ビッグオリジナル
2015.01.30
歌人・穂村弘さんと『フイチン再見!』...単行本第4集発売記念インタビュー!◆私の『フイチン再見!』第2回
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村上もとか『フイチン再見!』単行本第4集発売記念・連載インタビュー企画!
第2回 穂村弘
現代短歌の第一人者・穂村弘。新しい口語短歌だけではなく、ユーモアあふれる文体のエッセイから批評文まで広く活躍する氏は、「オタクのおじさん」として自ら上田としこへ辿り着いていた。そんな氏だからこそ解する
『フイチン再見!』の凄み。そして上田としこから受け取った言葉とは。
敬愛の念こそが、素晴らしいページの割き方を可能にしている。
僕は生前の上田としこさんと一度お会いしたことがあるんですよ。
元々は漫画家の高野文子さんが好きで、いろいろ調べてたんです。そうすると初期の高野さんの絵って1作ごとに画風が違うじゃないですか、それが上田としこの『フイチンさん』という作品に惹かれてある程度画風が確定したという話が......〝あの高野文子の画風を左右するような作品があったんだ!〟っていうので、随分前に自分で本を揃えたんです。ヤフオクでも「上田とし」まで入れてよく検索してました。だって表記が「としこ」だったり「とし子」だったり色々あるじゃないですか?(笑)それで数年前、杉並でアニメ版『フイチンさん』の上映会があって、まだご存命だった上田さんが講演をされるということだったので、〝どんな人なんだろう?〟と思って妻と行ったんです。そしたらもう90歳近かったと思うんですけど、背筋が伸びていて日本的なウェットな感じが全然ない、凄くモダンで素敵な女性だった。
僕はその1回、ご本人を見ただけですけど、『フイチン再見!』を読み始めた時に、この作品の再現性の高さを感じたんです。〝ああ、彼女の若い時って、きっとこういう女性だったんだろうな〟って。だからお嬢さんで感受性がバタ臭くて、それ故に最初の壁に突き当たるという展開に対して、師匠・松本かつぢ同様〝上田はうまく生きていけるだろうか〟と一緒に心配になった。感情移入しちゃった。
それってきっと、丁寧に取材していなければ描けない厳密な描写の魅力はもちろんですけど、村上さんの強いリスペクトがあるからだと思うんですよ。上田としこ本人だけじゃなく、作品の舞台となっているあの時代、困難な状況だったのに道を切り拓いた先輩達への敬愛の念が、あの作品世界を可能にしているんだと思う。たとえば上田さんのルーツのひとりといえる中原淳一さんが軍部からの圧力で「少女の友」を降板させられた時の、当時の編集長の言葉をそのまま見開きで載せるシーン(単行本第2集P.84)、あのページの割き方に魂を感じて素晴らしいと思いました。
登場人物が単純な善悪だけで描かれていないのもいいですよね。全員にその両面があって、時にぶつかったり、厳しかったりしても、ひとりひとりがそう単純ではないという人間観で描かれている。実在の人物達を扱う作品ですから、それって凄く大変というか、難しいことだと思うんです。でもこれだけリスペクトの念が込められていたら、描かれてる人達も、亡くなった上田さんも嫌とは言わないでしょう(笑)。
この作品を通して、『フイチンさん』も再評価されるといいですよね。実は講演が終わった後で、ちょっと近づいていって上田さんに話しかけたんですよ。少しお話できて、別れ際に「お幸せに」って言われたんです。ちょっと不思議な挨拶だけど、何かバトンを渡されるような、ね。次の時代をまだしばらくは生きるだろう我々に対して。それが凄く、今も胸に残っています。
《プロフィール》
穂村弘 HIROSHI HOMURA
1962年札幌生まれ。歌人。90年代のニューウェーブ短歌運動を推進する。短歌のみならず、評論、絵本、エッセイなど幅広い分野で活躍。近刊に訳書『スナーク狩り』(作・ルイス・キャロル、絵・トーベ・ヤンソン)、絵本『X字架』(絵・宇野亞喜良)、絵本『まばたき』(絵・酒井駒子)がある。
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(ビッグコミックオリジナル編集部 写真/佐藤雄治)
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【初出:コミスン 2015.01.30】
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