2014.07.14
「あの夜、エゾシカをはねなければ、漫画家にはなってない」初単行本『四月八日のまえがきに』発売中、松井信介氏インタビュー
生まれて初めて漫画を描いてから、2年後には単行本が発売された28歳。
不思議な経歴と、類を見ない成長力の秘密は「エゾシカを車ではねたこと」にある? 彗星のごとく現れた新人ストーリーテラー、松井信介、初のインタビュー!
『四月八日のまえがきに』
――どうやって漫画家になられたかの経緯をうかがいます。子供時代はどんな子でしたか?
夜、寝つけない子供でした。ぼんやり天井を見ながら、眠くならないなあと毎日思っていました。だから、頭の中でお話を考えていました。コントチックな、とぎれとぎれの話の細切れというか。ただの暇つぶしですから、形があるようなないような。口では言えないです。毎日毎日、眠くなるまで2時間くらい考えて。寝る前の妄想ストーリーです。
――それは、物語が進んでいくんですか? 誰かが何かを望んで困難を乗り越える、とか。
いやいや。登場人物が何人かいて、「面白い掛け合いやなあ」と自分で思えれば満足なんです。「ここまでいいぞ、頭からもう一回ここまでやってみよう」みたいな調子で、話がどんどん伸びてくんです。話のケツは見えませんね。中学のときだったら、柔道部だったので、こんな変わった柔道の選手がいてね......みたいに話が始まって。
――ひとつの話を頭からなぞれるなら、それは、やっていくうちに練られていくんじゃないですか。
まあそうですね。同じ話をずっとやっているわけですから。5時間分の話をなぞれたことがあったけれど。
――えーっ(笑)
だから、寝られないまま、次の日学校へ行って机につっぷして寝ていたりですね(笑)。
――5時間分、そらで話せる? 物語として? それって超長編大作じゃないですか!
そうかもしれないけど、もう忘れました(笑)
――ひとりアラビアンナイトですねえ(笑)。そうやってできた物語を、学校の友達に聞かせたりはしないのですか?
恥ずかしい。しないです(笑)
――紙に書きとめたりはしないですか?
しないです。思いつかなかった(笑)。頼まれもしないし、ひまつぶしにすぎませんから。
――松井さんがそうやって作った話は、全部で何話くらいあるんです?
2~3か月は1本の話をやっていますが、そのうち飽きてきて、興味が移ったら話はまた1から作り始めるんです。でも覚えていないですよ。浮かんで消える! 次の話に移ったら、前の話は忘れてしまうので。
――そういうお話を作る上での種というか、能力はどこから来たんだと考えていますか?
桂枝雀の落語は好きですけどね。でも、一番の影響はダウンタウンです。高校に入ってからは帰宅部。家でDVDをずーっと飽きずに見ている毎日で。いまでも自分の基準は『ガキの使いやあらへんで』のフリートーク。松ちゃんと浜ちゃんの関係性と掛け合いが、もう好きで好きで。同じものを何度も見ていました。あとは......高校時代は阿佐田哲也にハマりましたね。面白くて面白くて。『麻雀放浪記』の雰囲気がよくて。僕は麻雀はひとつもしないんですけど。
――当時、漫画はあまり読んでなかったんですか。
中学に入るまでは「少年ジャンプ」を読んでましたけど、中学に入ったら「ジャンプ」は卒業するもんだと思って、『ワンピース』が始まったのを機にやめまして。それからはとくに。ああ、阿佐田哲也に出会ったのは、漫画の『哲也 ~雀聖と呼ばれた男』がきっかけでした。ってことは、「少年マガジン」は読んでいたんですね。
『四月八日のまえがきに』より
――高校卒業後は?
18歳から26歳まで、ふつうにフリーターです。田舎のコンビニエンスストアでバイトをしてる人。
――お~。
19のときにバイクを買って、金が貯まると北海道に行っていました。岐阜から福井まで100キロほど走ってフェリーに乗れば、苫小牧までフェリー。そこから、稚内までは4日かかるんですが、無料のキャンプ場にテントと寝袋で泊まって。泊まっては走って、泊まっては走ってして。道の魅力にハマりました。北海道に行くときはいつもノートを持っていて、日記を書くのに必死だった。絵も描くぞと思うてスケッチブックを持ってったけど、絵はあまり描かなかった。
――北の大地で風になっていたんですね。
バイクを買ったら北海道にいかな、と思ってましてね。旅人になりたかったですね。最初はバイクだったんですけど、そのうち、車を買って。
――やっぱり福井経由、苫小牧で?
そうです。一度上陸したら、1か月くらいかけて方々回りました。北海道は計3回いきました。釧路が好きだったな。食べ物はおいしいですし。それで、一度、エゾシカをはねましてね。網走で。
――なんすか、それは!
シカをはねたことがある漫画家はたぶん、僕しかいないと思います。25のときだったんですけどね、車を走らせていたら、夜道でガーンと当たって。街灯がまったくない道で暗いなあ暗いなあと思っていたんですけどね。アー、轢いたと思って、車から飛び出たら、シカが倒れていて。車のライトに照らされて、荒い息をしているシカと目が合いました。なんだこれは、と思っていると、シカは立ち上がって、逃げていったんです、森の中に。もうあっけにとられて。何が起こったのかすぐには理解できなかったです。
――まるで......デヴィッド・リンチの映画の世界みたいですね。
我に返ると、車はライトが割れていて。バンパーと前の部分がベコッと凹んでいました。そのまま町まで走らせて、翌朝、修理工場を探して見てもらったら、修理には20万円かかると言われて。修理待ちで網走に足止めになってしまうし、お金はなくなっちゃうし、待っている日々はやることないし。自由気ままな旅のはずが、シカを轢いてもうたーって。旅は台無し。
――その網走の夜、松井さんにけががなくてよかったです。
そうなんですけどね。それで、少なからずショックを受けて、網走から岐阜に帰ってきて、バイトをやめたんです。
――シカがきっかけで?
シカがきっかけです。で、ずーっと、ぼーっとしていた。いよいよヤバいな、と。なんかせなあかんな、と。そこで目に止まったのが漫画の新人賞、賞金500万円!だったんです。いつも読んでいたスピリッツに募集告知が載っていたんです。
――ってことは、賞金につられた?
つられました。26歳でしたから、就職も考えづらくて、お話を考えてやっていける職業なんてほかにはないと一念発起して。親もすごい心配して実家にいるプレッシャーがきつくなっていった時期だったですね。ネットで調べて漫画を描く道具を通販で買いそろえました。
――そうやってできたのがデビュー作『あなたのそばに』にですね。
1か月半くらいかけて話を考えて、あだち充先生の『ショートプログラム』を教科書にしながら、「こんな手を使ってるわー!」と思いながら見よう見まねで漫画を描きました。絵は2週間くらいかかったかな。描いてる最中はすんげえ面白いと思いました。すごいのができちゃった、と。でも封筒に入れて郵便局に行く道で、「待てよ、こんなもん出して大丈夫かな。ボロクソ言われるぞ」と思って逡巡しましたね。
――投函した漫画が評価されましたね。
スピリッツ編集部から電話がありました。500万はもらえなかったけれど、50万円もらいました。うれしかったですよ。よかったー、とホッとした気持ちでした。もうその時には受賞しようがしまいが、東京へ引っ越そうと決めていて、家を探しに行く前の日に、電話がかかってきたんです。
――それまでの人生で、一度も漫画を描いたことがないわけでしょう? なぜ取り組んだのが漫画だったんですかね。
うーん。答えになっているかわかりませんが、僕にとっては、漫画を描いて郵便局で投函したのは、「社会復帰」です。社会復帰しなくちゃしなくちゃと思って、その方法が漫画を描いて送ることだったんです。
――ともかく、それで東京生活が始まった。
そうです。賞を取ったはいいけど、「次々とやっていかないと、新しい人が後から後から来るから忘れられちゃうよ」と編集さんに言われて、次作『ひまわり』を描きました。
『ひまわり』(スピリッツ2012年47号掲載)
――これが、前作からの伸び率というか上がり幅が考えられないほどの上達ぶり、と、はたまた編集部で大きな話題に。「誰だ、この新人は」と。「どこにいたんだ?」と。
僕の場合は、スタートの時点で漫画のことをなにも知らな過ぎただけだと思います。Gペンってものを使って描いたのもこの時が初めてでした。玉井雪雄先生のところにアシスタントに行くようになって。そこで訓練したことが全てです。これが東京かー、漫画の世界かー、と思いました。寝ずに机にへばりついていました(笑)。玉井先生はいい人でした。
――そして、漫画を描き始めてから2年、『四月八日のまえがきに』でこの春に単行本デビューも果たしました。どんな気分がしましたか?
うれしいというよりも、「本当にいいのか?」って感じです。話ってものは、ぼんやり考えては消えて行くものだと思っていましたから。ぼんやり考えては捨ててきましたから。形になるのが不思議でしかたがないです。それと......地元のヤツらには知られたくない(笑)。バレちゃったら「すごいね」と言ってくれるけれど、おまえらはあんまり読むなよ!と言いたいです(笑)。
――さらにパワーアップした次回作はどうなりそうですか?
構想中です。とにかく、面白い話を作りたい。そして、アンケートの票が取れる漫画を描きたいです。いま、あだち充先生と佐々木倫子先生の漫画を読んでいるんですが、怖いです。
――怖い? 怖いって? ホラー漫画じゃないし。
恐ろしい。恐ろしいくらいまで話を突き詰めている。こんな話、俺にはつくれねー!って思います。今から目指すには......スゴすぎますね。いやあ、漫画家さんってスゴい人がいますよね~。最近、高橋留美子さんという面白い漫画家さんも発見しましてね。
――あの~、もう宇宙規模で有名な方ですけどね(笑)。
エゾシカさえはねなければ、こんなふうにはなっていない。いやあ、面白いもんですねえ。
――シカには足を向けて寝られないのでは?
そうですね。一度も考えませんでしたけど、そうです。
松井信介 まついしんすけ
1986年2月3日生まれ、岐阜県郡上市出身。趣味は野球観戦。「よく神宮球場にいます。鳥谷選手の背番号1のユニフォームを着て阪神を応援しています」
(インタビュー:すけたけしん)
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四月八日のまえがきに 松井信介
【初出:コミスン 2014.07.14】
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