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カレーマン外伝 こだわりのカレーマン

宮﨑 克
カレーマン外伝 こだわりのカレーマン

「こだわりのカレーマン」⑥


 

カレー屋なのにバー? バーなのにカレー屋?
● CURRY BAR GAKU 北千住

 

「最後の晩餐」──人は人生の最期に何を食べたいと願うのだろうか?

 

数年前からキーマカレーが流行している。「キーマ」とはヒンディー語で「細かいもの」の意味。日本ではひき肉を使ったカレーをキーマカレーと呼んでいる。
キーマカレーは、現在では「ニュータイプキーマ」なるのものに、深化・進化している。スパイス系、魚介系、中華系、和系、色系など、ニュータイプキーマは細分化して最先端を競っている。
「何故、キーマカレーはこんなに人気があるのだろうか!?」
キーマカレーの人気の秘密を探るべく、北千住にあるカレー屋さんを訪ねた。その店のカレーは、総てキーマカレーをベースしているからだ。

 

『CURRY BAR GAKU』!

 

店頭に立って、まず店名に驚く。カレー屋なのにバー!? 
店内に入ると、オシャレなバーだったが、メニューを開くとカレーが並んでいる。

 

 

バーなのにカレー屋!?

 

「子供の頃から食べていた母のカレーが抜群に旨かったので!」
疑問に答えてくれたのは店主の山口 がく さん。 

 

『CURRY BAR GAKU』店主の山口楽さん

 

この店は、17年ほど前、山口さんのお母さんが開いた。

 

「母は食べながらお酒の飲める居酒屋をやりたがってたんですよ。でも…」

 

山口さんのお母さんは料理専門学校を出ているので料理の腕はいい。話好きの美人なので接客業には向いている。だが…ピザハウス、喫茶店、スナック、居酒屋などを始めては潰していた。
「若い人にも来店して欲しかったのと、母のカレーなら絶対に売れると思ったので…」
そう思った山口さんは『CURRY BAR』という発想を提案した。
目論見はまずまず成功した。店の経営は安定。来店したお客さん同士が仲よくなるコミュニティーの場にもなった。口コミで評判は少しずつ拡がっていった。
転機となったのは開店2年目頃。ある人気情報誌で北千住特集が組まれ、お母さんの考案した『石焼きカレー』(※現在もメニューにあり)が掲載された。
すると人気が爆発! 連日、お客さんで満席となった。元々、料理の腕は一流だったので、一つのきっかけで店が大ブレイクしたのだった。
当時、山口さんは二十代後半。バンド活動とタクシー運転手のバイトに明け暮れていたのだが…

 

「ガク、手伝って。給料出すから、お店に入ってよ!」

 

そうお母さんに請われて、本格的に店を手伝うようになったのだという。

 

さて、山口さんのお母さん直伝のキーマカレーの味はいかに…!?

 

見た目が麗しい「オムキーマカレー」を食べてみた。ひき肉の旨味が濃厚で、卵がアクセントになっていて旨い! インスタ映えするルックス、上新粉を使っているという独特の食感などに感激する。

「これぞ流行最先端の色系ニュータイプキーマですね」そう思わず口にしたが…
「いいえ。この味は母親がすでに40年前に作っていました!」

当時、小学生だった山口さんがそう断言した。
彼は、少年時代の舌の記憶を忘れずに、『CURRY BAR』を提案し、店に入ってからは17年間その「お袋の味」を守ってきたのだ。
実は「キーマカレーの人気の秘密は、古くて懐かしい味だからでは!?」そう内々に思っていた仮説とピタリ一致した、山口さんの言葉だった。
安くてご飯との相性が抜群に良いひき肉は、昭和の昔から延々と家庭料理に使われ続けてきた。食の好みは幼少期で決まることが多いという。舌のノスタルジーが、キーマカレー人気に繋がっているのだろう。

 

「最期の晩餐」という妄想遊びがある。人生の最期に何を食べたいかを想像するのだが、本気で考えだすと意外に奥の深い独り遊びだ。
たぶん一番人気は「お袋の味」ではないだろうか?だが、これはあくまで妄想であり現実には食べられない。多くの人は母の料理を慕う年代には、既に親を亡くしているからだ……
カレーを通して母との絆を深めていった山口さんは、この妄想遊びを実現できる数少ない幸福な息子の一人にちがいない。 

 

終わり

 

CURRY BAR GAKU

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