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週刊スピリッツ

2022.04.25

第一回スピリッツ新人王開催記念 魚豊氏インタビュー 前編

週刊スピリッツ

その1 プロフィール編

 

 ビッグコミックスピリッツの月例新人賞「スピリッツ賞」がリニューアル!半期に一度、最前線で活躍する漫画家さんが審査員長となり、最も面白い投稿作を決定する「スピリッツ新人王」が始動しました。
記念すべき第一回審査委員長は、禁じられた真理を探求する人々を描いた一大叙事詩『チ。―地球の運動についてー』作者・魚豊(うおと)氏。

 前編となる本項では、数年前までは投稿者の一人だった魚豊氏が、読切掲載時代に何を考え、どんな経験を経て連載を勝ち取り、若くして時代を席巻する大ヒット漫画家になっていったのかに迫ります。

(インタビュー=輔老 心)

 

Q. 初めて漫画を描き始めてから、誌面デビューを果たすまでの経緯を教えてください。

 

 小さい頃から絵を描くのが好きでした。ある時、偶然『バクマン。』を見て「こういうふうにやれば漫画家になれるんだ」と知り、13歳の時に初めて投稿をしました。
当時はギャグ漫画を描いていましたね。友達とも冗談をよく言っていたので自分にとっては身近で、描けるかなと思って。『賭博黙示録カイジ』(福本伸行著)が好きで 手に汗握って読んでいたんですけど、自分にはストーリー漫画なんて描けるわけないと思っていて。もちろん今からしたら、ギャグ漫画のほうが描くのが難しい事は身に染みて感じるのですが…

 最初に賞をいただいたのは、高1の終わり頃。少年誌の月例賞の最終選考に残って 初めて誌面に名前が載って、担当の編集者さんがつきました。その担当さんに作品を見せるために、17歳の時に編集部に初めて持ち込みをしたんですけど、それが芳しくなくて… その頃から自意識過剰で被害妄想気味だったので、「この担当さんはもう無理なんだ」という感じになってしまいました(笑)。

 それで別の少年誌に持って行ってみたんです。賞には引っかからなかったんですけど、そこでも担当さんがついてくれて「セリフが面白いからストーリーものをやってみたら?」とアドバイスを受けました。これが最初の大きな転機です。
自分にはストーリー漫画なんて描けないと頑なに思い込んでいたので。(・・・とはいえ当時描いていたのは「他人から見ても当人から見ても、どうでもいい事をすごく真剣にやっている奴がいる」みたいな内容のギャグ漫画だったので、描いているテーマとしてはある意味、今と変わらないんですけどね(笑))

 それで初めてストーリー漫画に取り組んでみたものの、話の組み立て方が何もわからなかったんです。分量の相場感もわからず、100ページのネームになりました(笑)。出来は本当にひどかったですね。話はあちこち飛ぶわ、無駄なサブストーリーが同時に走っているわ、キレはないわで、全然面白くなくて… 

 それを担当さんに見せたら「100ページ中、この4ページ以外全部要らない」と言われて。担当さんが示してくれたその4ページはキャラクターの感情が出ている箇所だったんです。なので、それを基礎に立て直そうということになりました。

 そこからどう直したらマシになるか悩み続けて、そしたらある夜、寝ようと横になった直前に、急に頭の中に浮かんできたんです。「骨組みだ!こんな感じで軸を立てていけばいいんじゃないか!」と。すぐに起きてメモしました。
「①最初に出会いがある。②その出会いがうまくいって調子に乗る…が、強い困難が出てきて挫折する。③そこでもう一回奮起してクライマックス」。
今振り返るとなんてことはない、お手本通りの三幕構成なんですけど(笑)。
それを100ページのネームに当てはめて組み直して。スクラップ&ビルドという感じで、当初よりパワーアップした全然違う完成形のネームができて、それがWEBにも掲載されることになった『パンチライン』という初のストーリー読切になりました。これが第二の転機です。

 その数作後に描いた『佳作』という作品が「マガジン新人漫画賞」の入選を受賞して、デビューしました。「テニスをしている人の漫画」を、出会い(ここをちょっと捻りました)→挫折→奮起という三幕構造に当てはめて描いた作品です。

 

▲『佳作』より(https://pocket.shonenmagazine.com/episode/10834108156640709363

 

Qそこから『ひゃくえむ』で初連載に至るまでに、どんな苦労がありましたか?

 

 読切の『佳作』が「別冊少年マガジン」に載った後に、「連載用のネームを描きましょう」という運びになったんですが、今度はその長編の書き方がまったくわからなくて・・・ 読切であれば、結末まで50ページ以内のボリュームと決まっているので、三幕構成の構造を当てはめられたんですが、連載となると、結末まで100ページになるのか、500ページになるのか、1万ページになるのかわからない。全体の尺のサイズがわからないから、どう組み立てればいいのか見当もつかない。それで本当に何もできなくなってしまって、半年くらい唸って悩んだんですが、ここでまた転機が来ました。書店で偶然見かけた『スクリプトドクターの脚本教室・中級編』(三宅隆太著)という本を手に取った事がきっかけです。

 それまでは「自分の力で書いてなんぼだろ!」というマインドで、脚本術のハウツー本を読む事は無かったのですが、その本は「人が何を面白がるか」とか「どういう行動を自然だと受け取るか」とか、書いてある内容が単純にエンターテインメントとして面白かったんですね。読切が描けない人はまず『初級編』から読んだ方がいいんですけど「30分の脚本はかけるけど、2時間モノ、連ドラの脚本が書けない」という人に向けて書かれたのが『中級編』でした。だから当時の僕には正にうってつけの本。
キャラクターの立て方に関しても具体的で実践的なことが書いてあって、これを読んだ事で自分の中に背骨が入った感覚でした。これで立てるぞと。もちろんその上で、魂とかメッセージとか、自分の色が乗ってこないと面白い作品は作れないとは思いますが、その時の僕はそもそも「構造という背骨」がわかっていなかったので、それをうっすらでも知れたのは大きかったです。これが三つ目の大きな転機でした。

 それ以降、連載漫画のネームが作れるようになって、初の連載作品『ひゃくえむ。』でも、それぞれ「恐れ」を持った二人のキャラクターを中心に、100メートル走に賭ける男たちを、過不足なく5巻分のサイズで描ききることができたと思っています。

 

Q. 『ひゃくえむ。』の中には、「人生なんてくれてやれ」という強度のあるセリフが出てきます。「その一瞬のためなら、何度でも人生棒にふれる」とも。どんな思いで絞り出したセリフですか?

 

 高校生ぐらいの頃から、死ぬのがすごく怖くて。毎晩眠れない状態でした。「どうせ死ぬのになんで生まれたのかな」とベタな疑問にうなされてました。今はその恐怖が薄れた事を寂しくも思いますけど。それで「どうせ死ぬんだったら生まれて良かったと思えるようになりたい」と、当たり前ですが強く思うようになりました。「どうせ死ぬ」の「どうせ」って、絶望でもあり希望でもあるなと思います。「どうせダメでも死ぬだけで、エンディングは全員平等なら好きなことすればいいじゃん。棒に振ったっていいじゃん」というニュアンスで書いたセリフなのかなと。
もちろんそれは個人の心の話で社会的なメッセージでもなんでもないですが(笑)

 ちなみに寝る前に死ぬのが怖くなったのは、その『ひゃくえむ。』の最終巻が出た後でしたね。この作品は「マガポケ」というアプリで連載が始まったんですが、1話が載る時はベタに「これで人生変わる!」と思っていました(笑)。
でも、実際はビュー数が全然少なくて、人生でトップレベルに落ち込んで・・・ その後さらに、「単行本は出ません」と言われて本当にショックで…さっきからショック受けた話ばっかりして申し訳ないですが…

 でもそれなら自費出版しようかなと思ったんです。「ひゃくえむ。は単行本は出ないらしいので、自費出版すると思います」とツイートしたら、結構な数のリツイートをしてもらえて、それがきっかけで「マガポケ」で読んでくれる人の数も増えました。その結果、単行本もちゃんと出版社さんから出ることになったんです。完全に読者の皆様に救われましたね。

 「大きい出版社から自分の漫画の単行本が出る」という事は、自分にとってすごい自信になったし、初連載を予定通り最終回まで妥協なく描き切れた事にも達成感がありました。それ以来、寝る前に死ぬのが怖くなくなったんです。
ちゃんと眠れるようになりました。今思えば、連載中は「明日もし事故って死んだら、完結しないで終わっちゃう。だから死にたくない!」と思い込んでいたのかもしれない。

 

Q.2作目の連載作 『チ。―地球の運動について―』が大ヒットして、世の中に大きく評価されましたが、作品が生まれた経緯をお聞かせください。

 

 読切や5巻分の『ひゃくえむ。』を描いたりしていた時までは、半分くらいは自分の「ムカつく気持ち」みたいな衝動を原動力にして漫画を描いていたんですが、僕は「狭いクラス」の話と「漠然とした世界」の話両方好きだったので、2作目の長期連載をやるにあたって、後者の方をやろうと思いました。

 

▲『ひゃくえむ。』新装版(下)より

 

 それと、新たな編集者との出会いも大きかったです。同じく「漠然とした世界」が好きな編集者さんと会って、その人はビッグコミックスピリッツに所属していて。そこから『チ。』が出来ていきました。

 

Q. 『チ。』には、どうしてあんなに色濃く「託す」というテーマが込められているのでしょうか?

 

 ずっとぼんやりとですがニーチェが好きだったんです。本をめちゃくちゃ読み込んだとかはないのですが(笑)

 でも印象深いと思うエピソードが色々あるというか、『ツァラトゥストラはかく語りき』の4部って当時刷ったのは40冊くらいだったらしいんです。しかもそれすらハケなかった。「そんな誰も読んでいなかった本が、200年後に極東の島国の学生に届くのか・・・!!」と痺れました。「残す」って本当に凄い事だなと。

 そうやって古い本を眺めてたりすると「2000年も前の言葉や、紀元前400年の言葉が、今の僕の背中を押すって、どういうことだ?」とその威力に驚かされます。 人はいずれ死んでしまいますが、誰かがその想いを言葉という形に固定化して後に託すと、彼らから僕まで繋がる。それで「託す」というのはとても凄い事じゃないかと思うようになりました。

 それに歴史上においても何か大きいものが動く時というのは、一人の天才が全てを動かすって事はありえなくて、必ずその天才の後を受け継いでいった人達がいるんです。科学の営みなんかも、そうやって次の世代、また次の世代で改善されていって―― その「一人じゃないこと」こそが、人間という種の持つパワーだと思うんです。
「一人の天才」というテーマで物語が描かれることは多いですけど、『チ。』では「どんな天才だって踏み台になるし、どんな天才でも間違っているし。そういった天才たちの屍を乗り越えて進んでいく人間のダイナミズム」みたいなものを描きたかった。

 ガリレオ・ガリレイも「書き留めよ。議論されたことは風に流されてはいけない」と言っていて、その言葉も「アツいな」とずっと心に残っていました。書き留めないと流れていってしまうけど、書き留めたなら、たとえ最初は40部しか刷られなくても、200年後に生きる生活様式もリアリティーも全然違う高校生に届くかもしれない。真理や核心に迫る極限の言葉は何千年後にだって届く可能性があるし、昔の人と会話することはできなくても、その言葉に今を生きる人間が背中を押される事で、時を超えてコミュニケーションが行われる気になる。そういうのも好きな感覚です。

 

▲『チ。ー地球の運動についてー』2集より

 

Q. 自分の作品を「誰」が読むのか。読者の顔は浮かべて描きますか?

 

 やっぱり高校生の頃の自分ですかね。「こんなの読者に媚びてるだけ」みたいな読み方をしてくる嫌な読者ですが。

 それと、小さいころからお笑いが好きだったので、そこのお客さんとの距離というか、大衆芸術の姿勢は憧れがあります。 お笑いの要素は漫画にかなり活きると思っていて、フリオチとか3段落ちとか天丼とか、実用的ですぐ使える面白の構造もありますが、それ以外にも奥が深いというか、例えば「ツッコミの文化」って「お前、それ違うよ!」って言われることですよね。お笑いはツッコむことで、常に価値や判断が相対化されると思います。 なので当然の話かもですが、誰もがボケと分かっていることをツッコむのでは想定内だから面白みは少ないと思います。

 恐らくその出力が最大公約数的なるのは、観客が「ボケ」の行動の違和みたいなものを感じ取ってるのだけど明確に理解出来ないものを、ツッコミが一歩先を行ってツッコむ時。 そうなると、ツッコミは「ただの同調圧力」ではなく、「無意識化に形成されつつある一般意志を掴みながら、同時に、その少し先の新しい特殊意志的な価値観の提示」と言った技になってくる。

 とはいえ単純にはいかないのが、ツッコミ自体も万能ではなく、間違ったタイミングや、間違ったところに入れば、それはボケに転換し得るという所。

 

 そうやって「それがボケなのかツッコミなのか」さえも観ているお客さんが判断するので、演者が「自分たちはこう思われたい」と決めた方向には絶対化してゆけない構造になっている。その「演者は常に観客の価値を相対化し、観客の固定観念を揺るがす。しかし同時に、観客が絶えず演者を判断する事で、演者側の過度な権威化も防ぐ”妙”がある事」というのは、お笑いという大衆文化の持つ凄みだと思います。 もちろんそれは寄席での話というか、例外は無限にあって、またその例外ならではの"先鋭化"の絶大な価値も途轍もなくあると思いますが。

 説明が長くなってしまいましたが、そういう見立ては個人的に漫画を描く上で応用できるし、読者さんを意識するときにもいいと思います。

 『チ。』が完結した今は、ツッコミを入れてくる高校生の頃の自分にも「まぁまぁ悪くはないんじゃないの」ぐらいは言われたいです。そこの所ばっかりは確かめる術はありませんが。

 ただ「お笑いのこと言語化してる時点で何もわかってないのに、それを新人賞のインタビューで長々と話すなんてシラケる。」とは確実に言われてるとおもいます。

(後編につづく)

>>インタビュー後編はこちらから


 

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