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香川まさひと
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ましろ日

33話 ましろ日

香川まさひと

  順平と山崎が道を歩いてきた
山崎「悪いな、宿題あるのに」
順平「宿題?」
山崎「夏休みのだよ」
順平「大丈夫!俺は追い込み型っす!」
  順平、立ち止まる。
順平「(思わず)ましろひ」
山崎「え?」
  順平が見たのは、止まっていた営業車のバン。
  側面に「ましろひ」と書かれている。
  カメラ引くと、「頭饅ましろひ・菓銘」
  つまりは右始まりで「銘菓・ひろしま饅頭」のこと。
順平「車の側面に字が書いてあったんだけど、右始まりで一瞬わけがわからなかった」
山崎「ましろひ……逆から読むとひろしまか」
順平「たしかに広島は、8月6日はまっしろになった日だけどね」
  遠くに原爆ドームが見える。
山崎「俺は違うことを思った」
山崎、続ける。
山崎「悪い意味じゃなくて、まっしろな気持ちでスタートする日みたいな」
順平「ああ、白紙の白ね、もしかしてそれって山崎さんのこと?」
山崎「かもな」
  「ましろひ」の営業車走りだした。

  お城の周りを走る順平と山崎(朝)
  山崎はいつものように走ってる。
  だが順平、違和感。
順平「(心の中)おかしい」
走る順平と山崎。
順平「(心の中)俺が体調悪いのか?」
走る順平と山崎。
順平「(心の中)違う、俺のせいじゃない」
  山崎が言った。
山崎「今日も暑くなりそうだな」
順平「(息切れて)そうっすね」
  走る順平と山崎。
順平「(心の中)マジやばい、山崎さん、息切れしないで普通に話している」

  休憩。ベンチ前。
順平、まだ息が切れている。大きく肩で息をする。
山崎は普通にストレッチ。
山崎「そうだ、今度の大会のチラシ持ってる?」

ベンチに並んで座る2人
  順平、手に持つチラシ。
  それは『呉・島めぐりマラソン』のもの。日時は10月15日(日曜日)(※順平の参加したNHKの合唱が2017年なので去年に合わせます、もちろん曖昧でいいと思いますが)
山崎「けっこう高低差あるだろ」
順平、チラシをひっくり返す。
案内地図と、高低差の図が出ている。
順平「自転車では走ったことあるんですか?」
山崎「(楽しそうに)あるよ、あれは冬だったかな?半日たっぷり走って最後にミカン食った、美味かった」
  山崎、続けた。
山崎「きつい登りもあったけど、俺、案外好きなんだよね、帰りは下り坂のごほうびが待ってるし」
  山崎、続ける。
山崎「まあ自転車とマラソンは違うけどな」
順平「……」
山崎「さっきから順平おかしくない?」
順平「山崎さん時間あります?」
山崎「うん?」
順平「よければ蚊のいる公園で走りません?あそこなら正確なタイムが測れるけえ」
山崎「正確なタイム?」

  公園
  順平と山崎、コースのスタートラインに並んだ。
順平「山崎さん、自分のペースで普通に走って下さい」
山崎「(意図わからず)……うん、何周?」
順平「10周、500メートル×10で5キロ」
  順平、腕時計のスイッチ押した。
  走りだす二人。
  ぐるりと回って
  また直線。
  またぐるりと回ってくる。
  スタートラインまで来た
  順平、見る。
順平「(心の中)やっぱりそうか」
  また次のカーブ。
  直線。
  カーブ。
  スタートライン。
順平「(心の中)ほえー!」
山崎「時計見てるの?どうペースは」
順平「ああタイム気にせず自分のペースで」
山崎「わかった、だったらもうちょっと早くしていい?」
順平「(心の中)嘘だろ!いまだってついていくのやっとだよ!」
  山崎、スピード上げる。
  走る山崎と順平。
  4周目。
  5周目。
  6周目。
  順平、時計見る。
順平「(心の中)うわ、さらに10秒縮んだ」
  必死で走る順平。
  7周。
  8周。
  9周。
  カーブを曲がるところ。
順平「カーブです、直線走って10周終ります」
  スタートのところ。
  順平、腕時計を止めた。
走り抜ける。
順平「ゴールっす!」
  止まった。
  順平、息荒いが腕時計を見た。
順平「20分切ってる!1キロ4分以下」
山崎「え?」
順平「フルだったら2時間48分!」
山崎「でも5キロだろ」
順平「その前に今日はお城で10キロ近く走ってるんだよ」
山崎「あ、そっか、全然忘れてた」
順平「忘れてた?こっちはへとへとだよ!だいたい1周目より10周目のほうが速くなってるってどういうこと?」
  と息が切れて
順平「だめだ、ちょっと息させて」
  はあはあと息をつく。
山崎「でもサブスリーなんてたくさんいるだろ」
順平「一般はね、でもあんたはブラインドマラソンランナーなの!それに打倒上杉哲朗のベスト記録より速いんだよ!」
山崎「あのさ、俺まだ一度もフルマラソン走ってないんですけど」
順平「一番問題にしたいのはなぜ急に速く走れるようになったかだよ!そこに驚いとるの!」
山崎「一人でずいぶん練習したからかな、自分のペースで走れたから」

   回想。杭にロープを繋いで、ひとりで走る山崎。

順平「そっか、まだ伴走には慣れてなかったのか」
山崎「性格かもしれない、もともと孤独好きの偏屈な人間だから」
順平「そこじゃないでしょう、俺だって一人で走る方が走りやすいもの」
  順平、続けて言った。
順平「つまりブラインドマラソンはマラソンとは別の競技なんだよね」
  そのときだった。
  公園を突っ切ろうとしてた自転車が声をかけた。
  『大鷹自転車』のユニフォームを着た太田(仕事中)だった。
太田「山崎?」
太田、自転車止めると、
走ってきた。
太田「やっぱり山崎だ!!俺だよ!太田だよ!」
  と手を握る。
山崎「(うれしい)社長!」
順平「社長?」
山崎「前に勤めてた自転車便の社長の太田さん、仕事のときはもちろん、事故のときも本当に面倒見てもらったんだ」
順平「ああ」
太田「どうした?そんな格好して?」
山崎「マラソン始めたんですよ」
  驚く太田。
順平「ブラインドマラソンと言って二人で走るんです、こいつを互いに握って」
  順平、ロープを見せた。
太田「(感激してるのだがぽかんとした顔に見える)……」
順平「あ、なんか言わないと、山崎さん、表情見えないから」
太田「(ぼそりと)すごい」
  太田、ぎゅっと手を握る。
太田「すごいよ、立派だよ、よく立ち直ったよ、俺はうれしいよ」
  太田、泣きだした。
太田「うれしい、すごいうれしい」
山崎「とんでもない、あのとき冷たく突き放してくれた社長のおかげです」

回想・単行本1巻p・38、39あたりを……。
太田「俺、すごい軽蔑した顔でお前を見てるんだけど」

太田「すまなかった」
山崎「社長の気持ちはわかってます、だから感謝しかないです」
山崎、丁寧に深く頭を下げた……。

  回想。単行本1巻。病院での太田の様子。
山崎のNA「保険屋とか加害者との対応とかそりゃもういろいろやってくれた」
  但馬とも会ってるが、壁越しで但馬は見せない。

太田「まあ俺は社長として当然のことをしただけだよ」
  太田続ける。
太田「しかしマラソンってのはいいね、山崎に合ってるよ」
順平「それはなぜゆえに?」

ベンチに座る太田、順平、山崎。
太田「(順平に)へえ、突然、タイムが上がったのか」
山崎「まぐれですよ、最近体調がいいから」
太田「(山崎無視し順平に)シンプルに考えていいんじゃないの?だって山崎は自転車ずっとやってたんだぜ」

回想。官庁街をスピードを上げて走る山崎の自転車便。
太田のNA「週に5日8時間以上仕事で走ってさ」

休日のツーリング。山間部の道を登る山崎。
太田のNA「休みは休みで自転車で遠出するんだぜ」

太田「そりゃもう心肺機能は人並み外れてるよ」
  太田、続ける。
太田「ただ入院して筋肉が衰えた、それがここへ来て復活したってことじゃないのかな」
太田、続ける。
太田「あるいは自転車とマラソンじゃ使う筋肉が違うから、ようやくマラソンの体になったってことかもしれない」
山崎「はあ、よく自転車とマラソンじゃ使う筋肉が違うって言いますけど」
太田「え?そうじゃないの?」
山崎「ただ自分は仕事ではスピード上げて短距離で、休みはのんびり長距離だったから、そこまで偏った筋肉の使い方はしてないと」
順平「まんべんなくってこと?」
山崎「それより自分にとって自転車とマラソンの違いは筋肉じゃなくて」
太田「?」
山崎「社長も知ってる通り、自分は自転車レースに出たことはありません。でもマラソンは違う。ライバルがいる。自分はそこまで負けず嫌いか」
太田と順平、同時に叫んだ。
太田・順平「ものすごい負けず嫌いだよ!!」
山崎、ぽかんとして
山崎「……だったらいいです」
順平「だけどそうなると打倒上杉哲朗どころじゃないですよ」
  順平、きっぱり言った。
順平「マジで東京パラリンピック目指せるよ!」
山崎「まさかあ」
順平「可能性はあるよ、だってブラインドマラソン人口はそこまで多くないし」
  順平、気付いた。
順平「あ!今日みたいな日のことか」
山崎「何が?」
順平「山崎さんにとって今日がオリンピックへの挑戦スタートの日、ましろ日だったってこと!」
(次の話へ)
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