トップ  >  孤独で自由な女性たちの感情絵本『プリンセスメゾン』/【連載】深読み新刊紹介「読みコミ」(9) #プリンセスメゾン ( 2015/08/17 )
週刊スピリッツ

2015.08.17

孤独で自由な女性たちの感情絵本『プリンセスメゾン』/【連載】深読み新刊紹介「読みコミ」(9) #プリンセスメゾン

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発売されたばかりの作品、いま注目したい作品、まだまだ押したい作品......
コミックを長く「店頭」からながめてきた視線で選ぶ、
元・まんが専門店主の深読み新刊紹介。





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第9回 『プリンセスメゾン』第1集 池辺葵(小学館刊)







この暑苦しい季節にピッタリくる作品ってあるだろうか? 今年の7月下旬~8月上旬の猛暑や豪雨ときたらもう毎日、日本のどこかでなにがしかの観測史上初!が生まれているくらい記録ずくめだった気がする。こんな季節にはマンガを読むことさえ疲れる...と感じてしまう。そんなときには活字を読む負荷が少なく、感情を刺激してくれる作品がいい。でもそんな作品はそうそう見つからない。いま思いつくのはこの一冊だ。WEB「やわらかスピリッツ」で毎月一回更新中の『プリンセスメゾン』。今年のはじめ『繕い裁つ人』(全6巻/講談社)が実写映画化された池辺葵の最新作。コミックス第1集は5月に発売されている。





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『プリンセスメゾン』第1集 池辺 葵(小学館)







『プリンセスメゾン』は、ひとりで暮らす孤独で自由な心の中に育まれるシアワセのカタチを"モデルルーム巡り""家探し"を手がかりに描いていく、女性たちの"感情絵本"とでもいうべき佇まいの作品だ。話の構成は、登場する独り身の女性それぞれにスポットが当たる群像劇風になっているが、主人公はいる。高校を卒業して8年、居酒屋で働いている20代女子・沼ちゃん。年収は250万ちょっと。マンション購入を目指して貯金と単身女性向け物件の見学に余念がない。その健気で真っ直ぐな姿勢に感化されたマンションギャラリーの受付派遣女子・要さんや営業責任者の男性・伊達さんに気にかけられ、静かに応援されている。




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印象的なシーンがあった。第1話、華やかなマンションのモデルルームを見学して帰ってきたアパートの自室。畳の上に仰向けに寝転がり遠い目で天井を眺める沼ちゃんのコマと、その姿勢のまま膝を折り曲げて貯金通帳を眺める沼ちゃんのコマ。思い描こうとする未来と、いまここにある現在。そこからしばらく目が離せなくなった。そこに流れている時間を強烈にいとおしく感じた。第2話以降でもこうした感覚を呼び起こされる描写に何度か出会う。




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 この本を手にしたら試しにランダムに開いてみてほしい。多くのページの多くのキャラクターの多くの表情そして風景に、言葉を尽くしてもうまく伝わらないだろう"感情"がたっぷりと滲んでいる。ちょっとした仕草や表情から想像させられることがたくさんあって、開いたページを眺めていて飽きることがない。停止した時間の心地よさ。こんな贅沢な作品はないと思う。ちなみに、本作は真夏に読むのに最適だと思うと同時に、うんと寒い真冬とも相性のよい作品だという気がする。真夏も真冬も、自分の家や部屋、つまり帰る場所がとても大切に思える季節だからだ。




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(文・南端利晴)

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プリンセスメゾン 1 池辺 葵

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【初出:コミスン 2015.08.17】

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