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カレーマン外伝 こだわりのカレーマン

宮﨑 克
カレーマン外伝 こだわりのカレーマン

「こだわりのカレーマン」②


 

『バングラデシュのカレー』帰化した舌が作った『自由カレー』
和牛炭火焼肉『牛将』 ●堀切菖蒲園

 

葛飾の街に幻の神カレー店があった。

都心の名だたるカレー店にも引けをとらない 極旨カレーを庶民価格で提供していたのだ。

 

「その店の名はバングラデシュカレー『印将』」。

 

幻の名店のオーナーシェフ、橋本羅名・通称ラナさんは、バングラデシュ人。今は葛飾区堀切菖蒲園駅のそばで、焼肉店『牛将』を経営しているラナさんに バングラデシュカレーの特徴を聞いた。

 

「バングラデシュは貧しい国なので、高価なスパイスはインドより少なめです。それが素材の味を大切にする和食に似て、日本人に好まれるのだと思います」

 

流暢な日本語で答えてくれたラナさんは、来日30年目だという。 11人兄弟の長男であるラナさんは、23歳の時、家族を養う目的で来日した。兄弟の二人は食料不足などで命を落としていた。

「昼間は工場、夜は居酒屋、土日は洋服店で働きましたよ」

まさに365日働きながら、日本語を学び、実家への仕送りも続けた。

「一生懸命頑張る人を応援する風土が、日本にはありますから。本当に感謝してます」

貧しい異国から来た勤勉な青年を、社長や同僚たちは親切に応援してくれたという。 ラナさんが持つ前向きな明るさは周りの人たちから愛された。 では、日本人の奥さんも?

 

「いいえ。私の一目惚れでした。つき合うまで3年もかかりました…」

ラナさんは結婚を考えて焼肉店に転職。そこで店舗をまかせられるまでになり、経営術も学ぶ。3年後に念願の独立を果たした。 しばらくは順風満帆だった。店舗を増やし、『印将』も開店した。

 

 

「バングラデシュと日本の架け橋になりたい」

高い志を胸に、バングラデシュで会社を興す。だが、両国を往復する生活を続けたため、各店舗に目が行き届かなくなってしまった。 狂牛病、リーマンショック、大地震など、様々な困難は乗り切ったが、現在は焼肉店『牛将』の一店舗の経営だけに集中している。
だが…またしても新型コロナ騒動が勃発…

 

「そこで考えたのがレトルトカレーへの挑戦」。作ったのは標準的なバングラデシュカレーではなかった。川魚が豊富なバングラデシュでは、近所の川で捕まえた魚に、庭で自生している3、4種類のスパイスを入れたフィッシュカレーが一般的だというが…

 

「バングラデシュは広いです。『自由カレー』は、南部の農家に住む母が、大切なお客さんが来た時に作った味を元にしています」

 

『牛将』店主 ラナさん

 

 

陽気な笑顔と共に、ラナさんが取り出したのが、レトルトの『自由カレー』!

旨い! タンドリーチキンの旨味が濃厚で、ジャガイモ等の具材が、ゴロゴロ入った食感に驚く! 19種類入れたというスパイスも効いている。

 

「この味を出すために、メーカーの担当さんと8か月、8回も作り直しました」

そう苦笑するラナさんだが… (8か月じゃない。かかった歳月は、30年なんだろう…) 食べながら、僕はそう思った。それは、遠い異国のエキゾチックな味ではなかったから。

 

「味噌汁が好き」というラナさんの舌は、来日し、結婚し、子供を育てていった長い歳月を経て、日本に帰化したにちがいない。

 

終わり

 

和牛炭火焼肉『牛将』

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