トップ  >  やわらかいけど甘くはない――「やわらかスピリッツ」が取り組むネット時代の人気マンガづくり/まつもとあつしと行く デジタル時代のマンガ・フロントライン ( 2019/01/25 )

2019.01.25

やわらかいけど甘くはない――「やわらかスピリッツ」が取り組むネット時代の人気マンガづくり/まつもとあつしと行く デジタル時代のマンガ・フロントライン

貸本マンガの時代から、月刊誌・週刊誌の時代を経て、そしてネットで読まれる現代――マンガは時代にあわせて変化を繰り返してきました。日々、新しいマンガを世に送り出している小学館の各編集部でも、様々なチャレンジが続いています。
ジャーナリストのまつもとあつし氏と共に、社内外でデジタルマンガに関わる人々を訪ね、最前線ならではのダイナミズムを伺う連続企画をスタート! いざ進め、マンガの未来に向かって!!


【報告①】やわらかいけど甘くはない――「やわらかスピリッツ」が取り組むネット時代の人気マンガづくり




『お酒は夫婦になってから』『プリンセスメゾン』など、人気作・話題作を次々と生み出す「やわらかスピリッツ(以下:やわスピ)」は、独自の編集部を置くのではなく、「ビッグコミックスピリッツ」編集部を中心として、複数の編集部による横断的なプロジェクトです。いったいどうやって人気マンガを生みだしているのか? 「ビッグコミックスピリッツ」副編集長で、「やわスピ」を統括をしている廣岡伸隆さんにお話を伺い、その秘密を探ります。


20190125_matsumoto_1.jpg廣岡伸隆
ビッグコミックスピリッツ副編集長。
入社時にビッグコミックスピリッツ編集部に配属となり、その後、ビッグコミックオリジナルを経て一昨年、再びビッグコミックスピリッツに異動。主な担当作品は、『団地ともお』『深夜食堂』『最強伝説 黒沢』『刑事ゆがみ』など。現在は『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』を担当している。








――「やわらかスピリッツ(以下:やわスピ)」はどのように生まれたんですか?




廣岡 僕はやわスピの3代目の責任者なんですが、2012年の立ち上げのころからはずいぶん変わったなという感じがあります。最初は、どちらかというとゆるいショートマンガが中心だったんです。2代目の責任者になってからはもう少し長いストーリーマンガ、オタク色が強いものや、一方では『プリンセスメゾン』のような女性をターゲットにした作品も増えていきます。そこから現在では、『アイアムアヒーロー in OSAKA』や『闇金ウシジマくん外伝 肉蝮伝説』などヒット作のスピンオフが人気で、骨太なストーリーを持つ『バイオレンスアクション』なども支持されているという状況です。





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『バイオレンスアクション』第1話より







――そういう変遷を辿ったのはなぜなんですか?




廣岡 あくまで僕の私見ですが、やはり母体が「スピリッツ」であったことが大きいと思いますね。「やわスピ」は本誌よりも読者層が5歳ほど若いんですが、やはり骨太なものを求めているのかなと。スピンオフ作品については、本誌からの愛読者はもちろんなんですが、映画などを見て読んでくれている人も多いはずです。


――「やわスピ」に掲載される作品はどんな風に決まっているんでしょうか? 毎週編集会議が開かれて? とか。




廣岡 編集会議はないんです(笑)。ほんと有志でやっているという媒体でして、僕としてもやわスピに参加する編集者のみんなにあまり負担をかけたくない、とも思っています。みな本誌にも担当作品を抱えてますからね。誌面と違って何作品までしか載せられないということもありませんし。
とはいえ、ネットですからやはり平日毎日は更新がある状態にはしたい。読者さんからの毎日何か新しい作品がある、という期待には応えなければなりません。だから、僕からは「どんどん、やわスピで新連載を」と呼びかけているんです。





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「やわスピ」公式アカウントでは作品更新や読者の感想をTweetしている。







――いま何人くらいの編集さんが参加しているんでしょう?




廣岡 僕を除いて6人(取材時)ですね。複数の作品を掛け持ちしてますし、掲載作品数によってこの人数は変動します。
(現在は「スピリッツ」編集部の9人に加えて「マンガワン」「ビッグコミック」からの出張掲載を担当する編集者が2人参加している)


――やわらかい=ゆるい印象も受けますね。




廣岡 いやでも会社からは「やわスピで黒字を出しなさい」と言われています。でなければ終わってしまいますね。「やわスピ」に掲載された作品をコミックスとして発売しして収益を上げるということを、『プリンセスメゾン』を皮切りに行っています。





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ドラマ化もされた「やわスピ」発の人気作『プリンセスメゾン』は、三井不動産
レジデンスが運営するオウンドメディア「モチイエ女子」とのタイアップ作品だ。







「やわスピ」に連載される作品は、原則としてコミックスになります。しかし、コミックスが刊行されても重版が掛からなければ、残念だけど連載は終了するという厳しいルールも実はあるのです。


――なるほど、やわらかく見えてそれは結構シビアですね。コミックスの売上結果がでる10話以内で「重版」という結果を出さなければいけないと。ある意味、本誌掲載作品よりも厳しいハードルではないですか?




廣岡 そうですね。ただし、ページ数という制約もありますので本誌の方は連載そのものが始められるまで企画をしっかり練り込んで、ごく限られた作品だけが掲載となるのです。そういったハードルをくぐり抜けた作品なので、コミックスも数巻は様子を見ようということもありえます。一方「やわスピ」のようなウェブでは、理屈のうえではいくらでも作品を載せられますし、様々なチャレンジができますが、その代わり、初巻増刷という形でしっかりと結果を残すことが求められるのです。


――限られた話数に何を盛り込めるかの真剣勝負ですね。




廣岡 そうなんです。担当編集によってスタイルは様々ですが、特に若い編集者は作品、話数ごとのページビューなんかを結構みて、工夫していますね。サイトを運営やTwitter更新をお願いしているトライヘッドさんからは毎月詳細なレポートももらっています。僕なんかはデータよりも自分の勘の方を信じるタイプですが、彼らはいろいろなデータも作品作りに利用していますね。私は校了もやっていますので、経験上で「こうした方が良いんじゃないの」って戻したりもしますが(笑)。
「やわスピ」は7割以上の読者がスマホユーザーなので、縦スクロールのマンガで「見開き」がありません。サイト自体も次のリニューアルで、更にスマホ最適化を進めようとしていますが、あくまで単行本仕様にすることが前提なので、縦スクロールだからといって何か特別なことをやっているという意識はないんです。紙の雑誌に掲載されるマンガとの違いは「見開き」の有無くらいで、面白さの本質は変わらないんじゃないかと思っています。


――「やわスピ」連載の後には紙のコミックスが刊行され、その売れ行きで継続が決まる、あくまでそれが前提なわけですね。従来のノウハウが活かされてると。でもボーンデジタル(出自が紙ではなくデジタルであること)ですから、表現はおいても、企画という面では随分違ってきているのではないですか?




廣岡 「やわスピ」を見ていてもたしかにウェブならではの企画・構成になっているなと感じますね。まずはやはりスピンオフが強くて、例えば人気の『闇金ウシジマくん外伝』は担当者ががんばって、本編のコミックスと発売日もあわせています。「一緒に買ってね」ということですね(笑)。


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いま圧倒的に人気なのは『バイオレンスアクション』です。コミックス第1巻の発行部数は10万部に達しています。


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『おやすみシェヘラザード』のような「萌え」「百合」「エロ」は定番で、アクセスが見込めるジャンルです。


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一方で原爆をテーマにした『スカイフォール』のようなシリアスなドラマが支持されるのも、母体にスピリッツがあればこそ、という感じがします。


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共(友)食いがテーマの『人魚姫のごめんねごはん』はネットでバズるような企画性が強く出た作品です。『ゼロから始める事故物件生活』は実際に事故物件に住んでる芸人さんにお話しを聞いてドラマにしています。


それ以外では、コミックスの発売とあわせて本誌読者以外にも作品を知ってもらいたい、というときに、本誌掲載作品が「やわスピ」に数話掲載されることがありますね。逆に「やわスピ」の作品が本誌に出張掲載されることもあります。




――ここでアニメ化もされた『お酒は夫婦になってから』の担当編集の茂木俊輔さんにも少しお話しを伺います。実際、作品を作るときはどういう工夫をされているんでしょうか?




茂木 連載が始まる前、グルメマンガが流行っていたので、いろいろ読んでいたのですが、主人公が食レポするだけのマンガはあんまり面白くないなと思っていて、ちゃんとキャラクターとグルメが絡んだ企画をやりたかったんです。そのタイミングで作者のクリスタル洋介さんと話していた時に「酔っ払ったら可愛くなる奥さんはどうだろう」という話になりまして。お酒なら、普通のグルメ漫画ほど作画が大変ということもないですし・・・(笑)。

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そうしたら、読者の反応がすごくよくて、コミックス第1巻も半年くらい一気に5万部までいきました。特に、ニコニコ静画で奥さんが「デレる」各話最後のページにコメントが大量に寄せられるのを見て手応えを感じましたね。これってウェブならではの漫画の楽しみ方で、読者が「ツッコミ」ができるというのが、この作品の魅力なんだと思っています。この経験から、その後に始めた「人魚姫のごめんねごはん」でも、どう作ればツッコまれるのかを強く考えるようになりました。


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『お酒は夫婦になってから』第1話(ニコニコ静画)より。最後の
ページには2人のイチャイチャぶりに「医者はどこだ」「殴る壁が
足りない」「壁職人を派遣しろ!」といった悶絶コメントが流れる。




一方、コミックスでは2人が結婚するまでの過去のエピソードを巻末に1話ずつ載せるようにしています。1話読み切り型のグルメ漫画はストーリーラインが弱くて3巻くらいで飽きられてしまう傾向にあるので、各単行本の最後の1話だけは、2人が結婚するまでの物語が巻を追うごとに進んでゆくようになっています。それと、基本的には毎話無料で読めてしまうので、わざわざお金を出して単行本を買ってくださった読者のために、「やわスピ」には掲載していない おまけマンガも毎巻10P描いていただいていて、クリスタルな洋介先生のサービス精神には頭が下がります。今後もより一層面白くなっていきますので、楽しみにしておいてください!




――「やわスピ」のなかには多様な作品があり、それぞれ特色や、狙いどころも違っているというのが興味深いですね。




廣岡 まさにやわらかくてどんな姿にもなるというイメージなんだと思いますね。でも色々な特色ある作品があるのは良い事なんですが、作品単体で読まれることが多いというのが最近の反省点で、もう少し回遊率を高めようというのが次のリニューアルの1つの課題です。


――そういった多様な作品を、増刷を目指した真剣勝負の中で出して行く。編集者の役割の大きさも改めて感じさせられます。




廣岡 僕はプロの編集者の凄さって言葉を選ばずに言えば「まだまだ未熟だったりして、結果的に日の目を見なかった作品も一杯見てきている」ということだと思うんです。ほどんどの読者や作者は、雑誌に掲載されるような一定のハードルを越えた作品を読んでいますが、僕らは新人賞や持ち込みで、未熟な作品、もう少しこうすれば良かったのに、という作品を山ほど見ている。マンガを描くことはできない、一介の会社員に過ぎない僕ら編集者が、何を強みをしているのかと言えば、その1点に尽きると思うんです。それも、入社してからはじめて積み重ねていった経験が、「プロの編集者」を形作り、時には作家とケンカしながらも「面白い作品を作るんだ」という共通の目標を目指して進んで行く――作家がいて、編集者がいて、作品が生まれるってそういうことなんじゃないかなと僕は考えています。


――なるほど、よく分かりました。本日はお忙しい中ありがとうございました。




「やわらかスピリッツ」はこちらから!




(取材・文::まつもとあつし)

IT系スタートアップ・出版社・広告代理店、アニメ事業会社などを経て、フリージャーナリスト・コンテンツプロデューサー。記事執筆や書籍刊行を行いながら、ITやアニメなどのコンテンツの制作・開発手法の変化、ビジネスのトレンドや社会への影響について研究を進めている。デジタルハリウッド大学院DCM修士(専門職)・東京大学大学院社会情報学修士(社会情報学)。著書に「コンテンツビジネス・デジタルシフト」(NTT出版)、「コンテンツが拓く地域の可能性」(同文館・大谷尚之・山村高淑との共著)など。







【初出:コミスン 2019.01.25】

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