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原案者・夏原武氏による 連載コラム 【『正直不動産』取材こぼれ話】

夏原武
原案者・夏原武氏による 連載コラム 【『正直不動産』取材こぼれ話】

【『正直不動産』取材こぼれ話 第2回】

『正直不動産』では様々な職種の方に取材させていただき、お話を伺っています。すべてを作品で取り上げているわけではありませんが、取材のたびに新しい驚きなど、刺激を受けております。そこで、そうした取材の中からちょっとした、いわば「裏話」を披露させていただくことになりました。なお、時系列的には連載と前後することもあります、また、必要に応じて特定を避けるための工夫もありますことをご了承ください。

 

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「搾取マンション」余話

 『正直不動産』第9集に収録されている「搾取マンション」(第69・70直)に関する取材は、実に印象深いものだった。単行本巻末エッセイでも触れているのだが、ここではもう少し詳しく記したい。  

 もともとこの話は不動産ジャーナリストで筆者も対談したことがある榊淳司氏から教えて貰ったものである。いわく「とんでもなくひどいマンションがある」と。筆者も長年取材をしてきているので、本来ならこういう「とんでもない」という話はあまり信用しない。“謳い込み”というやつで裏社会や金融業者などがよく使ってくる。結局は自分にプラスになるようにどこかの雑誌で書いて貰えないだろうかというのが狙いだ。

 しかし、榊氏の場合はそういう人物ではないし、そもそも、そんな必要も無い。利するならいくらでも氏自身が執筆しているメディアがあるからだ。その氏が「とんでもない」というのだから、「期待できる」となった。

 話には事態に関わっている弁護士も同席し、詳しい資料と内実を教えて貰った。途中まで、ややわかりにくいかなと思ったのだが、話が進んで行くにつれ本当に「とんでもない」話であった。本編作品を読んでいただければ大凡(おおよそ)のことはわかると思うが、書き切れない部分も当然あった。筆者が強く感じたのは本来ならば利益を追求するのではなく、住宅事情を安定させることが目的の組織が、特定企業の営利に関与し、事態改善に向かうつもりがさらさらないという、その体質の酷さだ。

 

 マンションの管理組合は多数決の世界だ。民主国家・法治国家である日本なのだから当然とも言えるが、過半数を握る側に悪意があった場合、それを止める手段がない。管理費の増額も思いのまま、特定管理会社に委託するのも自由。残念ながら、モデルとなったマンションは今後ともその状態が続くだろうし、うかつに中古を購入でもしてしまったら、それは大失敗の買い物となるだろう。

 環境や建造物の構造、間取りといった基本的な部分だけではなく、どのように管理されているのか、その運営はどうなっているのか、居住していく上ではこれらも大切なポイントだということを改めて知らされた事例であった。エンタテインメントとして仕上げるのには、脚本・水野光博氏もそうとう苦労したことだろう。何しろ、もしルポで取り上げたなら訴訟沙汰すらあり得るような案件だったから。社会派エンタテインメント漫画に関われて幸せだなと思うのは、フィクションであることから、思いっきり踏み込める、こうしたケースに触れたときでもある。

 

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ブローカー

 不動産仲介は一般的には、免許を持っている不動産会社(の営業マン)が介在して行われる。が、そればかりではない。ブローカーと呼ばれる存在があり、また、大会社であっても頼ることもあるのだ。

 ブローカーについては、かつて「別冊宝島」でルポしたこともあるのだが、不動産についてはバブル期の沸騰して狂った状態の話が中心だった。午前中に購入して午後に売れば倍になる、と言われたあの時代だ。今はむろん、そんなことはない。しかし、ブローカーは相も変わらず巧みに業界を泳いでいる。売りたい人と買いたい人を見つけて間に入って手数料で儲けるのだから、基本的に仲介業者と変わりはしない。ただし、それを見つける能力は抜群でもある。

 ブローカーの取材は難しい。筆者は昨夏、あるブローカーに複数回取材したのだが、大いに困惑させられた。ちょうどフルコミッション業者の取材や地面師の取材などもあり、それらにも通じた東京・赤坂を拠点にしているブローカー氏と連絡が取れたのだ。「なんでも話してやるよ」という40代後半のブローカーは、日焼けしてガッチリした体格でいかにもやり手の雰囲気であった。覚えている方も多いと思うが、昨夏も猛暑だった。その猛暑の中、あちこち引っ張り回され、最後には「大規模開発にも繋がる」と、都下の日野にまで連れていかれたのには閉口した。

 

 話自体は面白かった。たとえば、六本木のTSKビルがなぜあそこまで揉めたのか、関わった業者は誰で、ヤクザ組織はどこでといった裏話など、筆者の知っている情報とすりあわせても、より深いモノだった。とはいえ、そういう話は『正直不動産』では使えない。基本的には『正直不動産』の取材なのであるし、それは相手も知っている。

 フルコミッションのやり手を紹介してやると言われて、夜の六本木に連れて行かれたものの、相手はすでに酔っているし、ブローカー氏もメートルをあげていく。しまいには「まあ、明日の昼間に話をすればいいじゃないか」と、単なる飲みの場にしてしまう。とはいえ、そこで引き下がったのでは意味が無い。すでに2日も無駄にしていたからだ。

 実は酒の場は、相手によってはいい取材場所になるのだ。かつて『クロサギ』でヤクザまで騙した詐欺師の話を取材した時は銀座のクラブのチーママが情報源のひとつで、当然ながら営業中に訪れて話を聞いた。チーママだけではなく、その店にはヤクザも来ていて、何度目かには話を聞くこともできた。

 ブローカー氏が嬉しそうにホステスと話しているが、フルコミのやり手と紹介して貰ったM氏のほうはあまり楽しそうでもない。疲労の色が滲んでいる。世間話というか、筆者の仕事の話などをしていると「クロサギは知ってるよ。あれは面白かったなあ、地面師とかもでてきたしなあ」と乗ってきた。大がかりな地面師事件が起きていたこともあり、そのあたりから話は盛り上がる。フルコミの話に持っていくのは苦労しなかった。その内容については、本編作品で取り上げているが、あれはこのM氏ほか数名のフルコミに聞いた話を元にしている。

 無駄かもな、空振りかもな、と思ってもこのブローカー氏のように誰かに繋いでくれる可能性は常にある。野球の打者は3割打つと名選手と言われるが、取材の場合は1割平均であたりをとれたら、成功と言っていいだろう。もっとも、『クロサギ』『正直不動産』に関しては、野球の名選手ぐらいのヒット率で、これは間に入ってくれている紹介者のおかげでもある。

 このブローカー氏とは今でも繋がっている。時折、ネタがあると電話をもらうこともある(コロナのおかげで、電話が中心になってしまった)。とはいえ、使えそうな話は少ない。  

 

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