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2020.09.01

『塀の中の美容室』スペシャル対談!! 漫画家・小日向まるこ(著者) × 小説家・桜井美奈(原作)

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「刑務所の中の美容室で髪を切られる話」の『塀の中の美容室』単行本発売記念!!

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女子刑務所の中に、“一般人向け”の美容室がある。
美容師は――――受刑者。
天井から壁まで青空が描かれた美容室で、 現代を生きる女たちの人生が動き出す……

2020年8月28日に単行本化された『塀の中の美容室』(全1巻)。その発売を記念し、原作となった同名小説(双葉文庫)を執筆した小説家の桜井美奈氏と、原作を再構成して見事にビジュアル化した漫画家の小日向まるこ氏による、スペシャル対談が実現!! 90分におよぶ熱いトークをダイジェストでお届けします!!

 

>>第1話を読む

――まずは桜井さんにうかがいたいのですが、小説『塀の中の美容室』の企画の成り立ちは?

 

桜井: 女子刑務所に美容室があるという話を編集さんからいただいて、私の書き方に向いてるんじゃないかと。でも実際に刑務所の中にある美容室を取材してみたら、プロットがまったく変わってしまいました。

 

――漫画のほうはどういう経緯で?

 

小日向:担当さんにご提案いただいて小説を知りました。女子刑務所で、美容師で、短編で、とストーリーのさわりだけ聞いても私が好きそうな感じだったんですよ。で、すぐに食いついて。美容室の青空を描いてほしいと言われた気がします。

 

――原作で美容室の天井を青空にしたのは、どうしてなんですか?

 

桜井: 小説のあとがきに書いたとおり、その日すごく天気がよかったのと、そのころ読んでいた漫画の影響で「井の中の蛙」というフレーズを使いたくなっただけなんです。だから大きな理由はなかったんですけど、結果的によい効果が生まれましたね。とくに漫画になったときに、すごくきれいに見えるなと思いました。

 

――漫画化のオファーを聞いたとき、どう思いましたか?

 

桜井: 主人公の美容師がほとんどしゃべらず、物理的に動き回れない小説なので、描く人は大変だろうなと思いました。でも小日向さんが当時連載していた『アルティストは花を踏まない』(ビッグコミックススペシャル全1巻)の1話目が、セリフがほとんどない話だったので、これならぜひ描いてほしいなと思いました。

 

小日向:美容師がしゃべらないこと自体はそんなに苦でもなかった気がします。ただ風景があまり変わらないから、飽きさせないようにカメラを動かしたり、構図の工夫はありましたね。

 

――小日向さんは、小説を読んで「ここを描きたい」と思ったところはありますか?

 

小日向:小説を読んでいる間、イメージが浮かびやすかったんです。桜井さんの文章によるものもあるんですけど、自分の頭の中で映像が流れながら読んでいたというか。1話目がいちばん印象的だったんですが、雑誌記者の芦原志穂ちゃんが電車の中で、ぼーっとしている時間とか。ああいう時間がすごく好きなんです。鈍行でゆっくり景色が流れていく感じとか。そういうイメージがふわっと浮かんできて、あ、描きたいな、となりましたね。

 

――桜井さんはできあがった漫画を読んでみて、どういう印象を持ちましたか?

 

桜井: 美容室の中って、私は明確には文字にしてないんです。小説でもある程度ざっくりした描写しかしてないんですよね。なのに、頭の中にあった「あおぞら美容室」が一段ときれいになって描かれてて、ただただすごいな、って思いました。美容室以外の場所は、よく取材して描いているのを感じました。そうそう私ここ行ったわ、みたいな。

 

小日向:うれしいです。取材したものを参考にしつつ、美容室から本物の空もきれいに見える位置にしたくて、配置を考え直してます。

 

 

小日向:小説をコミカライズするのは初めてなのですが、桜井さんのほうから「メディアが変わればいろいろ変えなきゃいけない部分がある」と、一番最初に内容のアレンジをご了承いただけたのがすごく助かりました。自分のほうでかなり変えた部分もあるんですけど、すべてご理解いただけて、こちらとしてはとってもやりやすかったです。

 

桜井: どうがんばっても原作を4話構成の漫画にまとめるのは大変、というのは想像できるから、むしろどう変えていくのかなと。あとはプロの人たちに任せておけばいいや、できあがったものを楽しもうという感じで待ってましたね。

 

小日向:ありがとうございます。桜井さんが漫画好きっていうのもありがたかったです。

 

桜井: かつて漫画家に憧れていたこともあったので、一度でも自分で描いてみた経験があったのはよかったなと思いました。漫画にしたら枚数はこれぐらいになるだろうなと想像だけはできたので。

 

小日向:最初の1話がめちゃめちゃ時間かかりましたね、3か月以上ずっとネームやってました。12回くらい直してます。最初に書いたのは取材に行く前で、1話がある程度できたので2話やって3話やって。でも取材に行ったら「これは違うんじゃないか」と思って、もう一回、作画に入る前に1話をやり直したんですよね。

 

――1話ではどのあたりが大きく変わったんでしょう?

 

小日向:いちばん直してよかったのは、志穂ちゃんが髪を切ってもらうシーンです。切ってもらっている間に志穂ちゃんの内面が変化していく様子をモノローグで語らせていたんですけど、それを全部取っちゃって、絵で見せるようにしました。あとは志穂ちゃんの彼氏の奏くんですね。登場シーンを全部カットしました。掲載誌(ビッグコミック)の読者的にも、志穂ちゃんの失恋より仕事の話題にしぼったほうがいいのではと思って。ネームを直すたびに奏くんがいなくなっていって……でも結果的には正解だったなと思いました。

 

桜井: 小説もやっぱり1話目はものすごく直すというか、形が変わっていくものですね。1話目がある程度決まってしまうと2話目・3話目と行けるけど……でも原作小説では3話目のほうが苦労したのかな、私は。刑務所内の美容学校で教えている技官(講師)の話は、詳しい資料がなかったので書きづらくて。

 

小日向:技官の先生は、漫画に唯一出せなかった主要キャラクターです。やはり4話にまとめるのに、誰をどの順番で、どのくらい描くのかで悩みました。技官のポジションは、刑務官の菅生さんに担ってもらっています。

 

桜井: あ、思い出した。最初は技官が主人公の話にしようと思ってたんです、学校もののイメージで。

 

小日向:へぇー! 技官ではなく美容師をメインにしようと思ったのはなぜですか?

 

桜井: 技官は美容室の店頭にはほとんど行かないというのと、美容学校の中を描くとすると、やはり取材しきれない。なので、取材から帰る段階で「プロットを変えよう」みたいな話になったような気がします。

――おふたりとも笠松刑務所(岐阜県)へ取材に行かれたそうですが、いかがでした?

 

桜井: 点呼をとっているところとか、刑務作業をやっているところとか、美容室以外もたくさん見させていただいたんですが、やっぱりここには入りたくないな、と思いました。たしか11月の末のほうだったんですけど、夕方になると刑務所の中は寒い。でも暖房なんか簡単につけてもらえないので、私は住めないなって。

 

小日向:私のときも、そんなところまで見せてもらえるんですか、というくらいいろいろ見せていただきました。そのときは真夏で、すごく暑かったです。受刑者のいる区画には飲み物を持って入れないので、暑いのに飲み物も飲めなくて。所内を見て回っているうちに、なんとなく学校のような印象を感じました。廊下とか教室があるような。

 

桜井: 公立の校舎っぽい。

 

小日向:公立の校舎っぽい! 調理室があって、図書室があって、ちょっと設備が古くて……みたいな。刑務所内は基本、走っちゃダメなんですけど、刑務官の方たちが走って集まってきたときがあって。それはなにか問題が起きたときなんだ、と教えてもらいました。

 

桜井: あんまり美容の授業は見られなかったんですが、お風呂に向かったり、雑居房に入る前に号令を待っている受刑者の姿を見たり。かなり長い時間いた感じはしますね。あとは、けっこう高齢者が多いんですよね。認知症の人とかもいる。当時の所長さんが「あの人はもう、自分がどこにいるのかわからないだろう」って言ったのが、すごく印象的だった。

 

――取材をした経験はどんなところが作品に生かされていますか?

小日向:作画に関しては、空気感ですね。やっぱり実際に見たことのあるのとないのでは、描くときにリアリティーがだいぶ違ってくるので、行かせていただいてすごくよかったです。美容院に限らず、主人公の小松原葉留が、どういう場所で寝て起きて、どんなご飯を食べて、どう過ごしているのか、想像がしやすくなりました。

 

桜井: 私は実際に美容室で少しだけ髪を切ってもらったんですけど、帰ってきてから普段行っている美容師さんに見てもらったら、技術的にはまだまだだと言っていました。やっぱりもっと経験が必要なんだろうなと思いましたし、お客さんとの会話が得意でない美容師も多いようで、現実の厳しさも感じられたのがよかったです。

 

――小説のほうの葉留は、まだ仕事に慣れてない感じですよね。漫画のほうではある程度できるという設定になっています。

小日向:そうですね。原作より少しミステリアスな雰囲気かもしれません。

 

――実際の美容室の印象はどうでした?

 

小日向:びっくりしたのが、美容室の扉を出たら“塀の外”だったことで。え? え? って戸惑って、「1回外に出て、また入っていいですか」とお願いして、貴重な経験をさせていただきました。セキュリティはきちんとしているにしても、簡単に出入りできる緊張感や、扉一枚で隔てられている不思議さは、漫画のシーンにも生かされています。

――それぞれ、思い入れのあるキャラクターはいますか?

 

桜井: 鈴木(公子)さんありがとうって感じですね、常連のおばあちゃん。あとはやっぱり刑務官の菅生さん。小説では、ふたりにしゃべってもらわないと困るので。それと最終的には葉留のお姉ちゃん(奈津)ですね。加害者側の家族の話を何か入れたいなぁっていう想いがずっとあったので。

 

小日向:私も描くときに菅生さんはすごく助けられました。鈴木さんも描いてて楽しかったです。あとは主人公の葉留を美人に描くのがすごく難しかったです。大きいお団子を頭に乗せるとデッサンが狂ってしまったりして、立ち姿が本当に難しかったです。単行本にする際にも何か所か直しています。

 

桜井: 実際には、髪が長すぎると刑務所の15分の入浴時間じゃ洗えないし乾かせないので、そこだけは完全にフィクションですね。

 

――葉留はずっと髪を伸ばしているんですよね。

桜井: たぶん1話目で「何センチ切る」って流れを決めたあとに設定した気がします。それと対応しているのがラプンツェルの話(原作の4話)で。ロシアの髪の長いフィギュアスケーターの子がラプンツェルを目指してるっていうエピソードを聞いて、モデルにしたんです。アレクサンドラ・トゥルソワという選手です。

 

小日向:絵にするにあたって、葉留のお団子の大きさを相談したときに、すごい早さでトゥルソワ選手の資料をくださいましたよね(笑)。原作の4話の「過去を忘れようと髪を切る人もいれば、過去を忘れないようにと伸ばし続ける人もいます。だとしたら……」って続くセリフがいちばん好きで、すごくいいなーって思ったので生かしました。書店さんにお送りした複製原画も、そのシーンにしています。

 

桜井: それも1話目からの流れがあったから書けたところですね。

 

 

桜井: 私から小日向さんに質問で。絵を描くのとお話を作るの、どちらが好きですか?

 

小日向:絵を描くのが基本的に好きで、なおかつ話を作るのが好きっていう感じです。順番としては絵を描くほうが好きですね。

 

桜井: 大昔に漫画を描いてみたときに、絵を描くのはほんとに苦痛で苦痛で。これは努力すらしたくないと思って諦めたんですけど、漫画家さんはよくどっちもできるなっていつも思うんです。ぜんぜん違う作業じゃないですか、絵を描くのと話を作るのって。

 

小日向:漫画描いてるときって、私の中では絵を描いてるというよりも映画を作ってる意識なんです。舞台美術も自分で考えなきゃいけないし、どんな表情をするとかの演技も、ライティングや衣装も、全部を同時に考えるんですよね。

 

――『塀の中の美容室』の作画はフルアナログですよね。あれだけ緻密な絵をモノクロで。

 

小日向:中目の水彩紙に、ミリペンと水彩絵の具を使って描いていますが、単純に、紙のほうが自分の引きたい線を出しやすいんです。デジタルだと、ざらざらとしたペンを使ったとしても変に補正がかかったりして。アナログにはバケツツールも戻るボタンもないし、人物のサイズを修正するのにもわざわざ別の紙に描き直して切って貼るとか、めちゃめちゃ時間かかるんですけど、でも自分が作業していてどちらが幸福度がより高いかというと、アナログなんです。紙に鉛筆やペンで線を引いているときのほうが自分の心が喜ぶ、脳みそが喜ぶみたいなところがあって。快感なんだと思うんですよね、その刺激が。なので、趣味です(笑)。

 

――今回の作画でいちばん苦労したところは?

 

小日向:美容室の中がとにかく大変でした。三角屋根にしちゃったのもあるんですけれど、「青空の美容室」って聞いたときに、天井が高いほうがいいだろうなと思ったんですよね。それで自宅の三角屋根をモデルにして。吹き抜けみたいな空間が身近にあったので想像しやすかったんですけど、実際にはパースを取るのがすごく大変で、とっても苦労しました。単行本のあとがきにはそのあたりの苦労と、美容室の間取り図を収録しています。あと、美容室内の青空を水彩でいい感じに描くのも難しくて、そこも苦労しました。美容室の空は水彩、外にある現実の空はペンで、と描き分けています。

 

 

――おふたりは、これからどんな作品を作りたいと思っていますか?

 

小日向:何かにつまずいたり転んだり落ち込んだりしている人が、ちょっと気持ちが上向きになるような作品が描けたらいいなっていうのはずっと思っていて。だから『塀の中の美容室』は題材として近かったですね。あとは「生活」にとても関心があるので、食べること・着る服・家とか仕事とか、生活の営みに欠かせないものは、題材として掘り下げていけたらいいなと思ってます。

 

桜井: 私はふたつあるんですけども、ひとつは「普通の高校生が書きたい」っていうものです。でも、それで私にOKが出る出版社はどこにもないっていうのがありまして(笑)。もうひとつ、テーマとして書きたいとずっと思っているのは「最高の幸せはないけれども、できる中でいちばん良い選択のラスト」ですね。最高のハッピーは絶対ないっていう状態を作ったうえで、いちばんマシな選択肢を選びとる物語を作りたいです。

 

小日向:『塀の中の美容室』の小説を読んだときにそれを感じました。その場所でできることをやるしかないんだなって。うまく言えないんですけど、葉留に対して登場人物たちが、それぞれの位置からそれぞれの関わり方をしてて、葉留もその中でのベストを目指していると感じました。

 

桜井: そうですね。本当は罪を犯さないことがベストだったんですけれども……ずっとこの先もそういうテーマを書けたらいいなと思います。

 

小日向:とってもいいですね。漫画だと少しだけ、小説の終わり方とは違うんですが、いちばん良い選択のラストになっていましたか?

 

桜井: なってました。漫画を読み続けてきて、小説と同じように描いたら合わないだろうって思っていましたし、すごくいいラストにしてもらったなと思います。

 

小日向:よかった。小説と漫画、読み比べてほしいですよね。

 

――映画化やドラマ化もいつか……

 

小日向:映像でも見てもらいたいですね。

 

桜井: 主人公はマスクをしながら撮影ができるので、ちょうどいいじゃないですか(笑)。

 

――ありがとうございました。

 

(2020年8月)

『塀の中の美容室(小日向まるこ/桜井美奈)単行本は全1巻にて大好評発売中! 原作小説は双葉文庫より発売中です!

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