキャッチフレーズ」
山崎「質問に答えてくれ」
ひかり「定期預金を作ってほしいけえ」
山崎「嘘だ」
ひかり「また嘘って言っとるんですか?」
山崎「ああ」
ひかり、表情変わり、
ひかり「(真面目に)……偶然を大切にしたいんです」
山崎「偶然?」
ひかり「はい、偶然です」
山崎の顔、曇る。
山崎「……俺の事故も言ってみれば偶然だ、偶然で目二つなくした」
ひかり「わかってます。偶然はええのもあるし、なんでもないのもあるし、信じられんほどひどいのもあります」
窓の外、原爆ドームが遠くに見える。
車、行く。
ひかり「でもだからこそ、ええほうにしたいじゃないですか?悪い偶然に勝つためには」
山崎「……」
ひかり「山崎さんのアパート、通りが三本違っとったら、私の担当区域じゃありませんでした」
山崎「……」
ひかり「ひどい偶然はどこまで行っても偶然です。でもええ偶然は、いつか必然だったと笑えるかもしれん」
山崎「……」
ひかり「あれ?今度は嘘だって言わんのんですか?」
山崎「……」
ひかり「私のおしゃべりより、風のほうがええですね」
山崎「?」
ひかり「ずっと部屋におったんですよね。風、顔に受けたくないですか?びやっびゃっと!カモメのように!」
ひかり、返事を待たずに、後部の窓も、自分の窓もボタンを押した。
窓開き、山崎の顔に風が当たる。
ひかりの顔にも風が当たる。
ひかり「ええ気持ちです!」
山崎もいい気持ちだった。
走るひかりの運転する軽自動車。
それは空飛ぶカモメからの眺め……。
広島総合病院・表(ちょうど同じころ)
同・憩いの庭
いつものユニフォームを着た正太郎が丁寧に掃き掃除をしている。
パジャマ姿の老人(男)が車椅子でやってきた。
正太郎、気づき、
置いてあった本屋の紙袋を、まるで麻薬の受け渡しのように渡した。
老人、辺りを見回し、中を確認。
ボムのようなアイドル雑誌。アイドル二人が水着で抱き合ってる表紙。
老人「エロ本ならいくらでも買えるじゃけど、これは恥ずかしいのう」
正太郎「(笑って)今月号は920円です」
老人「(千円出す)おつりはとっといて」
正太郎「(受け取り)ありがとうございます」
老人「正ちゃんはどどっちのコが好きじゃ?」
老人、表紙を見せる。
正太郎「二人ともです。働いてお金を稼ぐ姿、実に美しいです」
老人の表情、ちょっと動く。
老人「正ちゃんらしい答えじゃけど、聞く人によっては悲しくなるのお。働きたくても働けん人もおってじゃけえ。わかっとるとは思うけどの」
向こうにパジャマ姿の入院患者(30代・男)が見えた。
正太郎「勉強になります、どんどん言って下さい」
老人「聞きたいのは、顔と体の好み」
正太郎「(顔赤く)……だったらこっち」
正太郎、指差した。
老人「正ちゃんは乳がデカイのが好きか」
(次の話へ)