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2016.09.12

物語の数だけインスピレーションをくれる、34本の短編『機械仕掛けの愛』/深読み新刊紹介「読みコミ」(12) 【連載】

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第12回 『機械仕掛けの愛』第1~4集 業田良家(小学館刊)







短編作品は省略で成り立っている世界だと思う。何を描くかを際立たせるために、何を描かないかに大胆に対処しないといけない。そして、その取捨選択の結果がその作品の個性となっていく。『機械仕掛けの愛』(現在単行本①~④集で収録短編34本)は、複雑化する傾向にある長編作品がその設定を伝えるだけで単行本一冊を使ってしまうこともめずらしくない昨今、その真逆のベクトルを示している異色の短編集だ。





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短編集との出会いというと、読者の側からいえば、1冊全部ではなくその中の短編1~2本に触れることから始まり、評判や口コミに頼らず自力で見つけ出せるチャンスも多くなる。雑誌がよく読まれていた時代には浸透しやすいスタイルだったといえる。ただ、私の場合がそうだったのだが、良くも悪くも短編数本で全部読んだような気分にもなれてしまい、印象という先入観を作り上げてしまいやすいということもある。しかもこの印象というやつは単純化されやすい。これは短編集ならではの、読者との間に横たわるリスクかもしれない。




 もう半世紀近くも前の話になるが、大衆音楽好きの評価の対象がヒット曲単位からアルバム単位に大きくシフトしていった時代があった。いまでもその構造は失われていないが、楽曲販売のデジタルへのシフトもあって、ファンの認知の対象は楽曲単位に戻っていく傾向にあるようだ。だから...というわけでもないが、マンガの世界でもアルバムに似た作りになってしまう短編集は販売的なエアポケットに入りやすくなっている気がする。近いポジションにあるといえる四コマ作品が、ストーリー四コマやページものにバリエーション展開されていることや、また短編集そのものでも、短編連作の手法を取り入れてそこから抜け出そうとしている作品が多いことからも、そんな想像ができる。





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 それはそれとして、短編集の場合、ビン!と反応できる作品といまひとつ反応できない作品に読後感が割れてしまうのは仕方のないところだろう。『機械仕掛けの愛』に話を戻して個人的な好みをいうと、私などは、第1集収録の、遺伝子工学が生み出した最高傑作といわれる「グレイト・シード」と呼ばれる種子が、それを開発した企業の肥料薬でしか育たず、農民はこの種子と肥料薬を法外な値段で買い続けなくてはならない...という、まさに「タネ」を支配するグローバル企業のリアルを彷彿とさせる『グレイト・シード』の設定や、第4集収録の、200kmの上空で爆発させる核兵器=電磁パルス爆弾の発射ボタンをロボットの大統領に押させようとする人間の副大統領や閣僚の面々が、投資銀行の元CEOだったり、兵器産業の元顧問だったり、コンピュータ企業の前副社長だったりする...という、これも戦争の背景にある企業経済の仕組みを垣間見せる『ログ大統領の決断』に、他の短編より多くの刺激を受ける。もとより、この短編集の主人公は多種多様な未来型ロボットであり、一編毎に舞台設定も違えば、登場するキャラクターたちも違い、アイデアの起点や伝える主題も違うから、読者の興味を引くものがバラついてしまうのは当然だろう。私の場合は、喜怒哀楽や人情、カタルシスといった"出来事の結果"の周辺に生じるものより、現実社会や生活にリンクするメカニズムの内実、背景や裏側といった"出来事の原因"となる要素により反応してしまうのだ。オチよりもシチュエーションのリアリティを重視してしまう。ただ、このタイプの読者が本作において多数派か少数派かというと、たぶん少数派だとは思う。





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第17回手塚治虫文化賞短編賞と第19回メディア芸術祭優秀賞をダブル受賞してある意味、客観的評価が定まりつつある『機械仕掛けの愛』だが、その一方で、作者のモチベーションがそうした殻を破る方向に向かうのか、読者の多数派をより太く束ねる方向に向かうのかについては、まだ選択の余地があるように思う。短編集のメリット=武器は、短編の数だけ読者にインスピレーションを与えることができるということだろう。個人的には、表層に流れがちな世の中の仕組みへの一歩踏み込んだ理解や、事件や事故の裏側に隠れてしまってなぜか語られることの少ない事実やその語られない理由など、いわゆる「調査報道」的な切り口をたっぷりと織り込んだフィクションへの期待感がある。ノンフィクションの不自由さを脱ぎ捨てたフィクション、シリアスな絵空事...。ジャーナリスティックな構造を持つマンガのジャンルの開拓にも繋がっていく、突破口のひとつになるといいなと思う。ただこの仕事、作者のみならず編集者のバックヤードでの負担は並大抵ではなさそうだが。





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『機械仕掛けの愛』1~4集 業田良家(小学館)







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(文・南端利晴)

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【初出:コミスン 2016.09.12】

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