ましろ日 第48光 本気になるとは……

第48光 - 2019/11/15更新
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第48光 本気になるとは……

香川まさひと

  練習グラウンドにて、にこにこと笑う谷。
中居「さあアゴを触らせてもらいなさい」
山崎「え?」
中居「視覚情報を得られないんだから、触ることで、谷さんのイメージを作るんだよ」
 谷「(にこにこと)どうぞどうぞ」
  山崎、「人のアゴなんて触ったことないけど」と言いながら、触った。
山崎「(感心し)これは見事なアゴ」
中居「この日本記録保持者のアゴに勝つ!」
  山崎、中居に聞いた。
山崎「ここに連れてきたのはアゴを触らせるためですか」
中居「ほかに何があると言うんだ?」
山崎「…谷さん、質問していいですか」
 谷「(にこにこと)どうぞ」
山崎「ブラインドマラソンでもっとも大切なことはなんですか?」
谷「それは伴走者との信頼関係ですね」
山崎「(心の中)まあ、そりゃそうだけど、優等生的な答えだな」 
中居「私が火に飛び込めといえば、彼は飛び込むよ」
谷「(にこにこ)はい、喜んで!」
山崎「嘘でしょ?」
  谷、にこにこ続けた。
 谷「嘘じゃないですよ、だって僕ら視覚障碍者は信じるしかないじゃないですか」「哀しいけれど」
山崎「(その通りだと思い)……」

  広島へむかう新幹線
  
  同・車内
  座っている山崎と中居。

  広島駅・ホーム

  広島駅・タクシー乗り場(夜)
  山崎と中居が来た。
中居「ここからは家に帰れるだろ」
山崎「帰れますけど」
中居「ん?」
山崎「ちょっと走りたいんですけど、付き合ってくれますか」
中居「(心の中)やっぱり見込んだだけのことはある」
山崎「ダメですか」
中居「悪いがこのあと寄るところがある、それに服もシューズも持ってない」
山崎「30分でいいんですよ、服とシューズは買ってください、金は私が出しますから」
中居「(笑って)負けたよ」
山崎「俺、勝ちましたか」

  スポーツ用品店・中(夜)
  レジ前。
一式差し出した。
中居「(レジの人に)タグを切って下さい、今すぐ使うんで」
山崎「(レジの人に)おいくらですか」
中居「(山崎に)金はいい」
山崎「でも」
中居「いいと言ったらいい!」、

  山崎のアパート・表(夜)
  
  同・山崎の部屋・ドア前(夜)
  着替えた中居が屈伸をしている。
  着替えた山崎が出てきた。
山崎「お待たせしました」

  ライトアップされた原爆ドーム(夜)
  一礼する中居。
  山崎に言った。
中居「さあ、行こう」
  
  大きな満月
  その下を走って行く中居と山崎。

  山崎のアパート・山崎の部屋前(夜)
  着替えた中居が言う。
中居「医師の診断と防府マラソンのエントリーほかについてはまた連絡する」
山崎「次、いつ練習できます?」
中居「……それもまた連絡する」
山崎「シャツとか洗っておきます!お疲れ様でした!」

  走るタクシー(夜)

  同・その車内(夜)
  後部座席に乗った中居が電話をしている。
中居「もしもし、中居です、今から家に伺っていいかな」

  上杉のマンション・表(夜)

  同・上杉の家・リビングルーム(夜)
  中居が上杉と対峙して座る。
上杉「(うれしそうに広島弁で)まだ広島にいらしたんですか」
中居「ちょっと話がしたくてね」
上杉「(うれしい)防府マラソンの打ち合わせですか」
中居「そう、防府マラソンでは私はキミの伴走はできない」
上杉「(驚き)え?」
中居「山崎の伴走をすることになった、前半も後半も」
上杉「(落ち込み)……」
中居「(心の中)やっぱり思った通りだ、この男、メンタルが弱い」
  中居、心の中でなおも思う。
中居「(心の中)生まれながらの失明者にはたまにいるのだ、わがままなくせに、気が弱い男が」
  中居、心の中でなおも思う。
中居「(心の中)だが乗り越えてもらわないといけない試練だ、あくまで防府マラソンは最初の関門に過ぎない」
  中居、なおも思う。
中居「(心の中)山崎に勝つことが最終目標ではない、東京パラが最終目標なのだ」
  中居、立ち上がる。
中居「これで失礼する」
  中居、背中を向けて歩き出す。
中居「(心の中)もちろん山崎にも同じように試練は与える、ただし彼には違う試練だが」
  中居の向こうでまだ落ち込んでいる上杉。

  広島城(※一週間後くらい)
  その近くの道。
  走る上杉と小出。
小出「なんか元気ないのお」
上杉「(ムキになり)そんなことない!」
  上杉、スピードを上げる。
小出「リズムを大事にせんとね」
上杉「わかってる、そんなことは!」
小出「(心の中)この前変わったかと思ったんじゃけど、人は変わらんか…」
  走る上杉と小出。

  ある日・原爆ドーム
  走る順平と山崎。
  
  またある日・原爆ドーム
  走るひかりと山崎。

  またある日・原爆ドーム
  走るサキと山崎。

  またある日・原爆ドーム
  走る中居と山崎。

  上杉の家・リビング
  上杉、お茶を取ろうとして
  湯呑を倒した。
サキ「(広島弁で)あーあ、こぼして」
  サキ、湯呑を立て
台布巾で拭き始める。
上杉「お前、防府マラソン、山崎について行くんか」
サキ「行きたかったけど仕事があるけえ」
上杉「山崎は一人で行くんか」
サキ「ひかりさんが行く」
上杉「(表情動き)?大丈夫か?」
サキ「なにが?」
上杉「(鼻で笑って)山崎は女癖悪そうだ」
サキ「(サキも不安に思っていることなので)……」
上杉「(返事しないので)?」
サキ「私の心配より自分の心配しなよ、負けるかもって思っとるんじゃろ?」
  上杉、ほんの一瞬表情動く。
  サキ、何もせず、台布巾でまた拭く。
上杉「……拭かんでええ」
サキ「何言ってるの、拭かないでどうするん」
上杉「俺がこぼしたんじゃけえ、俺が拭く!」
  上杉、テーブルの上を探る。
  またしても湯呑を倒した。
  サキ、湯呑を立てると
  上杉の手を取り、台布巾を手渡した。
  上杉、乱暴に拭き始める。
サキ「図星か、負けると思っとるんじゃ」
上杉「(爆発し)ふざけるな!」
  上杉、湯呑を手で払った。
  サキ、冷たく言った。
サキ「兄貴、自分でやったんじゃけえ自分で片付けてね」
サキ、部屋を出ていく。
上杉「……」
  上杉、思う。
上杉「(心の中)確かに俺は怖いんかもしれん」
  上杉、ぼそりとつぶやく。
上杉「本気になるって、ここまで怖いんか」

  山口県防府市・駅前
  その外観。
ひかりと山崎が出てきた。
ひかり「会場へ向かうバスはあれかね?」
  バス、止まっている。
  人々が並んでいる。
ひかり「前日のエントリーでも、結構人いますよ」
  ひかり、続けて
ひかり「もう乗っちゃいます?」
山崎「中居さんとの約束までまだ時間あるよね」
ひかり「はい」
山崎「じゃあタクシーで行こうか、寄りたいところがあるんだ」
ひかり「?」

  走るタクシー

  その車内
後部座席の山崎とひかり。
ひかり「自転車で防府市に来たのはいつだったんですか」
山崎「3年くらい前かな」
ひかり「なにか目当てがあって来たんですか」
山崎「ないよ、走れればどこでもよかったんだ」
タクシー、止まる。
運転手「向島で海見えるところってここはどうですかね、まあ島だからどこでも見えるけど」
山崎「適当でいいんです、自分でもよく覚えてないし、目が見えないから確かめるのも無理だし」
  続ける。
山崎「ちょっと降ります」

  向島
  タクシーから降りる山崎とひかり。
  海を見て
ひかり「風が気持ちええ」
山崎「そう?少し寒くないか?」
ひかり「寒いんがええんです、ぴりっと気が引き締まる」
山崎「(微笑み)前にも広島で海見たなあ、ひかりと一緒に、そして握手した」

  そのときの回想。

ひかり「……」
  山崎、手を出した。
山崎「今回は遠くまで来てくれてありがとう、明日、ベストを尽くします」
ひかり「明日は沿道から応援します」
  ひかり、手を握った。

  防府マラソン・スタート地点
  大きな看板がかかる。
ギャラリー。
  その中にいるひかり。

  隣のグラウンド
ウオーミングアップをする人たち。
上杉と小出。
かなり離れた場所で山崎と中居。
  放送アナウンス。
アナウンス「選手の方はスタート地点にお並び下さい」
中居「上杉、きびきび動いてるな、調子良さそうだな」
  動じずアップをつづけ
山崎「(軽く)昨日はよく眠れたんですかね」
中居「(心の中)予想通り、もう上杉は眼中にないわけだね、だったらやはり、試練を与えるための、タネを仕込むととするか」
  中居、ある方向を見て言った。
中居「谷さんのアゴが艶々してるなあ、あれは絶好調だな」
  山崎、顔引き締まる。
  だが中居が見ている方向に谷はいない。
  誰もいない。    
                
(次の話 第49光へ)

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