2022.02.10
フランス語版『重版出来!』現地フランス製版担当インタビュー
~日本マンガの海外版を印刷する時の工夫とは?~
コミック誌「週刊バイブス」の編集者・黒沢 心を主人公に、漫画業界で働く人々の姿を描く『重版出来!』(作:松田奈緒子)。その単行本が各国の言語に翻訳され、世界で読まれているのをご存じでしょうか。
フランス語版『重版出来!』単行本(2022年1月現在、第2集までグレナ社より発売中)巻末には、日本の出版業界とフランスの漫画事情の違いにフォーカスしたフランス独自の記事が掲載されています。その記事が非常に面白かったので、特別に日本語訳して皆さんにご紹介したく思います!
フランス語版第1集では営業担当、カンタンさんにインタビューしていましたが、第2集に載るのはグレナ社の制作部で働く方のインタビューです。
『重版出来!』は漫画家や編集者だけではなく、これまであまり知られなかった漫画を支える人達の姿を描いていることでも知られる作品ですが、もちろんフランスでも様々な縁の下の力持ちの活躍が出版業界を支えています。
普段わたしたちが知ることのできない、フランスでの漫画の作り方はどうなっているのでしょうか――。
>>『重版出来!』第一話試し読みはこちら
Réimp' ! – tome 02(『重版出来!』第2集)巻末インタビュー
ET EN FRANCE? ~さて、フランスでは?~ 製版編
シリルさん、読者の皆さんに自己紹介をお願いします。
シリル:『重版出来!』の読者の皆さん、こんにちは。シリルです。私は2004年からグレナ社で仕事をしています。具体的にはアルプス地方の代表的な町、グルノーブルにあるグレナプロダクション社のグラフィックデザイナーをしています。
制作部の1つ目の仕事は、書籍のレイアウトを作り、印刷会社に送るためのファイルを作成することです。2つ目は、これらのファイルを重版時のためにアーカイブ化することです。
私は働き始めた当初から漫画とBD(バンド・デシネ)を担当してきました。
『重版出来!』では製版担当の人が作家の原稿のスキャンとレイアウトを担当しています。これはフランスでも同じですか。
シリル:フランスでも同じです。フランスの出版社の多くは『重版出来!』の中にもあるように、製版は外部に発注をしています。ただ、グレナ社の場合は製版も社の一部になっています。
製版は、まずはスキャンから始まります。ここでは担当者が作者の原稿をデジタル化します。また、彼らは色味の調整も得意としているので、ファイル化されたもののカラーがオリジナルと一致しているかどうかの確認もします。
シリル:それからファイルの準備です。ここでグラフィックデザイナーがファイルをきれいにしてからレイアウト化します。もちろんこれらの作業はBDの場合に行うものです。日本マンガの場合はマンガ編集部から、すでに最終レイアウトのファイルが送られてくるからです。
我が社では漫画制作を大規模に行っているため、テキストのレイアウトをするのは外部の専門の人たちです。ですから私がする仕事は、提供されたファイルが印刷に適しているかどうかの確認など、プリプレスの仕事です。プリプレスというのは、印刷機(昔、フランス語では印刷機をプレスと呼んでいました)にかける前にする作業を指します。
こうしてプリプレスの確認作業が完了したら、受け取った全てのページをpdf化します。たとえば192ページある場合は192のpdfファイルを作成し、さらに表紙とカバーのpdfもそれぞれ用意します。それ以外に、カバーがカラーなので、トレーサー(色校正)を印刷し、日本版のカラーに忠実であるかの確認もします。
編集者の確認作業が完了したら、校正後にフランス、場合によっては日本からテキストやカラーの修正があった場合もそれを反映させます。
フランスでは漫画は単行本として出版され、雑誌に掲載されるということはあまりありません。これは制作にかかる時間と関係しているのでしょうか。制作にかかる時間は『重版出来!』で見られるくらい短いものなのでしょうか。
シリル:フランスでは、BDの場合ならそうだと言えるのではないかと思います。というのも、BDの場合は作品の最初から最後まで途切れない流れ作業のように担当をするからです。原稿が遅延していた作家さんが一枚一枚原稿を上げてくるので、それを私たちが一枚ずつ作業していったということもありました。ちなみにこの作品のタイトルはここでは言いません!
BDではないフランス発のマンガは、場合によります。私たちは雑誌の制作スピードに合わせる必要がないので、『重版出来!』のように短い期限では仕事をしません。ただし、作品によっては一枚ずつスキャンするということはあります。たとえばクリストフ・コワントーの『Wind Fighters」3巻では最初の原稿は何枚かスキャンしました。でも、最後の方の原稿はする必要がありませんでした。というのも、作家自身が創作を途中でデジタルに切り替えたからです。
原稿が完成したら、黒沢心は編集長の校了を待ちます。フランスでもこの流れは同じでしょうか。
シリル:まず、校了とは何かを定義しなければいけません。これは作品の責任者が承認をするということで、最終校正を検証し、印刷に回しても問題ないということを意味します。そこで、作品は校了となる、つまり印刷に回してOK、となるのです。なぜ校了(bon à tirer)という言い方をして、印刷に回しても良い(bon à imprimer)という言い方にはならないのでしょうか。それはおそらく、印刷部数のことをtirageと呼ぶからではないかと思います。
さて、質問に戻りますが、フランスの手順も非常に似ています。pdfを出力したら、pdfをもとにしたゲラを編集に送ります。これをフランス語ではホッチキス版(piqués métal)と呼ぶこともあります。閉じるためにホッチキスを使うからです。
編集者は校了前にこのゲラとカラー校正を確認します。そこから、印刷にファイルを回すという流れです。
ちなみに、フランスで出版されるマンガは、最終的なファイルの全部または一部に関して、日本の出版社から事前に承認を得る必要があります。
日本のマンガ単行本の準備段階でのエピソード、印象に残っている思い出はありますか。
シリル:インクに関してです。日本とフランスでは使っているインクの種類が違います。日本のカラーになるべく近づけるために、スキャン担当者はカバーの色校正に時間をかけます。たとえば赤を少し加えたり、黄色を減らしたり、そして絵のどの部分に集中するべきか、などなど。色の調整というのは本当に細かい作業なのです。
もう1つエピソード。ほとんど重版がかからないマンガの場合、ファイルを開くためのソフトがもう制作部では使われていない形式だったりします。このような場合、古いファイルを最新のツールに適応できるような形に変換する必要があります。でもこの作業中にテキストが飛んでしまうことがあります。これは、正式版とは異なる場所にセリフのテキストが動いてしまう!というような状況です。画像が動いてしまうこともあり、これもミスの元になります。したがって、私たちはこのようなケースに対しては特に気を使うのです。
最後にもう1つエピソードをお話ししましょう。『岳』(作:石塚真一)という山がテーマの漫画がフランスで出版された時のこと。グレナ社の社長、ジャック・グレナは山の愛好家なので、自ら校正をしたということがありました。
ご回答ありがとうございました。
シリル:日本の作家の方々の創作力に感謝いたします。漫画バンザイ!
※ ※ ※
洋の東西を問わず、漫画の単行本ができるまでには熱い想いを持った人々の仕事の積み重ねがあり、働く人の物語があります。その成果がどんな形になっているか気になる方は、ぜひ『Réimp' ! – tome 02』(フランス語版『重版出来!』第2集)を入手してご自身の目で確かめてみてください!
※『Réimp' !』(フランス語版『重版出来!』)は現在第2集まで発売中です! Amazonなどの海外通販サイトでは日本からフランス版単行本を買うこともできます。
※構成/平岩真輔
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