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原案者・夏原武氏による 連載コラム 【『正直不動産』取材こぼれ話】

夏原武
原案者・夏原武氏による 連載コラム 【『正直不動産』取材こぼれ話】

【『正直不動産』取材こぼれ話 第8回】


 

講演していて思うこと

 正直不動産を始めてから、さまざまな講演を依頼される。多くは宅建協会などのいわゆる業界団体主催のものなのだが、時には200人を超える人を前に話すこともある。言うまでもなく筆者は物書きであり、人前で話すことは大の苦手だ。しかし、作品の宣伝になればと厚顔無恥を曝しているのである。

 

 不動産業者が中心のときもあれば、一般ユーザーが中心のときもある。どちらにしても、話すことは不動産の話なのだが、当然ながら業者と一般ユーザーでは求めているものが違う。

 

 業者に対しては「業界の問題点」「あるべき姿」「これからの業界」といった内容になる。はっきり言って、業界人でもない筆者が話すのはおこがましいにもほどがある。しかし、作品制作を通じて多くの関係者に話を聞いて気づいたことや、思うことを伝えることには意味があるだろうと思っているし、実際、終了後に好意的な反応をいただくことも多い。

 

 一方、一般ユーザーに対しては、漫画やドラマの話などもすることになる。どうして不動産を漫画にしようと思ったのかや、「嘘がつけない」という設定を思いつくまで苦労したこと。ドラマになったときの感想や、大人気スターである山下智久さんとの話など(何しろ『クロサギ』でも主演いただいたわけだし)。こちらは、別の意味で好評をいただけて嬉しく思う。

 

 なぜ、こんなことを書いているかというと、最近になってやっと講演に慣れてきたのか、話していて聴衆の方々の顔を見ることができるようになったからだ。自分の話のどこに反応されているのか、また、どんな話を聞きたいのかが、少しだけ分かってきた気がする。

 

 同時に、実際に業界人・読者・視聴者と触れ合うことの大切さも強く感じる。我々は漫画という媒体を通して読者と接するわけだが、その本当の声というのは、なかなか聞こえてこない。講演というスタイルではあるが、そこで生の反応に接することの大切さが、やっと分かった気がする。

 

 とはいえ、講演が苦手なのは変わっていない。

 

空き家の現実

 空き家問題は社会問題になっている。日本全体で1000万戸に届こうかという数字を見てもわかるように、もはや一地域、一地方といった話ではなくなっている。

 

 これは全国どこで取材しても出てくる話で、空き家をどうすればいいのかは、自治体・不動産業界・地域にとって頭の痛い問題なのである。

 

 一部では空き家をリノベーションすることで新たな利用方法を模索している。カフェや図書館、地域の集会所、作物栽培などさまざまなトライが行われている。 それはそれでいい。

 

 だが、実際に現場を訪れてみると、その深刻さに対応し切れているとはとても思えない。国は固定資産税を上げることで対応を始め、自治体もそれに並行して空き家処理の補助金などに着手している。では、実態はどうなのか。

 

 都内でもっとも空き家の多い世田谷区を訪れてみると、もともと都内で二番目に面積が大きい区ということもあり、イメージとはかなり違う。ゆったりとした住宅街なのに、歩いてみると空き家がぽつぽつと混在している。周辺で話を聞いてみると、居住者が死亡したことで物件が相続されたが、その後誰も住んでいないといったケースが多かった。親と同居していない場合、すでに子供は自分で生活圏を作っているわけで、相続したからといって生活圏を変えることは現実的ではない。

 

 集合住宅の場合は賃貸に回すという手もあるが、それでも、リノベーションが必要だったりと費用が発生する。まして一戸建てとなれば、より費用もかかることになる。

 

 結果として、とりあえずは相続だけしておく、というものが目立つ。固定資産税が改定されたことで、放っておくわけにいかないと考えている所有者も増えたが、手つかずも多い。

 

 これが戸建て団地と呼ばれる私鉄沿線に存在する一戸建ての場合はより深刻で、高齢者ばかりの、そして空き家だらけの歯抜け団地になっている。落書きも増え、不審火やゴミ投棄も目立った。そして、人は去って行く。

 

 国家が駄目になるとき、それは治安の悪化がバロメーターになると言われているが、日本はこの空き家問題がその端緒になるのかもしれない。

 

地域性というもの

 北陸某県を訪れた時に感じたことがある。

 

 それは
・いわゆる大手系の会社が存在しない
ということだ。

 

 都市部では当たり前のように偉そうな顔で駅前など立地のいい場所に看板を出している大手系の会社がまったくないのだ。街並みになんとなく違和感があるな、と思ったのは、あの看板がないからなのだった。

 

 「日本中をカバーしてます」みたいな話をしたがる大手なのだが、実際にはそんなことはない。大手は「儲かる場所でしか商売をしない」のである。したがって人口の少ない県には進出しないのである。

 

 資本の論理としてはとても正しいのだが、では、そういういわゆる大手が業界をリードできるのだろうか。

 

 筆者はいつも言っている。不動産業界を良くできるのは、地場や中堅の不動産会社であり、大手はまったく当てにならない。つまり、ボトムアップで変わる業界なのであり、トップダウンでは駄目なのだ、ということ。それを実際に肌で感じるのは、地方に行ったときというわけだ。

 

 北陸は持ち家志向の強い土地柄で、若いうちこそ賃貸に住むが、三十代で家を建てるのが一般的だという。土地代も安い(10万や20万)ため、それなりの広さ(50坪前後)に、そこそこの家を建てても、3000万から4000万程度で済むわけで、これならば普通に働いていれば返せるローンだろう。

 

 ということはつまり、業者にとってそれほど美味しい仕事ではないということなのだ。都市部のようにパワーカップルだなんだとおだてて、身の丈を超えたローンを組ませて高額物件を仲介したほうが商売としては美味しい。

 

 筆者は別にそれがいけないとか間違っていると言っているのではない。地場や中堅と大手というのは、そもそも、不動産ビジネスに対してまったく違った考え方を持っている、と言いたいのである。

 

 どう受け取るかは皆さん次第だ。

 

防犯は大切

 都内某所の不動産屋で話を聞いていたとき、こんな話が出た。
「これからは防犯対策も売りになると思う」
近年、頻発している闇バイトによる強盗事件を念頭に置いた話だ。この不動産屋は地場の業者で社長以下5人の小さな業者だが、長く営業していることから地域のことには詳しい。

 

 「昔はね、せいぜい不良少年がコンビニ駐車場に溜まってるとか、数台のバイクや車がうるさい程度だったんだよ、この辺りは。治安が思ってるより悪くなかったんだけどね。でもさ、質屋襲われたりなんてのが起きてくると、そうは言ってられないよね」

 

 社長曰く、「やんちゃな子の多い地域」らしいのだが、深夜に騒ぐ程度とは訳が違うのが昨今の強盗事件だ。
「マンションもオートロックは最低限だよ。本当はね、エレベーターもカードキー等がないと動かないようにしないといけない。オートロックの脆弱性は有名だろ。居住者の後から入っちゃうことできるんだから。非常階段にしても簡単に入れちゃうから、そこも改善しないといけないけど、消防法もあるから」
結局のところ、まだまだだ、という。

 

 「これが戸建てとなるともっと深刻だ。この辺りもさ、周辺歩けば畑があったり、工場があったりするだろ。そういうとこってのは、つまりは隣家が遠いわけだよ。となると、押し入られる危険性は高くなるじゃないか。だからさ、最近はそういう防犯業者とも、いろいろ相談してるのよ」

 

 社長は、防犯関連業者とも話をするようになり、さまざまなグッズや、強盗犯の心理なども勉強したという。
「人感センサーのライトなんて単純だけど効果はあるって。明るいところは苦手なんだよな。あとはさ、昔から言われてるけど、高過ぎる塀は駄目なんてのも基本だよね。それとさ、ガラス。シャッターあるなら閉めたほうがいいって。割られてしまうからね、ガラスは。このままずっと強盗増えるかどうかは知らないけどさ、警備会社ももう少しリーズナブルな価格設定にしてほしいよ」

 

 茶飲み話的な会話だったのだが、戻ってきた営業に聞いても、そういう相談事も出てきているという。
「不動産屋もさ、物件だけじゃなくてそういった防犯とか環境ってのをもっと気にする時代になってるんだろうね」

 

 最後の社長の言葉が印象的だった。

 

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