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香川まさひと
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ましろ日

第2光 音
香川まさひと

  前号の続き
太田「あんたもそう思うだろ、山崎がダメな奴だって」
  大田、ひかりを見た。
  ひかり、口を開いた。
ひかり「(平然と)ひとつも聞いとりませんでした」「全然まったく」
  山崎の表情が動く。
太田「あん?」
ひかり「聞いてはいけんと思って、頭の中でカモメになって空を飛びよったんです」
太田「(ふんと鼻で笑い)カモメ?」
  大田、続ける。
太田「山崎の味方したいのか」
ひかり「味方もなにも事情を知りませんから」
  山崎が口を出す。
山崎「社長、その女はただの信用金庫の人間です」
太田「いいじゃないか。聞いてもらおうよ」
ひかり「そうして下さい、実は聞きたかったです」
太田「(ふっと笑い)あんたいちいち面白いな」
  大田、続ける。
太田「俺は山崎が働いてた自転車便の社長なわけ、と言っても見てわかるとおり、俺自身も走ってる小さな会社」
  大田、続ける。
太田「この山崎が事故に遭ったわけよ、だから俺は病院に何度も見舞いに行って」

  回想・入院棟・病室
  四人部屋。
  山崎(目に包帯)を見舞いに来た太田。

  回想・病院のロビー
太田のNA「保険屋の交渉だって一所懸命やった」
  相手の保険屋が太田にぺこぺこ頭を下げる。

  大田続ける
太田「むこうも商売だからさ、少しでも安く抑えようとするだろ。それを一円でも多くもらえるように、がんばったわけ」

  回想・入院棟・病室
太田のNA「俺だって忙しいんだよ、でも山崎は書類一つ読めないんだから」
  太田が書類を山崎に読んでやっている。

  大田続ける
太田「それで……」
ひかり「あの長くなりますか?」
太田「?」
ひかり「豚肉が痛むので、長くなるなら先に冷蔵庫に入れようかと」
  豚肉を見るひかり。
太田「あんた本当に面白いな」「もう終わるよ、俺も仕事があるから」
太田、山崎を見る。
太田「俺は精いっぱいやったつもりだよ、それなのにまた今日買い物を頼まれた」
山崎「違うんです。今日だけは特別で……」
太田「(構わずきっぱり)甘えるのはいい加減にしてくれ!」
山崎「……」
  動じず見ているひかり。
太田「(諭して)障害者手帳もらえば、いろいろ手助けしてもらえるって言われただろう?頼るのは俺じゃないはずだろう?」
山崎「……すみません」
  大田、レシート出して
太田「これがレシート、全部で3300円」
山崎「はい」
  山崎、すでに用意してた財布を取り出す。
  紙幣、一枚だけ入ってる。
  それを取り出し
山崎「ありがとうございました。お釣りはいりません」
  差し出したのは千円札。
ひかり「(気づいて)山崎さん、これ……」
  とたん、太田、ひかりが話そうとするのを止めた。
太田「(山崎に)五千円か」
山崎「はい、おつりは少しですけど差し上げます」
太田「ありがとう。遠慮なくもらっておく」
太田、「じゃあな」と山崎に言い、
出て行こうとしてひかりを手で呼ぶ。
ひかり「?」

  同・ドア前
出てきた太田とひかり。
ひかり「お金、ええんですか」
太田「いいさ、ここで恥かかしたら、もっと脅えちまうから」
  ひかり、改めて言う。
ひかり「私、社長さんのこと最低な人間じゃと思うとりました」
ひかり、続ける。
ひかり「俺は今軽蔑した顔しとるけど、目の見えん山崎さんにはわからんじゃろなんて言って」
  ひかり、続ける。
ひかり「あれって二重にバカにしとってですよね、だって目が見えなくてもそういうのは見えますから」
太田「……その通りだ」
ひかり「あれは奮起させる意味じゃったんですね」
太田「って、やっぱり聞いてたじゃんか、カモメになってない」
ひかり「わはははは」
太田「あんたやっぱり面白いね、安芸信用金庫だっけ?」
ひかり「いつもニコニコ安芸信用金庫の加瀬です」
太田「3000万入金されたんだな」
ひかり「それってやっぱり損害賠償のお金ですか」
太田「そうだよ、俺が振込指定先代筆したもの」
ひかり「私、定期を作りたいから来てくれって呼ばれたんです、午前中に」
ひかり、続ける。
ひかり「でも、それは口実で、食料品を買って来いって」
太田「(笑って)あんた、断ったわけか、だから俺が呼ばれた」
ひかり「ええ、でも食料品を買ってこいも口実で」「つまりは私にお金を下ろさせたかったんだと」
太田「ああ、あの財布にあったのが最後の千円か」
ひかり「五千円です」
  太田、ふっと笑った。
太田「お金の出し入れは多少融通利かせてやってくれないか」
  太田、名刺を出す。
太田「なんかあったら連絡して」
ひかり、慌てて名刺を出す。
ひかり「いつでもどこでもついていく安芸信用金庫の加瀬ひかりです」
受け取る太田、
太田「あと、これなんだかわかる?」
太田、指差した。
そこにある椅子、その上に乗ったボンボン時計。
ひかり「ああ、これは……」
ひかり、気づき
ひかり「豚肉!」
  ひかり、太田に言う。
ひかり「豚肉が痛むので冷蔵庫に入れてきます、失礼します(と部屋へ)」
太田「(その背中に)山崎のこと頼むよ」
  
  同・中
  入ってきたひかり。
  山崎、豚肉を冷蔵庫に入れていた。
山崎「(気づき)誰?社長?」
ひかり「空に星があるように、安芸信用金庫の加瀬です」
  山崎、怒鳴った。
山崎「まだいたのかよ!!」
  山崎、手にしていた豚肉を叩きつけた。
山崎「どいつもこいつも俺をバカにしやがって!」
ひかり「違います。豚肉を冷蔵庫に入れようと思って」
  ひかり、豚肉を拾い、
  冷蔵庫に入れた。
ひかり「それともうひとつ」
  ひかり、出て行く。
  椅子と時計を持って戻ってきた。
ひかり「時計を取り変えましょう」
  ひかり、勝手に部屋に入る。
  椅子を置き
  乗る。
  壁の時計を外し
  ボンボン時計(4時20分くらい)をとると
  壁にかけた。
  山崎、壁をつたって部屋にきた。
山崎「なに勝手なことしてるんだよ」
ひかり「二、三日試して下さい、嫌だったら外しに来るんで」
  と出て行く。
山崎「待てよ」
  ひかり、振り返る。
山崎「俺が臆病もののクズだと思ってるんだろ」
  山崎、続ける。
山崎「俺だってすぐに福祉課に行こうとしたんだよ、障害者手帳を作りにな」

  回想・アパート・表
階段。
NA「電話でタクシー呼んで、外に出た」
  手スリにつかまり、こわごわと降りて行く山崎。

  道(第一話でひかりがスクーターをとめてアパートを見た道)
  山崎が立っている。
NA「タクシーが来るのを待った」

  山崎続ける
山崎「だけどな、立っているだけで怖いんだよ、車の音が」
ひかり「車の音」
山崎「ああ、どの車も全部自分に向かって来るような気がしてな」
  
  そのときの山崎の心象風景
  暗闇の中に立つ山崎。
  あちこちから車が襲って来る感じ。

  山崎がひかりに言う
山崎「失明したのは車のせいだから仕方ないんだけどな」

  回想・事故のとき
襲うように向かって来るトラック、逃げる山崎。

  山崎、ひかりに言う
山崎「あのときのトラックの音が耳にこびりついちまったからな」
ひかり「……」
山崎「実はもう一つ、こびりついた音がある」

  回想・事故のとき
  資材にぶつかった山崎、目を押さえて叫ぶ。

  山崎言った
山崎「グシャ、グシャっていう眼球がつぶれる音だ」
ひかり「……」

  回想・タクシーを待っていた山崎
NA「とうとうその場にいられなくなって、アパートへ戻った。だけど早く戻りたいのに、戻れないんだ、そりゃそうだ、見えないんだから」
へっぺり腰で、手を前に突き出して、歩いて行く山崎。
アパート近く。
そのとき、何かに転んだ。
空き缶。
山崎、しゃがんだまま、歩いて行く。
階段がわかった。
立ち上がり、
手すりにつかまり、
階段を上って行く。

  山崎、ひかりに続ける
山崎「(ぼそりと)あのときの階段を上る俺の気持ち、わかるか?わかんないだろ?」
ひかり「……」
  山崎、怒鳴った。
山崎「わかんねえだろう!って言ってるんだよ!!!!」
  ひかり、静かに言った。
ひかり「わからないです。だけど」
ひかり、続けた。
ひかり「それって、俺の気持ちをわかってくれって聞こえます」
山崎の表情ぎくりと動いた。
ひかり「自転車好きだったんですか」
  ひかり、山崎の部屋の自転車見る。
ひかり「さっきカモメって言ったのは、自転車からの想像です。大空飛ぶように、自転車で走ってたのかなって」
山崎「(表情動く)……」
ひかり「また来ます」
ひかり、椅子を持って出ていった。
山崎「……」

  県立船出高校・表(放課後)

  同・音楽室(放課後)
  ピアノの上のメトロノームがリズムを刻む。
  伴奏なしで、順平の所属する合唱部(全部で6人)が故郷を練習している。
  むかって左から、3年部長の浦田きらら、ソプラノ。3年、日野愛、ソプラノ。2年、小池真優、アルト。2年、真行寺夢乃(変な色気がある)アルト。2年、近石雅哉(太っている)、テノール。そしてバスが順平。
  ♪うさぎおいし、かのやま♪
  口を大きく開けて、声を揃えるすばらしいハーモニー。いつもと感じが違う順平。
  ♪こぶなつりし、かのかわ♪

  広島中央総合病院・表(夕方)
  仕事を終えて帰って行く正太郎。
  ガードマンに挨拶。
正太郎「お先に失礼します」

  イヤホンで
英語の勉強(I look up to my mother)を復唱しながら歩いてきた正太郎。
  小さな橋。
  正太郎、気づく。
  どぶ川の脇に水道蛇口が見えた。

  歩く正太郎
その手にある配管がついた水道蛇口。

  小さな金属スクラップ会社・表(夕方)
  やってきた正太郎。
  
  同・中(夕方)
  査定が終わり、手提げ金庫から金を出す社長。
社長「真鍮は今週上がってるんだよ、おまけして250円」
  お金を受け取る正太郎。
正太郎「ありがとうございます」

  建て売り住宅街(夜)

  その中の二階建一軒家・表(夜)
  ひかりの住む家。
築23年。ひかりが4歳のときに引っ越してきたときは新築。
駐車場はあるが自動車はない。
  椅子を持って、歩いて帰って来たひかり。
  夕刊を取り、
  家の鍵を開け、中へ。
  電気着く。
仏壇に、父親と母親の若い頃と思われるそれぞれの写真。
そして、小学校のひかりと、両親、三人で写っている写真がある。

  同・DK(夜)
食事を終えたひかり(ジャージに着替えている)。
昨日作った残りのカレーを食べ終えた。
流しで皿を洗う。

  同・階段(夜)
コーヒーカップを手に二階へ上がる。

  同・二階のひかりの部屋(夜)
  子供のころからの部屋。机も学習机。ここにずっと。
  とりあえずさっき置いてみた小学校の椅子が中央に。
カップを手にしたまま、ひかり、座った。
見た。
机の上のデジタル時計。
19時59分。
ひかり「……」

  ボーン、ボーンと
柔らかい音が響く。
そこは山崎の部屋。
8時を指しているボンボン時計。
  振り子が揺れながら、ボーン、ボーン、ボーンとなおも続く。
見えない目でじっと見ている山崎。
山崎「……」
  サングラスで表情は見えないが、その優しい音はイヤではなかった……。
(次の話へ)
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