2014.06.18
話題騒然!!人ごとと思っていては危ない、『かびんのつま』に描かれた【化学物質過敏症】の衝撃の真実!!!<後編>
石川哲(いしかわ さとし)
北里大学名誉教授。1932年生まれ。東北大学医学部卒業。神経眼科学のほか、有害環境化学物質による人体毒性の研究を専門とする。ニューヨーク大学神経眼科学助教授、北里大学医学部長、北里研究所臨床環境医学センター長を歴任。
化学物質過敏症については、1998年から6年間、厚生省厚生科学研究「シックハウス症候群を含む化学物質過敏症」の研究班長に就任するなど第一人者として活躍。
<主な受賞歴>1996年、有機リン系殺虫剤の慢性神経毒性に関する研究で、米国環境医学アカデミーより学会最高賞「ジョナサン・フォアマン賞」。日本国内では、第7回・第28回「総合医学賞」。2013年には、化学物質過敏症の研究で「遠山椿吉賞」を受賞。
スペリオールにて話題騒然連載中の『かびんのつま』第1集
症状だけじゃ他の病気と区別がつきづらいと、知る!
――前編で教えていただいた化学物質過敏症の定義(※)の中で⑥の多臓器由来の症状についても聞かせてください。
※化学物質過敏症の定義
① 症状の再発と再燃
② その状態がしばらく続く
③ 低用量の物質への曝露でも過敏反応
④ その原因を除去すれば症状は改善に向かう
⑤ 化学的に無関係な多種類の物質にも反応
⑥ 多臓器由来の症状を示す
とにかくさまざまな症状が見られます。大きく分ければだいたい3つでしょうか。神経系(自律神経を含む)と免疫系と、あとは内分泌系に関係する疾患。たとえば神経系だと、偏頭痛、頭重感、吐き気、めまいや、震え、視力障害。免疫系だと、喉の痛み、喘息発作のような咳。バセドウ病のような内分泌系の症状、動悸,息切れ なども出ます。症状は最初は軽く来ることが多く、原因を取り除かないと症状が重くなっていくのです。
子供の場合は、脳の発達とくに脳神経系に関する影響も問題になってきます。注意欠陥・多動性障害、いわゆるADHDとの関係も先進国を中心に問題にされています。詳しい文献は、DA Rossignol他『Translational Psychiatry:Environmental toxicants and autism spectrum disorders』2014年. Macmillan Pub. に掲載されています。
――症状それ自体が特有というわけではないんですよね。なので、症状だけでは他の疾患との区別がつきづらく、どこからが化学物質過敏症なのか、電磁波の影響なのか、かおり本人もわからないという状況です。
それが「化学物質過敏症」の一番難しいところです。原因となる物質で差が出ますが、患者さんが訴える症状は鼻からが多いですね。「へんなにおいで気持ちがよくない」「鼻水がでる」「鼻粘膜がすっきりとしない感じ」「喉がぜいぜいする」などです。また、眼では「目をこする」「瞬きが多い」「眼がすぐに疲れる」といったところですね。いずれにしても、突然極端な症状を訴えてくる患者さんはいません。しかし、香水、たばこの臭い、アルコールの臭いは皆さん気にしますね。
クーラーの風に当たって、鼻水が出ることも。
――医者に見せても、症状の一面だけで「皮膚の病気」「精神疾患」「自律神経失調症」などと診断されて、化学物質過敏症であるとは診断されません。現場では、化学物質過敏症の訴えをする患者に対してにどう対応しているのでしょうか。
化学物質過敏症の診断で一番大事なのは、患者さんの訴えだと思います。〝ここが痛い〟〝あそこが苦しい〟というね。ところが、ぐるぐると症状が繰り返し回ってくるものだから、何度も同じことを訴える人もいます。頭の中で自分の症状を整理できずに困っている人も大勢います。すると医者も困惑し、5分とか10分で診療を打ち切って患者を返そうとする場合もあり得ます。ですが、化学物質過敏症はそんな短時間では診断が下せない病気です。1人に最低30分以上の時間がかかるのは普通ですから。
漫画の中でも、さまざまな症状が登場する。
――診察だけではなく、検査で分かることというのはないのですか?
化学物質過敏症の場合は「眼」に出る症状ですね。たとえば自律神経異常の存在をキレイに証明するデータを引き出せるのは瞳の動きなんです。瞳は急に明るくなると縮んで、暗闇に行くと広がる。そういう生理的運動があるのですが、通常は交感神経と副交感神経のバランスで大きさが決まり、普通の照明下なら中程度の大きさ(4mm前後)位で安定しています。ところが、化学物質過敏症の人で自律神経異常の人は、瞳が小さくなる事が多く「副交感神経緊張」だなという所見が出ることが多い。これは有機リン、カルバメート、ネオニコチノイドなどの中毒の研究でわかっているものです。
一方、米国では、疑わしい化学物質、食品、かび、花粉などを吸引または注射して、その反応の出方により診断するchallenge testという方法を行っています。後遺症の問題で訴訟の問題になったり、必ずしも安心とは言えない濃度を与えられる例もありうるので、日本ではあまり頻繁にこのテストは行いません。
精神的疾患ではないことを、知る!
――そんな診断・検査方法もあるにも拘わらず、化学物質過敏症はいまだに医者によっては「精神的問題」「うつ病」「統合失調」など、そういうふうに言われてしまいます。
化学物質過敏症患者は精神心理的な異常ではありません。あくまで化学物質によって惹起された疾患です。確かに化学物質過敏症の患者さんの中には、すぐ〝カッ〟となって、外から見れば精神的疾患なのかなと思える人もいます。でも結局それは、化学物質によって脳の中の大脳辺縁系などが過敏な状態になってしまって、微妙な精神機能の修正が弱体化しているからだと思います。事実、化学物質過敏症の症状の中に「うつ病」を入れるという外国の考え方もあります。だからといって、化学物質過敏症の精神症状を治そうとして「うつ病」の薬をたくさんもらっても必ずしも治りません。むしろ患者さんによっては、日常的に使っているスプレーをやめたり、犬のノミをとるために使っていた殺虫剤をやめただけで症状が改善することがあります。
――「化学物質過敏症」ということが判明さえすれば、改善に向かうと考えては駄目でしょうか?
良いと思います。基本的には除去療法と薬剤治療になりますが、治すことが大前提です。原因が化学物質だとわかれば、それを見つけて今いる環境から除去すること。これが第一です。次に、その化学物質の解毒剤を使うことです。
先ほども名前を挙げたドイツのルノー先生は〝きれいな空気の所に連れて行くだけで患者さんはよくなる例がある〟と言って、先ほどのスペインの海岸沿いで転地治療をやっていますよ。そこは付近で農薬の使用もなく、家の建材も化学物質フリーのものを使っています。あとはそこで通常の治療をすれば、多くの患者は症状が軽くなると言っていましたね。
日本では、主に新築・リフォーム後の建築物内の化学物質汚染によって生じる「シックハウス症候群」というのがありますが、1998年から2004年にかけてだいぶ減りました。これは国が規制を作って、ホルムアルデヒドを中心に13の有害物質を測定し、もしも高い値ならば、それを除去・使用制限をしたからだと思います。
――とにかく原因となる化学物質への曝露を避けるということですね。ですが、石川先生自身が研究の中で化学物質に曝されてしまう、ということはないのでしょうか?
あります。私自身も有機リン中毒の研究を1970年代からやりましたが、2回ほど、自分の不注意で中毒に見舞われてしまいました。1回目はニューヨーク大学での研究中に原因不明のめまい、頭痛、吐き気、下痢に襲われたんです。後からそれは「有機リンが原因だ」とわかったのですが、結局、米国の友人とともに、自分で診断し、硫酸アトロピンなどの解毒剤を上手に使って身体から全部、有機リンを出してしまいました。温泉・サウナも必要でしたし、あとは解毒剤をうまく使いながら治療しました。それが治っても、研究で使っていた有機リンとは別の分子式が変わった有機リンに対しても、接しただけで仕事中めまいが起きて弱りましたね。
2回目は日本に帰ってから。ある農場の調査で有機リン系の農薬に触れて、やはり先ほどの様な症状が出たので、これも自分で治しました。私は今でも、アトロピン系の薬物をもち歩いてゴルフ場に行ったりします。もし自分に化学物質過敏症の反応が出たら自分で治療をしています。
食べ物も気を付けたいですよね、やっぱり。できれば全部無農薬のものがいいんですけど......なかなかそうはいきません。
「化学物質過敏症」のこれからを、知る!
――この化学物質過敏症は今後、よりポピュラーになっていくのでしょうか。花粉症のように「3人に1人が化学物質過敏症」の時代が来るとかそういうことは考えられないですか?
身の回りのものが次々に原因物質となり得る化学物質過敏症。その恐怖は計り知れない。
そうは思いたくありません。最近はプレガバリン、グルタチオンなど、効果のある薬剤が使える様になったので、治療しながら発症例を減らしていきたいです。
それから、繰り返しになりますが、症状を引き起こす化学物質を突き止めないと駄目です。でも、だいたいは原因は患者さん自身が一番わかっているのではないでしょうか。だから私たちは患者さんの訴えを一番大切にして、じっくり耳を傾けて診断、治療をしています。これには、大変な労力、知識、時間、経済力が必要です。
――最後になりますが、この本の読者へメッセージをお願いします。
文明が進んでくれば、すべてのものが進歩していきます。医学療法もそうであるし、薬、農薬を含む環境汚染物質も同じだと思いますね。それらすべてが、"副作用もなくよく効く"というなら良いのですが、忘れてはいけないのは、身の回りにある化学物質にも副作用があるということなんです。それは化学物質だけじゃありません。携帯電話、ある種の電子機器などでも一緒です。どんなに便利でも電磁波の問題がついて回ります。これらの事実を大人だけではなく、子供や若い世代にも知らせておかねばなりません。
常識的な世界ならば、副作用などがわかったら、その知識を報告し、我々が影響されない様に周囲から駆逐していくべきではないのでしょうか。ところが、今の世界には"そういうものをできるだけ隠す"という風潮がある。"大した副作用がなければ大丈夫だろう"......この慢心がとても怖いのです。
副作用の処置にひっかかり乗り遅れた患者さんは、やはり助けてあげなければならない。だから、これを読んで化学物質過敏症を知った皆さんには、複雑かもしれないけど、微量化学物質のことをよく勉強してほしい。医者も、医学・環境医学を研究する立場にある人達はもっと事こまかに患者を診て、細部にわたって公表、討議を行い、教育し、疾患の撲滅に努力することです。
化学物質過敏症は不治の病ではありません。この病気を一生懸命勉強して、患者さん自身、どんな物質で反応が現れるか? どうやったら安全な日常生活を送れるだろうか? 発症する前に自分の周囲の環境をよく考えてみてください。最近は、先ほど挙げたような良い薬も出てきています。疾患に対する知識レベルも上がっています。私は、この疾患は、注意して経過を追い、治療して行けば将来は明るいものになるのでは?と淡い希望を持って毎日何とか生きております。
――本日はどうもありがとうございました。
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※このインタビューは単行本『かびんのつま』第1集に収録されているものの再録です。
(スペリオール編集部)
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かびんのつま 1 あきやまひでき
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スペリオール公式
【初出:コミスン 2014.06.18】
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