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香川まさひと
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21話 打倒上杉

香川まさひと

  『ひろしま里山20キロマラソンレース』会場
  スタート地点。
  少しずつ集まってくる人々。
  すでに来た人々は、それぞれ、着替えたり、ウオーミングアップしたり、栄養補助食食べたりしている。
  背中のビブ。チーム正太郎。
着替え終えた四人が並ぶ。ひかり、順平、山崎、但馬。
あらたに3人の参加者がやってきて、ブルーシートの上で着替え始める。
ひかり「(山崎に)3人来ました。全員50代、男性。高そうなウエア、高そうなウオッチ、IT企業で一発当てた感じ」
ひかり「趣味はおそらく右から乗馬、セスナの操縦、サファリで猛獣狩りです」
順平「なにそれ」
ひかり「たくさん言葉がけして、山崎さんに状況を教えよう思うて」
  ひかり、宣言するかのように言う。
ひかり「安心安全は伴走者の言葉から!」
順平「そうじゃなくて、サファリで猛獣狩りって!」
  山崎、笑う。
山崎「楽しくていいよ、緊張ほぐれるし」
但馬「(真面目に)私、あの人たちに聞いてきましょうか?趣味はなんですかって」
順平「うわ!ここにも天然が!!」
但馬「(真面目に)でも趣味はたぶんマラソンだと思いますが」
ひかり「(笑って)ぶははは!但馬さん最高!」
順平「(ひかりに)あんたもだよ!」
順平、嘆いた。
順平「大丈夫か、チーム正太郎ことチーム山崎」
  山崎しみじみと言った。
山崎「大丈夫さ、一つになってる、だって……」
  
  『二週間前』・マクドナルド店内
4人掛けの椅子に山崎、となりに順平、向かいに但馬の3人。
順平が山崎に配置を説明する。
順平「手前、右にポテト、左がビッグマック、左手奥にアイスコーヒーです」
山崎「了解」
それぞれ頼んだセットを食べ始める。
山崎「(うれしそうに)この前、ひかりに働けって言われちゃったよ」
山崎、続ける。
山崎「普通言えないだろ?障害者に働けって…言ったら悪いって思っちゃうもん」
順平「でも言わんってことは、ある意味線引きなんですよね、あなたたちは特別だからみたいな」
山崎「そうなんだよ…だからうれしくて、介護サービスの車、タダで洗っちゃったよ」
みんな食べる。
順平「実はこの前、ひかりさん、上杉さんとぶつかったんですよ」
山崎「あの上杉さん?マラソンやってる?」
順平「それこそ特別扱いなしで、ひかりさん、喰ってかかって」
順平、続ける。
順平「上杉さん、俺たちのことお遊び集団だって、黄色い帽子被って、幼稚園のお砂場で遊んでろって」
山崎「(笑って)嘘だあ!そんなこと言わないだろう」
順平「(かまわず)遊び終わったら、おやつにチチトスの白牛乳飲んで、夕方5時に、ひろしま平和の歌のオルゴールが流れたら、お家に帰りましょうって」
山崎「(ムッとした)……」
順平「(なおも)あと、山崎さんはその無精ひげを剃れって」
山崎「(怒りの形相、口に出して)がーん!」
  山崎、言った。
山崎「上杉、絶対に許さない!」
順平「まあ、ちょっと脚色しましたけどね」
山崎「(笑い)わかってるよ」
だが但馬、真剣に言う。
但馬「上杉の野郎!」
順平「でも打倒上杉っていいと思うんですよ…仮想敵っていうのかな、目標があったほうががんばれるでしょ」
山崎「上杉さんって記録どうなの?」
順平「一度、2時間59分出したらしいですよ」
山崎「速いじゃん!」
但馬「(真面目に)目標は高いほうがいいです」
山崎「わかった!よし、ここに誓おう!俺たちは絶対に上杉に勝つ!」
  3人、飲みものを乾杯の要領でかちんとぶつけた!
山崎「ひとつ聞いていい?上杉さんってもしかして……」
順平「(さらっと)イケメンですよ」
山崎・但馬「(激怒)上杉の野郎!」

  スタート会場。
  山崎が小声で言う。
山崎「俺たちはひとつ、なぜなら打倒上杉だから」
  但馬も順平もいひひと笑う。
ひかり「(わからず)男3人がなにをひそひそしとる?」
  そのとき受付が言った。
受付「受付開始しまーす!」
  順平と山崎、行く。
  用紙を見ながらチェックする受付に順平が言う。
順平「視覚障害者の山崎とその伴走者です」
受付「はいはい、聞いてます、伴走者は3名ですね」
順平「10キロで交代する予定なので前半後半で2名、なにかあった場合のために補助として一人、計3名です」
受付「公式レースではない20キロですので、臨機応変に安全優先でお願いします」
  受付、山崎のゼッケン34番を渡す。
受付「ゼッケンにチップがついてますので、スタート近くになったらスタートラインに近づかないで下さい。反応してタイムを計り始めてしまうので。こちらが伴走者用のビブです」
  ゼッケンに名刺サイズほどのビニールがついていてそこにチップが差し込んである。ゼッケンを渡す。
受付「午前8時スタートです、一斉スタートではなく、10秒ごとに50名ずつになります」

二人でストレッチしていたひかりと但馬。
ひかり「緊張してます?」
但馬「(おどおど)ええ」
  ひかり、いきなりくすぐった。
但馬「うひゃひゃひゃ」
  体をひねって笑う但馬。
戻ってきた山崎と順平。
順平「受付済ませてきました。予定通り、最初の10キロが但馬さんで、後半10キロがひかりさんです。俺は最初から最後まで山崎さんたちの後ろに着きます」
  続ける。
順平「今日は里山ハイキングコースなので、上り下りがありますが、その分空気もいいんで、どんどん肺に酸素を送っていただければと」
  続ける。
順平「なお、目標タイムは前半後半ともキロ5分50秒、20キロで1時間56分。フルマラソンにして4時間6分ぺースです」
山崎「よっしゃ」
順平「あくまで大事なのはペースですからね」
但馬「最初飛ばして後半ダメになるとかはダメだってことですね」
順平「そうです。前回は初めてだったから、好き勝手にびゅんすか走るのを許しましたが、これからは私の言うことを聞いてもらおう、とくにそこの女子!」
 指差した。指されたひかり、
ひかり「(空を見上げ)さわやかな朝じゃ」
順平「(笑って)とにかく気温も上がるみたいじゃし、但馬さんやひかりさんはともかく、20キロ走る山崎さんはかなりきついはずです」
  周りのランナーたちがなんとなく話を聞いている。
順平「大事なのは安全に走ること。心を一つにすること。勝ち気はいいけど無理はいけん。冷静さのないランナーは、結局最後に勝てない」
ひかり「順平くんって教師にするとイヤなタイプかも」
  その言葉を受けて教師然とする順平。
順平「いいか!靴の紐を確認しとけよ。あと、トイレな。心も体もすっきりしてレースに臨もう!先生はお前たちを信じてる!」
  聞いていたレース参加者たちから拍手が起こる。
  同じように拍手をしながら近づいて来た二人
それは上杉と小出(すでに着替え、受付も済まして、ゼッケン「322」をつけている)だった!
上杉「順平たちも出るんだ」
順平「上杉さん!」
  その言葉に山崎が「!」と小さく、だが強く反応する。
上杉「てことはひかりさんもおる?」
ひかり「……こんにちは」
上杉「こんにちは。この前は悪かったね」
ひかり「こちらこそ」
上杉「お互い大人じゃねえ、心の中ではこれっぽっちも悪いと思っとらんのに」
ひかり「……」
  上杉、ストレッチを始める。
小出が順平に言う。
小出「順平、たまにはこっちの伴走もやってよ」
順平「すいません」
小出「(ちょっと小声になり)上杉さんとなんかあった?」
順平「まあちょっと」
小出「そのせいかな。上杉さん、なんか燃えちゃってさ、練習量増えて、こっちはもうへとへと」
  小出、続ける。
小出「最近はフルしか出んのに、なぜか急に20キロ出るって言いだしたし」
  山崎と但馬、上杉を見ている。
ひかり「じゃあ私行きよるけえ」
山崎「おう」
ひかり「但馬さん、10キロで待っとるね」
  但馬、うなづく。
  ひかり、行く。
  そのとき上杉が言った。
上杉「ひかりさん」
ひかり「(振り返り)はい?」
上杉「ちょっと気がついたんじゃけど、ひかりさんって広島弁じゃけど、広島の出身じゃないじゃろ」
ひかり「……子供のときに引っ越してきましたけど、それがなにか?」
上杉「いや、名前がさ」
ひかり「名前?」
  上杉、言った。
上杉「原爆が落ちた広島で、ひかりなんて名前つけんじゃろうなって」
  ドキンとするひかり。
山崎「だからなんだよ?」
上杉「誰?山崎さん?」
山崎「(荒げ)だからなんなんだって聞いてんだよ!」
上杉「(動じず笑い)ただ思ったけえ、言っただけ」
小出が取り持つように、
小出「上杉さん、今のはよーないよ。原爆が落ちた直後ならともかく、今は広島の人だって、そういう名前をつけとってもおかしくないよ」
順平「ひかりにはさまざまな意味があるわけじゃし」
上杉「(笑い)ああ、目の見えん人のひかりになるためとか?」
山崎「てめえ!」
山崎を慌てて押さえる但馬。
  ひかり、静かに言った。
ひかり「上杉さん。そうかもしれんよ」
上杉「え?」
ひかり「私の名前の意味はそこにあるかもしれんよ」
上杉「(頭に来る)!」
ひかり、笑ってみんなに
ひかり「ほいじゃ、10キロで待っとるね」
  ひかり、行く。

  ちょっと離れた場所。
  自転車(ママチャリ)が置いてある。
  ひかり、乗り、走りだす。
ひかり「……」
  その顔に静かな決意が浮かんでいる。

受付「スタート5分前になりました。ゼッケン1番から50番までお並び下さい。その10秒後に51番から100番がスタートになります」
そのゼッケンの人々、並び始める。
山崎、但馬、そして順平も並ぶ。
  但馬が言葉がけを始める。
但馬「今、スタートラインから15メートルほど手前です。ランナーは3列に並んでいます。私が左。山崎さんはまん中です」
山崎「おう」
但馬「50メートルほどはまっすぐです、そのあと右にゆっくり曲がって行きます。スタートはしばらく混んでいるので、無理をしないで行きます」
山崎「おう」
  後ろにいた順平が思う。
順平「(心の中)但馬さん、冷静。じゃけど、上杉さんのせいで山崎さんやひかりさんがどうなるかだ」
  スターターが立った。
スターター「10秒前です、9、8、7……」
順平「(心の中)いや山崎さんだけじゃない。俺もだ、最高にムカムカしとるもん」
  スターター、パン!とピストルを鳴らした。
一斉に走りだした。                  
(次の話へ)


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