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2016.10.31

恋愛の正体へアプローチする、異形の不倫SF『あげくの果てのカノン』/【連載】深読み新刊紹介「読みコミ」(13)

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発売されたばかりの作品、いま注目したい作品、まだまだ押したい作品......
コミックを長く「店頭」からながめてきた視線で選ぶ、
元・まんが専門店主の深読み新刊紹介。





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第13回 『あげくの果てのカノン』第1~2集 米代恭(小学館刊)







 演劇や音楽などのライブ・パフォーマンスを観ていてよく思うのだが、"表現"を観客に効率よく伝えるには、パフォーマーは観客が目に入らないくらい自分全開でパフォーマンスするのがいいのか、その逆に、冷静に観客の反応を観察・計算しながら盛り上がりを作っていくのがいいのか、観客はどちらのスタイルからより多くインスパイアーされるものなのだろう?





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この作品『あげくの果てのカノン』は、異星生物と戦うことを日常とし、致命傷すらも"修繕"され、その都度"快復"して戦い続ける国民的ヒーローである「先輩」と、彼に恋する主人公・かのんによるSFエンターテインメントだが、何よりもまず"痛い系女子"の恋愛心理のプロセスを晒し内面を暴露する、その説得力に注目させられる。かのんの感情の動きの過剰なまでの臨場感、"痛さ"のリアリティー。ストーキング、盗撮、録音...。思い込みだけでなく具体的に境界を越え、挙動不審を隠しながら欲望に耽溺し、マニアックな到達感に拘泥する彼女の感性は、高校時代にフラれ、すでに結婚している「先輩」を、なぜ8年間も変わらず"好き"でいられるのかを自問し「一種の道楽みたいな...もっと切実な...習慣、生活、生きがい」と自答する。この行為と認識の距離感があまりに現代的で、リアルで、本当っぽい。





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 そんなかのんにとって、神域に住まうアイドルみたいな存在である「先輩」はしかし、戦闘で受けるダメージを"修繕"するたびに"身体的快復"と引き替えに性向や嗜好やフィジカルの安定を損なう"心身の変化"に見舞われ、ずっと同じ人間でいることを保てない職業的宿命を負っている。会うたびにどこかが"更新"されている「先輩」は、どこからどこまでが「先輩」なんだろう? かのんは、あこがれの「先輩」と、いま手の届くところにいる「先輩」との"ズレ"に気付きながらも、「先輩」との関係性、それ自体への執着を手放さない。あげく、「先輩」フリークとして味わう有頂天とセットで受け入れた違和感のその先で、「ずっと望んでいたものの醜さ」をも実感する。期待と実態、深層と表層のアンビバレント。攪乱されながらも、妄想に埋没していく狂気は果たしてかのんの自分全開のパフォーマンスなのか、どこか計算された仮想のパフォーマンスなのか。物語が閉じるまで"解釈"が安定しない、この落ち着かなさはなんだかホラーみたいだ。





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 冒頭にあげた疑問の正解は、常識的には二者択一ではなく混ざり合ったふたつの要素の濃淡、グラデーションのどのあたりに最適値を見出すか...ということになるだろうか。でも、そんなパターンに倦んだ観客としては予想外の展開を待ち受けてしまう。かのんという主人公の、予定調和とは無縁の本気度全開のパフォーマンスを見たいと思う。





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『あげくの果てのカノン』第1~2集 米代恭(小学館刊)







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(文・南端利晴)

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【初出:コミスン 2016.10.31】

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