2015.03.19
人生の表面を撫でるように歩き続ける『今日を歩く』/【連載】深読み新刊紹介「読みコミ」(8)
コミックを長く「店頭」からながめてきた視線で選ぶ、
元・まんが専門店主の深読み新刊紹介。
第8回 『今日を歩く』全1巻 いがらしみきお(小学館刊)
いがらしみきおの画が好きでしかたがない。理由は、第一印象でなごめてさらに懐があるから。その奥行きは想像してもしなくてもどちらでもいいよ、って言ってくれてるみたいで読む側の負荷も少ない。だがその実、つかみようのない底深さを想像させるものがある、というか、こわいくらいある。
『I【アイ】』全3巻 いがらしみきお(小学館刊)
作者の最高傑作は『I【アイ】』だと作者自身がおっしゃっているのでそれはその通りに違いないのだが、私が好きでしかたがない画が大挙して登場してくるのは『かむろば村へ』だ。シンプルにいえば、私はいがらしみきおが描く風景が好きでしかたがないのだ。そこには風景と一緒にその風景を描いている人間、眺めている人間の思念までもが描かれ、読み取れる気がするからだ(ザリガニや1万円札が描かれていることもある)。
『かむろば村へ』上・下 いがらしみきお(小学館刊)
『今日を歩く』の話をしよう。巷ではいわゆる定年後の世代、ざっくり60代~70代とおぼしき人々が積極的に町を散歩している姿をよく見かける。私もその世代に属しているので、毎朝自宅の最寄り駅ではないひとつ先の駅まで、30分くらいではあるが軽い運動モードで歩いている。だからでもないが、この作品を読んでいて、そこかしこにシンクロする。たとえば、家を出て歩き出したらすぐ雨が降ってきて、傘を取りに戻ろうかと振り返るのだがもう家から7メートル離れていて、その7メートルが700メートルくらいに見え、戻るのがいやで濡れながら歩く...という第1話。私も、最短ルートを行くと20分で着いてしまう目的駅まで30分かかるようにコースを工夫した際、逆方向に歩いて戻るというルートだけはなぜか全身が拒否。許せなかった。
『今日を歩く』全1巻 いがらしみきお(小学館刊)
作者はもう15年間毎朝歩いているという。1955年生まれということだから40代半ばくらいからの「今日」を黙々と歩き続けてきたことになる。決まったルートを5000回以上歩き続けてきたということだ。その時間を満たした思索の総量は膨大だ。とはいえ、それは呼吸の回数が膨大だというくらい、たいして意味のないことなのかもしれない。生きるということ、生命活動の手応えとしての一歩一歩...取り留めのない言葉が浮かんでは消える。この作品に描かれているエピソードのひとつひとつが、人生の比喩に見えたり見えなかったりするのは、つまるところ読む人次第なのだろう。
比喩ではない表現もある。第6話に出てくる「誰か死ぬと、その人だけがいなくなる」という言葉。作者の母親が亡くなった翌朝、雨の中を散歩する作者の心に浮かび上がってきた言葉。
人は散歩する。人生の表面を撫でるように歩き続ける。
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(文・南端利晴)
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今日を歩く いがらしみきお
かむろば村へ(上) いがらしみきお
かむろば村へ(上) いがらしみきお
I【アイ】 1 いがらしみきお
【初出:コミスン 2015.03.19】
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