2014.12.19
愛嬌のあるアナログ感溢れる画風、乱暴で猥雑な時代の空気を活写した「怪作」!『あれよ星屑』/【連載】深読み新刊紹介「読みコミ」(7)
コミックを長く「店頭」からながめてきた視線で選ぶ、
元・まんが専門店主の深読み新刊紹介。
第7回 『あれよ星屑』 第1・2集 山田参助(KADOKAWA刊)
この作品に登場する30歳の兵隊が健在ならそろそろ100歳になる。戦中・敗戦直後の記憶を持つ人はもうとても少ない。私にもない。それでも昭和26年生まれの私のアタマの片隅には、この時代の臭いが少しだけ漂っている、とそんな気がする。もちろんそれは本物ではない。それは昭和30年代に近所の銭湯で大人たちが交わしていた会話の断片の記憶かもしれないし、日本の軍隊や兵隊が出てくるテレビドラマや映画の残像かもしれない。でもなぜか忘れてしまうには忍びない、切なさを帯びた懐かしさのような感覚がどこかにあって、この作品を読み始めたとたん、それが呼び起こされるのが分かった。斧で薪を割るような大胆な語り口、愛嬌のある人物、アナログ感の強い画風、それらが乱暴で猥雑だっただろうこの時代の空気をよく伝えている。
『あれよ星屑』第1集 山田参助(KADOKAWA)
第1集で描かれているのは、敗戦間もない頃の東京、焼け跡で暮らす人々の生活だ。戦争が終わり、復員船で浦賀に着き、東京に向かう汽車の中で親切そうに話しかけてきた男に荷物を丸ごと盗まれてしまった復員兵・黒田門松。空腹に耐えられず闇市でタダ食いをして捕まり暴れていたら、店の持ち主がなんと戦地での上官・川島だった。復興前夜の町では戦地から帰ってきた男たちと焼け跡に生き残った女たちが、それぞれの生命力を注いで即物的な日々を生きている。一方、そんなエネルギッシュな時代の荒波を乗り切れずに波間で溺れ死んでいく者たちもいる。戦争の悲惨から抜け出せずに自ら壊れ死んでいく者、相容れない利害の衝突に敗れ死んでいく者、唐突に、ただ理不尽に死んでいく者。そうした描写にも静かに迫ってくるものがある。
『あれよ星屑』第2集 山田参助(KADOKAWA)
第2集では戦時中の中国大陸での軍隊生活が回想される。前線の分隊で問題を起こして転属させられてきた気の荒い古兵連中に新兵を加えて作った分隊を、川島軍曹が監督することになる。軍隊に付きもののリンチを嫌う川島と一癖ある個性的な面々。その古兵の中に黒田門松一等兵がいた。気に食わない別班の上官には殴りかかるし、外出日にもブレーキの壊れた機関車の如く暴走する門松。その面倒を見る川島。やっかい事が重なるにつれ、お互いに信頼感を強めていく。その一方で軍隊の悪弊に与しない川島は将校に目をつけられる。人を殺したことのない川島は、部下の見る前で将校から中国人捕虜の斬首を命じられる。
門松の桁外れな生命力と、自らの「死」を担保に戦中・戦後を生きながらえていく川島。ふたりからこの時代の「生」と「死」の距離感がうかがい知れる。川島は中国人の首を斬り落とした夜、ひとり歩哨に立つ門松に酒瓶片手に近づいて行き「人間ってのはわからんな、命を取ったそばから命の種をまきたくなる...」と漏らす。この作品には頻繁に"売春"が登場する。戦争は「命」への想像力を失って暴走する。「生」と「死」の狭間にあって、無意識のうちにも男たちは、「命」を忘れないための手がかりを「女」に求めていたのかもしれない。
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(文・南端利晴)
【初出:コミスン 2014.12.19】
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