2024.04.26
スペリオール ドキュメントコミック大賞 審査会レポート!!
初開催されたドキュメントコミック大賞は、白熱した審査会となった。三者三様それぞれの視点からの意見、評価があり、激論となった2時間半におよぶ審査会の様子をレポートする!!
■審査員
ノンフィクション作家 石井光太
PROFILE 1977年生まれ。ノンフィクション作家。 2005年、『物乞う仏陀』でデビュー後、国内外の文化や歴史、事件、貧困・虐待、教育問題など多岐に渡るテーマで 精力的に取材・執筆を行う。『遺体-震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』など著書多数。
漫画家 押見修造
PROFILE 1981年生まれ。漫画家。2002年、『真夜中のパラノイアスター』でデビュー。代表作は『惡の華』『ぼくは麻理のなか』『漂流ネットカフェ』など。スペリオールにて連載された『血の轍』は、第50回アングレーム国際漫画賞連続作品賞を受賞。著作は海外でも高い評価を得ている。
「街録ch」ディレクター 三谷三四郎
PROFILE 1987年生まれ。フリーディレクター。 有名人から元犯罪者まで様々な人々が、これまでの人生をさらけ出して“顔出し”でインタビューに答えるYouTubeチャンネル『街録ch−あなたの人生、教えてください』を運営。開設3年半でチャンネル登録者数120万人を超える。
■審査会レポート
スペリオール編集長(以下、編集長) 今回、「スペリオール」の新しい試みとして開催したスペリオール ドキュメントコミック大賞ですが、予想を超える多数の応募がありました。現実をベースに漫画を考えることで、新しい漫画の可能性を追求できるのではと開催しましたが、それに相応しい候補作が集まったと思います。
司会 一次審査を経て、残った最終候補作は13作品。その中で『ある新米戦場ジャーナリストの1年(以下、戦場ジャーナリストと略)』『暴力病院と搾取クリニック(以下、暴力病院と略)』『名前のない病気』の3作品がお三方の事前審査で高い評価でした。まずは候補作を読んでの感想から伺えますか?
石井 楽しい作品がいくつもありました。その上で今回、新たな賞を設けて選ぶことの意味を考えると、『名前のない病気』『暴力病院』は面白いのですが、この賞でなくても世に出せる可能性があると思いました。賞としての新規性を世に問うことを考えた時、原作としては未熟だけれど、『戦場ジャーナリスト』が新しい衝撃を与えられるような気がしました。
押見 自分は漫画家なので、漫画として面白く読めるかを基準にして、『名前のない病気』と『戦場ジャーナリスト』を一番高く評価したのですが、『名前のない病気』は作者が描きながら探っていく作品だと感じていて、自分の描いた『血の轍』とも共通性があると感じています。『戦場ジャーナリスト』は、読者が主観で追体験できるような筆致で、戦場を自分の世界の延長として感じられるのがいいなと思いました。
三谷 僕はYouTubeを作っている動画のディレクターで漫画のプロじゃないので、一般読者の立場で面白かった作品を高く評価しました。結果として、自分が「街録ch」で会って話を聞いてみたいと思う人が高評価になったかと思います。『名前のない病気』は自分が隠していた過去を自白しているのがすごいなと思って。いろんな人にインタビューをしていても、自分が他人の人生を壊したことを告白できる人って少ないので、そこにすごい覚悟を感じて、人としてカッコいいなと思いました。『戦場ジャーナリスト』は内容としては貴重ですが、テンポが悪くて僕は面白くないと感じてしまいました。
司会 審査員の皆さんは、ドキュメントコミックというものを、どんな漫画だと捉えていますか?
石井 コミックエッセイという自分の体験をラフな感じで描くジャンルがありますよね。僕のイメージでは、ドキュメントコミックはそれよりも社会性のあるテーマを描くものなのかなと思っています。
押見 取材して社会的なことを描けばリアルになるとは自分は思ってなくて。作者が感じているリアルをどうやったら漫画にできるのかを常に葛藤しています。ドキュメントコミックと言った時に、題材となる事実をそのまま取り出すにはどうすればいいのかを作者は考えざるを得ないと思うので、そういうニュアンスが入っている賞なら自分が審査する意味もあるだろうと考えました。
三谷 候補作を読む前は、漫画が一杯集まってくる程度でしか思ってなかったのですが、取材をして描かれた作品があることに驚きました。感想としては、自分が知らない感情を描いてくれるものが一番、心を震わされるというか…。自分のカッコいい部分だけを描くこともできるのに、そうじゃない部分を出せるかが、面白さの違いとして現れていると思いました。
編集長 各審査員独自の視点で選んでいただき、ありがとうございます。三谷さんは『海上自衛隊物語』と『あなたの知りたくない世界~リアル・ライブチャット編~』も評価されていました。
三谷 『海上自衛隊物語』は自衛隊の馬鹿みたいな風習とか、今どきの若者っぽい人の目線で腐していくっていうのが視点として面白くて笑っちゃいました。『あなたの知りたくない世界』は、漫画になるかわからないですけど、この若者に会ってみたいというところで高評価にしたので、賞として考えるなら、上位3本から選んでいいんじゃないかと思います。
司会 事前審査の上位3本から選んでいくということで議論を進めていきます。では、ここからはどの作品を大賞に相応しいかを検討していきたいと思います。
白熱の審査会スタート!
押見 『暴力病院』は、このまま「スペリオール」に載っていてもおかしくない感じの第1話ですよね。
石井 描き慣れてますね。僕も面白く読みました。ただ、テレビや新聞ではこのテーマはやりつくされている感があるので、作品に何か新しい視点がないと、既にあるものに負けてしまう感じがしたんですよね。
三谷 僕も読んだ時は面白かったんですけれど、最近観た映画とテーマが同じだなと思ってしまって。語られている内容も、映画考察YouTuberがある映画を語っているみたいで、オリジナリティーが乏しく感じてしまったんですよ。
石井 何かひとつ自分なりの視点を作ることができたら、もっと色々なことができるんじゃないかという期待値がある作品だと思いました。
押見 『名前のない病気』は、石井さんの評価が低いですよね?
石井 発達障害やボーダー(境界性パーソナリティ障害)は、活字の世界だと十数年前から扱われてきた問題なので。漫画でも『住みにごり』や『「子供を殺してください」という親たち』といった先行作品があるので、大賞作品として既存のフィクションや漫画を越えられるのか、同時代性やインパクトで負けてしまうのでは、という懸念がありました。可能性については『戦場ジャーナリスト』のほうがあると思いましたが、ただ、このままでは粗いので原作として成立するかどうか…。
編集長 『戦場ジャーナリスト』のほうが、大賞に耐えうる新鮮さや独自の視点を持っているということですか?
石井 僕が面白いと感じたのは、NHKを辞めたディレクターが、わざわざフリーになって戦場に行ったということだと思うんです。今はまだ個人の体験でしか描かれていませんが、なぜ組織ではできなかったのか、戦争報道とはなんぞやという視点を組み込むことができれば、これまでにない漫画になるんじゃないかと。
編集長 押見さんは『名前のない病気』と『戦場ジャーナリスト』を高く評価されていますが、大賞を選ぶとしたら?
押見 『名前のない病気』は、兄のことを社会的に描くことがテーマではなく、作者である弟が自分の罪悪感に向き合おうとしている漫画だと思うんですよ。描き始めたら、今企画書にあるあらすじからどんどん形が変わっていく気がするので、作者本人の罪悪感をどんどん掘り下げていく方向になれば面白くなりそうだと感じています。『戦場ジャーナリスト』は、ミリタリーの描写とか知識のある人が作画をする必要があるのでハードルは高いですが、漫画として新鮮なものになりそうな感じもするので、甲乙つけがたいですね。
編集長 三谷さんはそういう新鮮さをあまり感じられなかったですか?
三谷 僕は漫画の素人として、単純に読んでいて、『戦場ジャーナリスト』には退屈してしまって。『名前のない病気』は、家族に死んでほしいという気持ちを持ってしまう現実を教えてくれるのがいいと思ってます。そんな人間でいいのかという気持ちもあるけど、誰しもそう思っちゃうことはあるはずなので、それを正直に描いているのが良かったですね。
石井 『名前のない病気』が連載される場合、それなりのボリュームで深みのある内容を目指すべきですよね?
押見 そうですね。今のままだと主人公の罪悪感を描くだけで終わる感じなので、その先が読みたいなと。ただ、それがドキュメントコミックなのかというと、どんどん私小説に近づいていってしまうので、そこは賞として考えるべきところですが…。
石井 長くして内容を深めるイメージは湧きますが、これがドキュメントコミック大賞作品ですよという説得力のある漫画にするには、かなりの筆力が必要だと思うんですよ。『戦場ジャーナリスト』は原作としては未知数でも、戦争の事実とNHKを辞めてフリーになったという体験があるので、そこさえ上手く出せれば作品として揺るがない気がするんですよね。
編集長 『戦場ジャーナリスト』は「著者が戦争をどう考えているのか」「命をどう思っているのか」という読みたかったこととは違う部分に焦点が当たっている気がします。作品がテーマに対してちゃんと的を射ていないのでは、というのが正直な感想です。
石井 僕もそれは感じました。そこはちゃんと入れておかないと、戦争に対する否定的な視点がなくなってしまいますよね。
押見 戦場で人が死んでいることに対する実感が足りないですか?
編集長 実感というか、著者独自の視点をもっと読みたかったなと。作中の埋葬場の場面は、そういう死を直視する大事なシーンだと思うんですけど、そこまでのものが描かれていないかなと感じました。
石井 そういった点を改良できれば、大きな可能性がある気がします。今までのジャーナリズムの延長で、見てきたことを書いているだけにえるところもあるので、戦場で死と直面した戸惑いやフリーになったことでの違いで愕然としたといったこの作者ならではの自分の色を乗せられれば、作品になると思うんですよ。
押見 最初は、この冷たさみたいなのがショッキングでしたが、何も知らずに日本人が戦場に飛び込んだら、こういう反応をするんじゃないかという部分もあって。意図したものかわかりませんが、想像して描かれたものとは違う、別のリアリティーが生まれているような気もします。
石井 一ノ瀬泰造の『地雷を踏んだらサヨウナラ』も、写真家が戦場で残酷なものを目にしたことを書いた手記ですが、意外とケロっとしていて。そういう距離感だからこそ、逆にある種のリアリティーが生まれるという感じは確かにありますね。
押見 手を入れて普通のよくできた戦場ルポになってしまえばしまうほど、漫画にする意味がなくなっちゃうんじゃないかと思っていて。これを漫画のテンポでトントン読めるようにしてしまうと、新鮮さもなくなる感じがするんですよ。
石井 たしかに日記をそのまま書いた感じで無駄なところも多いですけれど、そここそ活かすべき作品かもしれません。
大賞に相応しい作品とは?
編集長 三谷さんとしては、この作品は大賞に相応しくないですか?
三谷 M-1で他の漫才のほうが笑いとってるのに、このネタには可能性があるみたいな理由で優勝させていいのかな、みたいなことなんですよ。素人目線だと、その優勝の仕方は意味わかんないと思っちゃう。僕は候補作を読みながら、それぞれの実体験を描いてるのに、こうも面白さに違いが出るんだと驚いたんです。その意味でも、他より今ひとつと自分が感じる人が優勝するのはちょっと違うと思うんですよね。
石井 この賞は応募の段階で未完成でも可となっているので、普通の漫画の審査とは若干違うと思うんですよね。そこはある程度、踏まえて考えないといけないのかなというように考えています。
三谷 ただ、この作品の足りない部分に目をつむって、題材が面白いから賞を出すとなっちゃうと、賞自体が企画大喜利みたいになりませんか?
石井 三谷さんが言うこともわかりますし、僕ももっとこうすればいいのにとは感じました。一方で押見さんが言うように、漫画として純文学でもエンタメでもない何かになれる可能性もあると思うので、その未知数の部分は評価したいと思います。
編集長 であれば、『戦場ジャーナリスト』を入選として、今後に期待するというのはどうですか。
三谷・押見 はい。
司会 それでは『戦場ジャーナリスト』は入選で決定します。
編集長 石井さんの『名前のない病気』に対する論点は、類似するテーマを扱った既存の漫画作品もある上で、今回のドキュメントコミック大賞という新しい賞に相応しいのかというところですよね。押見さんは石井さんの懸念についてどうお考えですか?
押見 大賞を獲ることで、ある意味、この題材から逃げられなくなると思うんです(笑)。そのプレッシャーや辛さが後押しになることもあるので、自分としては受賞に異論はないです。
三谷 僕もこれが一番面白かったので。今まで自分の私生活をネタにしてきたけど、ひとつだけ描けなかったことがあるというのも、いい始まりだと思うし。この分量でこれだけ楽しませてもらえたのも、すごい才能なんだろうなと思っちゃいました。
司会 石井さんはそのあたり、どう考えられますか?
石井 前提として、この作品への僕の評価も高いですよ。作品としての水準は高い。ただし読者は「これが大賞なんだ」という期待感を持って読むはずなので、類似する作品がある中でどこまで読者の期待に応えられるか。比べられてライトに感じられないような絵柄にする工夫は必要です。
編集長 絵柄の点では、押見さんはどう思われますか?
押見 僕は弱いとは思わないです。冒頭でずっとコミックエッセイを描いてきて、それがほのぼのタッチのいかにも善人面した漫画だという話から入った上でこれを描くことのギャップが、ある種の迫力を生んでいると感じています。この方が自分で描くからこそ意味のある作品だと思うので、もし別の方が作画するとなると、何かを失ってしまう気がしますね。
三谷 こういう絵柄の漫画が色々ある中で、このタッチでこのテーマを描くというのは、いいギャップがあるんじゃないかと思いました。
石井 わかりました。それでは押見さんがおっしゃる通り、この賞の重みが、作者が新境地をひらくきっかけとなることを期待して、僕も受賞に賛同したいと思います。
編集長 ありがとうございます。では審査員一同の一致を得たということで、『名前のない病気』を大賞にさせていただいてよろしいでしょうか。
一同(拍手)
司会 他に賞を与えたい作品はありますでしょうか?
押見 『暴力病院』が佳作でいいと思うんですけれど。
石井 僕もそう思います。
編集長 では最終的な3作品に残った『暴力病院』を佳作に決定します。
選外となった最終候補作への講評
司会 受賞には至らずとも、審査員として気になった作品はありましたか?
石井 沖縄を舞台にした『琉球の風』は面白かったですが、登場人物が有名で、実際問題として漫画化のハードルが高そうだと感じました。
押見 『誰にも言えない秘密の妊活』は、この先、すごく気になりますね。大好きな夫の子を産むために、他の人に抱かれるということへの抵抗がない感じが、とても興味深かった。
三谷 同じ悩みを抱えている人には刺さりそうな題材ですね。もし僕が同じ境遇だったら、これを1位に推したかもしれません。
押見 『あなたの知りたくない世界~リアル・ライブチャット編~』は得体の知れない迫力で、ショックを受けました。書き方というか視点というか、作者の精神性に興味が湧きました。
石井 僕は『修復家の思考』が良かった。作品づくりにはある題材をそのまま描くんじゃなく、ミステリーとして切り取ったり、恋愛ものとして組み立てる作業が必要だと思うんです。それができれば、この題材はいくらでもやりようがあると感じました。
押見 僕はこの人の絵がすごく好きなので、ドラマチックなことがなくても絵画修復の様子が丁寧に書かれていたら、それだけで面白そうだと感じました。
三谷 機能不全家族で苦しむ主人公を描いた『深淵をのぞく』は、生々しくて見たことがある人しか書けない世界なのかなと思って。これを漫画に描かれたら読んじゃうなって思いました。
審査を終えての感想
司会 審査会を通しての感想はいかがでしょうか?
石井 ノンフィクション全般に言えますが、想像していたものと違う現実に出会う驚きというのが一番のポイントです。今回、ある程度評価が高かった作品は、そこをきちんと押さえているものが多かったと思います。
押見 自分が経験したことを描きたい人がこれだけいて、描かねばという衝動があるんだということも含めて、驚きがたくさんありました。その意味でも、フィクションの審査とは違う面白さがありましたね。
三谷 本当に面白いことを体験してきて、それを表現したい人がこういう企画でフックアップされると漫画業界も面白くなるのかなと思いました。僕が会ってみたいと思う面白い人を知れたことも良かったです。
石井 応募作を通して、現代人像みたいなものが垣間見えたのも面白かったですね。自分には理解できない、一見、不可解な合理性と向き合うことって、現代人にとって大きなテーマなんじゃないかと考えさせられました。
押見 作品を読むと、基本的には皆さんが既存の何かに落とし込むのではなく、自分の固有のものを何とか形にしようとしているなと感じて、それはとても大切なことだと思いました。
編集長 そこは賞としても目指したかったところなので、そういう作品が集まったのは本当に良かったと感じています。本日は長時間におよぶ審査、ありがとうございました!