トップ  >  【インタビュー】漫画原作者に聞く!(第1回)リチャード・ウー(長崎尚志)氏 ( 2018/04/06 )
週刊スピリッツ

2018.04.06

【インタビュー】漫画原作者に聞く!(第1回)リチャード・ウー(長崎尚志)氏

週刊スピリッツ


 漫画好きの方なら、よく目にしているかもしれない「漫画原作者」という文字。

でも、その「漫画原作者」が、実際にどういう事をしているのかを知っている人は少ないのでは......?

そこで、コミスンでは、著名な漫画原作者に直接、

「漫画原作者ってどんな職業なんですか?」

「漫画原作には何が書かれているのですか?」

「どうやったら、漫画原作者になれるのでしょうか?」

といった、素朴な疑問をぶつけてみることにしました!

 第1回は、この度『アブラカダブラ ~猟奇犯罪特捜室~』で「第一回さいとう・たかを賞」を受賞された、リチャード・ウー(長崎尚志)氏に、お話を伺ってきました。漫画家、漫画原作者、漫画編集者、すべての漫画に関わる方、漫画好きの方、必読のインタビューです!






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――リチャード・ウーさんは、ご本名の「長崎尚志」名義や「東周斎雅楽」名義など、複数の名義を使っておられますが、どうしてですか?






別に、原作者として有名になるつもりはなかったので、何でもいいかなと。「リチャード・ウー」は、すぎむらしんいちさんと『ディアスポリス』で組んだ時に、彼が興味を示したものを具体化したら、出来たものがあまりに胡散臭い内容だったので、だったら「日本に滞在しているあやしい外国人」というキャラ設定で書こうと思ってつけた名前なんです(笑)。でも、最近は「リチャード・ウー」が通りがいいので、よく使っていますね。




上司から原作の手直しを命じられた






――リチャード・ウーさんは出版社の編集者から「漫画原作者」になられたそうですが、どのような経緯だったのでしょうか?






最初は、原作者が書いてきたストーリーが「つまらない」と上司に叱られたのがきっかけですね。上司にどうしたらいいのかと聞いたら、「お前が直せ」と指示されたんです。今なら問題になりますが、当時はまだ著作権の概念も曖昧だったので。いくつか漫画の脚本を手直しているうちに、「自分で書いた方が早いかな」と、脚本を書き始めた。そのうちにどんどん楽しくなって、このまま管理職になって編集の現場を離れるよりも、漫画の脚本を書く人、いわゆる「漫画原作者」になったほうが面白いかなと思い、転業することにしたんです。




――「原作者としてやっていけそうだ」と思ったのはいつ頃でしたか?






幸運なことに、フリーになってから注文が途切れることがなかったので、そんなに不安は感じず、逆に「すこしノンビリできるかな」というアテが外れた感じです(笑)。でも、ある日パッタリ注文が来なくなるかもしれないので、「いつまでやっていけるか」ということについては、今でも自信はないんです。
会社員時代、ある人に「もし食えなくなってもコンビニのバイトをやればいい、というくらいの度胸がなきゃ、フリーにはなれないよ」と言われて、当時は「フリーなんてとても無理だな」と思ったんですよ。けれど、辞めてみたら「いざとなればコンビニのバイトでもなんでも、全然できるな」と思った。そういう心境の変化がありましたね。




――漫画原作者に転身されて、楽になったのはどのようなところでしょうか。






上司から怒られない(笑)ですし、徹夜明けでも、翌朝何時までに出社しないといけないとか、上司の悪口や、部下への小言を言わなくていいとか。他人の都合に合わせて生活しなくていいところですね。作品に関わる部分では、それほど違わないかもしれない。
ただ、編集者としての本業の外で、サービス的にシナリオを書いていた時には、「なんでここまでしなきゃいけないのかな」と思ったりしたこともありましたが、フリーになったらそれが「本業」になったので、全く腹が立つこともなくなり、楽になりました。




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漫画原作者の成り立ちとは?






――「漫画原作者」という存在は、一般の人々にあまり知られていないと思うのですが、簡単にいうとどのようなものなのでしょうか。






漫画原作者のそもそもの成り立ちを調べてみると、「漫画」が産業として盛り上がり始めた時期に、出版社の編集者が自分の望む漫画を作りたくなったんだと思います。最初は口頭やメモ書きなどで漫画家に伝えて、描いてもらっていたのが、そのうちに編集部に出入りしているライターさんに「俺の言った話をまとめてくれ」と頼むようになった。その中には、スポーツ記事や絵物語を書いていたライターさんとか、テレビや映画の脚本家とか、いろんなところから漫画の世界にやってきた人がいて、最初はメモ書きのようなものだったのが、だんだんとシナリオに近いものになってきた。こうして、漫画原作者というものが生まれた、ということだと思います。
だから「漫画原作者とは何か」といっても、そのあたりを考えないと、何だかわからない。編集者や漫画家からなる人もいますし、つまりはストーリーを特化して考えたい人が専門家になったっていうだけじゃないですか。まあ、漫画原作者を一言でいえば、「脚本家」ですよ(笑)。




漫画家に描けない《ジャンル》を提供するのが漫画原作者






――原作者というのは、漫画家が物語を創るのが苦手な場合に付く場合が多いのでしょうか?






上手く物語を創れない漫画家に漫画原作者がついても、うまくいかないんですよ。一人でも物語を創れる漫画家に、その人が描けない《ジャンル》、たとえば、「ユーモア漫画」しか描かない漫画家さんに「アクション物」のような別の《ジャンル》を提供したりするというのが、原作者の本来の仕事だと思います。
「漫画を面白く描く」能力というのは、漫画家の《構成力》と《コマ割り力》なんです。
自分で上手く構成やコマ割りができない漫画家は、いいシナリオを渡しても、そのシナリオよりつまらない作品を創ってしまう。漫画原作者はそういう漫画家と組んでも、あまり良い仕事にはならないですね。もちろん、ストーリーを創れない漫画家に、例えば「勉強して欲しい」という意味で原作を提供するという場合もありますが。




――一口に漫画原作者といっても、原作だけ書くという方、作品そのものをプロデュースされる方など、いろいろなタイプの原作者がいらっしゃいますね。






僕の場合はシナリオしか書かないという場合もあれば、構成まで口を出させてもらう場合もあるし、全体のマーケティングまでやらせてもらう場合もあります。それは編集者と漫画家さんがどこまで望むかということによって、必要に応じて変えていますね。




――漫画原作者は、今後、知名度が高くなったり、必要性が増えていったりするとお考えでしょうか。






わからないですね。梶原一騎さんや小池一夫さんなどの大物原作者が活躍した時代は、漫画家よりも漫画原作者の方が有名だったんです。今、漫画原作者が減って見えるというのは、漫画原作者の力が全体的に落ちているんだと思います。それは必要か不要かという問題ではなく、印象の問題だと思います。
ただ、必要以上に原作者が出しゃばってくると、その漫画は失敗するんですよ。僕のスタンスは漫画家が主役で、漫画原作者は脇役だと思っているので、漫画原作者が別に有名にならなくてもいいと思います。




原作者と漫画家の《感情》の解釈が似ていないとうまくいかない






――原作者として、こういう漫画家とはやりやすい、というのはありますか?






もともと僕は、浦沢直樹さんとのコンビで長くやってきたのですが、独立してから組んだ漫画家でいうと、すぎむらしんいちさん(『ディアスポリス』)、伊藤潤二さん(『憂国のラスプーチン』)、コウノコウジさん(『クロコーチ』)といった漫画家がやりやすかったですね。芳崎せいむさん(『アブラカダブラ ~猟奇犯罪特捜室~』)は、「やりがいのある人」です。




――逆に、うまくいかない漫画家というのは、どのような方でしょうか?






こちらの意図したのと違う表情を描かれる漫画家ですね。「顔の表情」というのが漫画の基本なんだと思うんですが、自分とその漫画家との間に、共通の《悪意》や《善意》、共通の《泣き》の部分などがないと、キャラクターの顔の表情が変わってしまう。《悪意》や《善意》の度合いなどが、かなり同じでないと、「感情の辻褄」が合わなくなってしまうんですよ。
たとえば、脚本家が役者に脚本を渡したとき、その役者が脚本家の意図と全く違う演技をすれば、脚本家は怒ると思うんです。同じように、漫画原作を漫画にしたときに、「これは違うな」という表情が出てきてしまうようだと、その作品はうまくいかないんです。




――でも、編集部の決めた相手と組む場合もあるわけですね?






それはもう賭けですよね。最初にその漫画さんの画の感じが、自分の作風に向いているんじゃないかと思って組ませてもらっても、合わない場合もありますし。




原稿公開! 漫画原作とはいかなるものなのか!?






――実際のお仕事で、漫画原作はシナリオ形式で書かれているのですか?






はい。シナリオ形式です。




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これは『MASTERキートンReマスター』(浦沢直樹)第8話「栄光の八人」の冒頭です。けっこう評判がいいので、自分でも好きな作品です。




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これは『アブラカダブラ~猟奇犯罪特捜室~』(芳崎せいむ)第1集第3話「黙示録」の冒頭です。




――拝見した漫画原作では、漫画を文字で描いている感じですが、執筆時には、頭の中に「漫画のコマ割り」や「映像」が浮かんでいて、それを字に起こす感じなのでしょうか?






コマ割りが浮かぶ場合もあれば、映像が浮かぶ場合もあります。どちらかですね。




――完成品として「こういう漫画になるだろう」というものが浮かんでいるわけですね。






ええ。浮かんでいますね。自分の中で「正解」はあるんですが、そこまで漫画家の権利を奪ってしまうと、漫画家のやる気がなくなってしまうんで、「最終的には漫画家が選択してほしい」というやり方ですね。「こういうコマ割りで」という押し付けはしたことはないですし、上手い構成をしてくれるのであれば、何も言いません。僕の「正解」を覆すような、すごい構成をする漫画家もいるので、そしたら、自分の「正解」なんかどうでもよくなる。作品が良ければいいわけですから、ケース・バイ・ケースですね。




――漫画家がストーリーを変えて来たりすることはありますか?






基本的には、僕のシナリオからストーリーの内容が変わるということはないです。「もし変えられるのでしたら、やりません」という条件で仕事をお受けしているので。
ただ、内容を変えることによって、面白い効果が生まれるのであれば、「これもアリか」と思って、シナリオを書き直す場合もあります。それを減らされるのはダメなんですが、足すのはいいんです。たとえば、キャラクターが膨らんで「こういうことを言わせたいんだけど...」「こっちの方が面白くなるんじゃないですか」と編集者や漫画家が提案してくれて、そっちのほうが面白いと思えば、僕が直します。




漫画原作者になるためには






――漫画原作者になるためには、どのようなことを心がければよろしいでしょうか?






「物語が好きか」を自問自答して、大好きならば目指すべきだと思います。そのためには、たくさん小説を読んだり、映画を観まくったりすること。漫画も《構成》や《コマ割り》、《顔の表情》などの勉強のためには読まないといけないですが、ストーリーの勉強にはそれほどならないんです。映画や小説を、ただ楽しむだけでなく、「あそこはこうした方がよかった」「ここが悪かった」と一つ一つ分析しながら観たり読んだりすること。そうすれば、駄作でも役に立ちます。
あと、僕がよく言うのは「映画を半分だけ観て、残りの筋を想像し、正しいかどうかを確かめるために後半を観てみる」こと。やってみると、時々自分の想像の方が勝っていたりするんですよ。それが「物語を創る」ために必要な勉強で、あとはその人が書きたい小説なり、漫画原作なり、映画シナリオの勉強をするのが一番いいやり方だと思います。まずは、心の中にストーリーを持てるかどうか。そのストーリーも、一つだけじゃダメで、いくつも持っているかどうか。ストーリーのパターンはそんなにあるわけではありませんが、最低3つはパターンを持っていないと、長くはやっていけません。続けていくには、趣味と仕事が一致していないと難しいんじゃないかと思います。




――ウーさんの作品を読んでいると、膨大な知識量に圧倒されます。






書くのに必要だったら調べればいいだけです。べつに取材が趣味なわけではないですから(笑)。
本当に原作者になりたいなら「このジャンルに原作者が何人いるか」と分析すればいいんです。たとえば「グルメ物」が得意で原作者になろうと思っても、書き手が多いので、なかなか入り込めない。でも、僕みたいに「犯罪物」とか「歴史物」は書く人が少ないので、仕事が入ってくる。つまり、「ジャンル分け」の問題なんです。「このジャンルを書けば、競争者が少ない」という計算がなければ、漫画原作者として食べていけないんですよ。
もちろん「どういう資料にあたればいいのか」とか、「どう料理すれば面白くなるか」は、知ってなければならないですが、それは映画や本などをたくさん観たり読んだりしていれば済むことですから、あんまり問題じゃない。「知識量があるから作家になる」のではなくて、「これを書けばお金になるから、知識を得る」というやり方が一番でしょうね。




――書けなくなって困った、という経験はありますか?






それはないですね。逆に、「何でも好きなもの書いてくれ」といわれるのが、一番困ります。特に好きなものはないので、「こういうの書きませんか」と限定してくれると嬉しいんですよ。そうしてもらえれば、書く気があれば書けるし、「これは書けないけど、こういうのなら書けるかな」と提案することができるので。




――キャラクターを動かすにあたって、気をつけていらっしゃることはありますか?






僕の欠点はストーリーの方ばかりに気が行っちゃって、キャラクターを置き忘れる可能性があることなんです。だから、ときどき立ち止まって「このキャラクターを出さなきゃ」と考えながらやっています。そこは本当に《勘》じゃなくて、《学習》なんですね。そこに気をつければ、確かに読者がついてきてくれるんだという。こういうことは、長くやっていると、わかってくることですね。




――知っている人をキャラクターのモデルにして書かれることはありますか?






漫画原作者も漫画家も、《キャラクター》というのは、全部《自分》でしょう。だいたい「自分をどう見るか」ということだけですよ。誰かを見たって、自分の解釈の中でのその人ですから、それって、結局は《自分》を描いているんだと思いますよ。




隔週誌の「読切主義」とは






――ウーさんは、小説家としても活躍されています。漫画編集者・醍醐真司が探偵役をつとめるミステリー小説シリーズの最新作、『編集者の条件 ―醍醐真司の博覧推理ファイル―』(新潮社)の中で、ある編集長が《読み切り主義》の漫画誌を構想するのですが、これはご自身の理想を投影したものなのでしょうか。






この「隔週誌は《読み切り主義》でないといけない」というのは、僕ではなくて、僕の師匠にあたる編集者の考えです。もちろん、読み切りではないものが、何本かあってもいいのですが、それ以外は読み切りにしないと、売れないということなんですね。というのも、「ビッグコミックオリジナル」では、それまで読み切りばかりだったのを、僕が浦沢直樹さんと組んだ『MONSTER』でその流れを変えてしまったということがあって。その結果、雑誌は売れたんですが、同じような「続き物」が増えてしまったんです。創り手からすると続き物の方が楽ですし、単行本も売れるんですが、雑誌自体は一時的に伸びたものの、後に落ちている原因を作ってしまったと思うんですよ。そういう意味では、僕の師匠だった人が、「あくまで読切でなきゃダメなんだ」というのは正しかったと思います。




――小説を書かれる感覚と、漫画原作を書かれる感覚はやはり違いますか?






漫画原作と小説は「似て非なるもの」ですね。漫画は連載途中で評価されるものだから、過程がすごく面白ければいいんですが、小説というのは、最後まで一気に読まれるので、ものすごくちゃんとしたプロットを短期間で最後まで創る。これは結構大変です。漫画と違って、小説は全部「自分の作品」なので、責任の大きさからしてまるで違いますね。漫画編集者もマンガでの経歴の長い僕に対しては意見が言いにくいもしれないんですが、それだと、伸びないじゃないですか。その点、小説の世界だと、僕はただの「新人作家」なので、若い編集者が言いたいことを言ってくれる。それが面白いんです。(笑)。




さいとう・たかを先生から教わったこと






――受賞コメントでは「さいとう先生を師匠だと思っている」とおっしゃっておられましたね。






僕は20代の頃、『ゴルゴ13』の担当をさせていただいていて、随分、さいとう・たかを先生にかわいがっていただいたんですが、その時教わったことは、今でも本当にためになっていますね。たとえば、「漫画の基本は《構成》だ」ということ。多少、画が下手でも、構成が上手いと読者は読んでくれるんだ、ということですね。それには、「これからの漫画はどんどん映画に近づいていくから、リアルな漫画を創らなければいけない。そのためには取材力が必要で、シナリオライターも必要だ」ということ。さいとう先生は、映画作りの発想で制作されていて、そこもすごく勉強になりました。「たった一人でやる漫画家がいてもいいけど、大人数でやる漫画もあっていい」というさいとう先生の考え方にも惹かれましたね。




――さて、「第1回さいとう・たかを賞」を受賞した『アブラカタブラ』は3月30日に第3集が発売されました。






この『アブラカダブラ』は、このような評価をいただいたので、これからもっと面白くしなければいけないという、プレッシャーを感じています。




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――ありがとうございました。(2018年3月7日 都内にて)






リチャード・ウー

本名・長崎尚志(ながさき・たかし) 漫画原作者・小説家・編集者。
小学館『ビッグコミック』『少年サンデー』『ビッグコミックオリジナル』『ビッグコミックスペリオール』『ビッグコミックスピリッツ』などの編集者・編集長を歴任後、2001年独立。漫画原作者、プロデューサーとして、リチャード・ウー名義で『ディアスポリス』(すぎむらしんいち)、 『クロコーチ』(コウノコウジ)。長崎尚志名義で『MASTERキートン』『MASTERキートンReマスター』『PLUTO』『BILLY BAT』(浦沢直樹)、『憂国のラスプーチン』(伊藤潤二)など、多くのヒット作を手がける。また、小説家として『アルタンタハー 東方見聞録奇譚』『闇の伴走者』『黄泉眠る森』『パイルドライバー』『編集者の条件』など。







(取材・構成:山科清春)




【初出:コミスン 2018.04.06】

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