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2014.07.25

宮崎哲弥さん「マンガって、分かりやすい表現だと思うかもしれないけど、そうでもないのです」◆屋根の上のマンガ読み

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第56回 宮崎哲弥
《プロフィール》1962年生まれ。評論家。政治哲学や仏教論のほか、サブカルチャーにも造詣が深い。『スッキリ!!』『ひるおび!』『ありえへん∞世界』などのテレビ番組に出演中。








「何十回も読み返して、10年後にやっと分かる作品もある」






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 森秀樹[墨攻][海鶴]の頃からずっと好きなんだけど、近年、画風が少し変わった。それ以降の森作品は怖いと思います。なかんずく[腕(かいな) -駿河城御前試合-]。それから[獣 -シシ-]かな。「劇画」の独自性を実感できる雄渾(ゆうこん)な筆致、簡勁(かんけい)な構図は今ではなかなか見られません。『駿河城御前試合』はご承知のとおり南條範夫の小説で、今まで4回マンガ化されています。平田弘史の[駿河城御前試合]、とみ新蔵の[無明逆流れ]、山口貴由の[シグルイ]、そして本作。いずれも名作ですが、本作ほど、真剣で命のやり取りをすることなしには自己の生の意味を確かめられぬ人間の歪(いびつ)な性(さが)を中核に据えたマンガ化作品はない。そして、その歪な性が過酷な運命によって育まれたのを知るとき、私たちの心魂は激しく揺さぶられるのです。やがて、剣士たちのそれぞれの運命が見えない糸で繋がっていることに気づき二度驚かされます。救いのない話に見えながら、運命はある種のハッピーエンドへと物語を導きます。
 村上かつらも作風が変化してて、もともとは[サユリ1号][CUE]のようなヒリヒリした感触の仄暗い青春ものを得意としていましたが、その人が家族を描いた傑作が[ラッキー Are you LUCKY?]です。母親を失い、失意を抱えた少年と、生前の母の「心の面影」を宿した犬型ロボットとの交感の物語。それを取り巻く父親や友人たち...... 実は、この話は苦い成長譚なのです。成長するということは、すなわち耐え難い喪失を受け容れることだと教えてくれる。そんなふうに絶え間なく喪失を繰り返しながら私たちは生きていく。これこそがやがて自己の死を受容する意味なのかもしれない。「ラッキー」という犬型ロボットが本当に可愛くて健気。永遠に続くかに見えたラッキーとの日々が失われたとき、少年は、家族は、新たな道へと踏み出します。




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[ラッキー Are you LUCKY?]©村上かつら/小学館







生と死に立ち会う






 [不思議な少年]は、天使なのか、あるいは悪魔なのか判然としないエキゾティックな少年が時空を超えて様々な場面に立ち会い、いろいろな人間の行状を見届ける連作短編です。彼は歴史に対して超然とした存在でありながら、ときとして人間の見せる聖性に打たれ、あるいは、人の行いのあまりの醜きに怒り、つい介入してしまう。間違いなく山下和美の代表作のひとつです。
 [小さなお茶会]は「もっぷ」と「ぷりん」という猫の夫婦のエピソードが綴られている。一見、何気ない日常を淡々と描いているだけのファンタジーですが、ときに生と死の深淵をのぞかせる怖い回があります。それからプロの詩人であるもっぷの書く詩がなかなかいいんです。
 [あっかんべェ一休]は歴史ものとして、宗教ものとして傑出した作品だと思います。基本、絵の巧い作家ですが、本作は構成、展開も抜群の出来。長く文庫版が流通していましたが、ワイド版で再刊して欲しい!!
 山本おさむは大概読んでいますが、個人的には[聖 さとし]が一番好きですね。何を描いても弱き者に寄り添う心を表出する作家ですが、[Hey!!ブルースマン]や[そばもん]もそうだけど、強い主題性のなかで表われたほうがそれが生きるように思えます。





10年後に分かる作品






 [ヒミズ]以降の古谷実と、[Sink]以降のいがらしみきおは凄い。凄いのは分かるけど、まだ完全に作品を把握できたという感じがしないので、こういうところでは挙げないことにしています(笑)。マンガってみんな、分かりやすい表現だと思うかもしれないけど、そうでもないのです。何度読み返しても捉えきれないものが残る作品なんかザラにある。たとえばいがらしみきおの[I【アイ】]なんて当代の最重要の作品だと思いますが、10年ぐらい幾度となく読み直してやっと「分かった」という実感に達するんじゃないかな。






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《宮崎哲弥さんのおすすめ作品》

 [腕 駿河城御前試合]森秀樹、南條範夫

 [ラッキー Are you LUCKY?]村上かつら

 [新装版 小さなお茶会]猫十字社

 [不思議な少年]山下和美

 [あっかんべェ一休]坂口尚






《こんな作品もおすすめしていました!》
 [そばもん][聖 さとし]山本おさむ
 [I【アイ】]いがらしみきお
 [プルンギル -青の道-]江戸川啓視、クォン・カヤ
 [攘夷幕末世界][明楽と孫蔵]森田信吾
 [恐之本]高港基資





■次回予告:第57回 オクイシュージ(俳優)

いがらしみきお[かむろば村へ]を原作とする

映画『ジヌよさらば~かむろば村へ~』で

謎の板前・奥村勝男役を演じるオクイシュージさん。

高校生のころから愛してやまぬ、いがらしみきお作品への深~い愛情を語る!!

<8/9(土)更新予定>







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(取材構成:ビッグコミック編集部・根本和佳(DAN)、撮影:松原康之)

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【初出:コミスン 2014.07.25】

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