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香川まさひと
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39話 心二つ、体二つ

香川まさひと

  スタートの銃声が高らかに鳴った

走り出す招待選手。

続いて上杉と小出、佐藤、そして順平と山崎。

スタート直後の一本道。
順平「最初は意識せんで、山崎さんのペースで走って下さい」
山崎「おう」
順平「ペース早くても、但馬さんと交代する20キロまでなら、俺も必死で食らいつきますし、ペース遅ければ、それはそれで指示を出しますから」
山崎「(なにか考えている)……」
順平「(心の中)しかしここまでペース速かったけ?ああは言ったけど、俺、ついていけるんか」
  走る山崎と順平。
順平「(心の中)まずい、俺が不安に思うと山崎さんの心に伝染する」
  順平、続けて思う。
順平「(心の中)不思議と伝わるんだよな、こいつから」
  山崎と順平が握るロープ。
順平「(心の中)ブラインドマラソンランナーは、心が二つ、体が二つある、そこをわかっとらんと、良い走りができん」
  山崎と順平。
順平「(心の中)しかし速いなあ」
  前のランナー接近してきた。
順平「前のランナー、右から抜かします」
  山崎と順平抜かした。
  上杉たちもすぐそこだ。
順平「続けて上杉さんたち抜かします。小出さんいるから二人分余裕持って」
山崎「上杉を?」
順平「そう、あっさりちゃっかり抜かすよ」
  上杉たち、抜かした。
  見送った小出。
小出「速い!」
上杉「(わからず)え?」
小出「山崎さんたちに抜かされた」
上杉「(驚き)!」
  だがすぐに上杉、小出に言う。
上杉「おれたちも行こう」
小出「いや、やめたほうがええ、こっちのペースがおかしくなる、それほど速い」
上杉「(悔しい)……」

  走る山崎と順平。
山崎「(心の中)抜かしたということはペースが速いのか?」
  走る山崎と順平。
山崎「(心の中)まずい、自分が速いのか遅いのかもわからない」
  走る山崎と順平。
山崎「(心の中)体と心がバラバラというか、つまり」
そのとき山崎の顔がゆがむ。
山崎「順平、脇によけて止まってくれ」
順平「え?どうして?」
山崎「いいから!」
  順平、山崎を誘導した、
  とたん、山崎、吐いた。
順平「!」
  上杉と小出、来た。
小出「あ、山崎さん止まってる、あれ?吐いてるのか?」
  順平が山崎の背中をさする。
小出「山崎さんたちを右から抜かします」
小出と上杉、抜かした。
走る上杉と小出。
上杉「山崎が吐いてたのか?高校生の順平じゃのーて?」
小出「山崎さんだった、体調悪いんかな、レース棄権するかも」
上杉「(さびしそうな顔になる)……」
小出「あれ?さびしそうな顔して?」
上杉「(慌てて)そうじゃない、口ほどにもない奴じゃと思っただけだ」

  順平、山崎の背中をさすりながら
順平「(心の中)慌てるな!俺が動揺したら山崎さんはもっとつらい」
  順平、背中をさする。
順平「(笑顔で)へえ、山崎さん、緊張しとるん?だったら吐くのも緊張も全部出しちゃいましょう」
山崎「でもタイムが」
と言おうとしてまた吐いた。
順平「いや、その前に走らないって選択もあるよ、棄権したってええ」
順平、続ける。
順平「マラソンが人生のすべてじゃないしね」
山崎「すべてだ」
  吐いたままの格好でそう言った。
順平「……」

  スタートライン
  待っているひかりとサキ。
ひかり「サキさん、今回のレース、どっちが先にゴールするか、競争せん?」
  ひかり、続けて
ひかり「もちろん調子が悪くなったら、競争無視してええけど、あくまで遊びで、冗談で」
サキ「面白い!勝ったほうが山崎さんを獲得するってことね」
ひかり「そんなことは言っととらん!」
サキ「あくまで遊びで、冗談で」
ひかり「それは冗談にならん。だいたい山崎さんのおらん場所でそういうのは不謹慎で失礼じゃ」
サキ「(笑って)だったら競争やめる?」
ひかり「……」
そのときスターターが言った。
スターター「ふだん3時間40分から4時間、もしくは今日はそれくらいのペースで走ろうと思ってる方、スタートです」
  ひかりとサキ、並んで走り出した。
サキ「答え聞いとらんけど」
ひかり、ぐいとサキより前に出た。
サキ「それが答えね」
  サキもぐいとスピード上げた。
  並ぶひかりとサキ。
ぐんぐん走って行く。
 
  道
  山崎の「すべてだ」を受けて順平が言う。
順平「わかりました、じゃあ走りながら様子をみよう」
  山崎、ロープをにぎり直す。
順平「二人先に行かせてから、すぐさまコースに入ります」
  ランナー二人、行った。
順平「行くよ」
  走り出す。
山崎「実は夕べ寝てないんだ、それもあってここへ来るまでのバスも酔った」
順平「えー!そうなの?だったら早く言ってよ!」
山崎「違うかも、ただの緊張かも、あるいはメンタルが弱いのか」
順平「それだけ冷静なら、緊張とかメンタルのせいじゃないよ」
山崎「あの……」
順平「ん?まさかまだ何か隠してるの?」
山崎「実はフルマラソンこの前走っちゃった」
順平「えー!誰と?」
山崎「ラジオでたまたま紹介してた伴走の人で中居さんて人、広島まで来てもらって」
順平「(驚き)中居ってあの中居?」
山崎「そう、あの中居」
順平「そうか、走ったのか、すごかった?世界一の伴走者だって言ってるだけのことはある?」
山崎「(興奮して)あるある!!すごかったよ!あんなに走りやすいのかって!」
順平「(ちょっと気落ちして)……」
  山崎、気づいた。
山崎「(心の中)俺はなんてバカなんだ!順平たちは自分の時間を犠牲にしてまで俺のためにがんばってくれているのに」
  山崎、言った。
山崎「(気づき)順平もすごく走りやすいよ」
  だが順平から返事はなかった。
順平「……」
山崎「……」
  走る山崎と順平。
順平「吐き気はどうですか」
山崎「大丈夫、収まった」
順平「話せたから、リラックスできたかな?」
山崎「……ごめん」
順平「なんのこと?」
山崎「中居さんを勝手に呼んでごめん、順平たちの伴走こそ最高なのに」
順平「俺たちが忙しかったから気を使ったんでしょ」
山崎「でもそうは言っても……」
順平「もう話さなくていいって、その手の話はリラックスにはならんと疲れるだけ、しゃべるんは伴走者の役目」
山崎「そういうとこだよ!順平の伴走が最高なのは!」
順平「(苦笑い)はいはい、ありがとう」
  順平、時計を見た。
順平「(心の中)タイムはそこまで早くないか……」
  そのときだった。
  沿道に応援の人々。
  制服姿の合唱部の連中だ。
  全員で歌っている。
  ♪がんばれ山崎♪サングラスがカッコいいね♪ 
山崎「順平の合唱部か」
順平「そうそう」
通り過ぎる。
山崎「ありがとう!」
順平「サンキュー!」
通り過ぎた。
山崎「うれしい」
順平「俺もうれしい」
順平、続ける。
順平「伴走って心二つ、体二つじゃん」
山崎「そんな言い方するんだ?」
順平「いや、俺が作ったんだけど」
  順平続ける。
順平「今、合唱部が5人いたからさ、体は無理でも、心は七つになったんだよ」
山崎「なるほど、その七つが心を一つにしたんだな」
順平「チーム山崎はひかりさん、サキさん、但馬さん、正ちゃん、だからプラス四で心は十一だね」
山崎「ああ」
順平「それに今朝早く朝飯作ってくれた俺のばあちゃんだって、入れてあげんと」

フラッシュ。
順平のおばあちゃんが朝食を作る。

順平「計十二」
山崎「いや、リサイクルショップの三上さんだって、太田社長もそうか」
順平「だから山崎さんは話さなくていいって」
山崎「計、心いくつだ?」
順平「計十四」
  そのとき順平が「あ」と声をあげた。
  そこには応援の凛ちゃんがいた……。
  凛、自分で描いた山崎と順平のイラストを大きく広げ
凛「山崎さん、順平、がんばれ!!」
  と叫んでいた。
  二人、通りすぎながら
山崎「ありがとう!」
順平「十五ありがとう!」
  通り過ぎた。
凛「(彼らの背中に)十五?十五って何?」
走る山崎。
その凛の問いの答えを心の中で言った。
山崎「(心の中)十五と聞いて俺はラグビーのチーム人数を思い出した。そしてあの言葉を。One for all, all for one みんなは一人のために、一人はみんなのために」

  中間地点
  高所。ここへ来る手前が登坂。
風通しの良い畑の真ん中にある。
  三上のバイクが止まっていて、但馬が降りる。
  その顔、蒼白。
三上「(勘違いし)いいね。そういう緊張感溢れる足軽さんほど、戦場で大将の首を取ったんだよ」
  三上、続けて
三上「ちょっと小便」
  畑に消えていく。
  一人になった但馬、体震えて。
但馬「(心の中)バレる、絶対バレる」

  フラッシュ。
  目がつぶれる山崎。
  トラックを運転していた但馬。

但馬「逃げよう、今のうちに逃げよう」
  そのとき畑からごそごそと人が出てきた。
  それは三上ではなく、伴走のゼッケンをつけた中居だった。
  手にした青いレモン。
中居「(嗅ぎながら)スンスン、青い瀬戸内レモンが鼻腔をくすぐります」
中居、気づき
中居「(手を差し出す)伴走者だね、中居と言います、よろしく」
  「伴走」と「チーム正太郎」のゼッケンがついた但馬、ビビりながらも、
握手した。

  走る山崎と順平
順平「(時計を見ながら心の中で)お!心効果か、タイムぐんぐん上がってきた!」
(次の話 第40光へ)
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